幽霊部員やってたら連絡先聞かれました

松本啓介

1 暑くなってきたとある日

 かなり暑くなってきた。外を少し歩けば、あっという間に背中は汗でまみれてしまう。 

 この時期になると、サークルのありがたみを強く感じる。


 僕は大学につくなり、即座にサークルの部室へ足を運んだ。夏を象徴する騒音が遠のき、機械音が耳に入ってきた。先程まで感じていた、身を焦がすような暑さは瞬く間に吹き飛び、僕の身体は冷えていく。 


「おはよー」 


 サークルのメンバーから声をかけられた。

 もうおはようという時間帯ではないだろう、という意味も込めて「こんちは」と返しておいた。 


 「一気に暑くなったねー」 

 「そうだね」 

 「セミの鳴き声うるさすぎじゃね」 

 「昨日までは全然聞こえなかったのに」 

 「急に元気に鳴き出したよな。イヤホン越しにもハッキリ聞こえたよ」 

 「僕は今も頭に響いてるよ……」 


_____毎年、同じようなやり取りをしている気がする。


 セミはその短い命を懸命に全うしているのだと思うが、今の僕らにとっては騒音でしかない。 


「あのうるささに趣を感じるやつなんかいるのかね」 

「いないとは思わないけど、僕は全く感じないなぁ」 

「同意〜」 


 カバンを置き、空いている椅子に座る。

 僕の所属するサークルは、それなりに所属者が多い。大学の公認ももらっているので、活動するための部室も充てがわれている。


 ただ、このサークルが何をしている団体なのか、僕はよく分かっていない。


 と言うか、正直興味がない。 


 僕にとってサークルは、「居場所を作っておくためのもの」であって、何かやりたい事があって居る場所ではない。


 だから、所属した時点で僕の目的はある程度達成されている。


 僕にとってのサークル活動は、部室に顔を出す事でおおよそ完了しているのだ。


 このサークルに関しては、特に「活動」への強制力を感じなかったから入ったに過ぎない。今の状態から、他のサークルメンバーに一歩踏み込まれた事を言われたら、僕の「サークル活動」に支障をきたしてしまう。 


 そんな距離感でこの一年過ごしてきた。 


「そういえばさ、来週いつもの居酒屋で飲み会やるぞ、って団長が言ってたけど、お前行くの」 


 やってきた。

 僕のサークル活動の山場だ。


 他のメンバーとはある程度の距離を取りつつも、大学の居場所として、生活のベースになるハコを無くさない為にずっとやってきた事。 


「今回は参加しようと思ってるよ」 

「マジで。団長に伝えといていい?」 

「お願いするよ」 


 深入りしすぎてはいけない。

 サークルメンバーにとっては、飲み会も活動である。毎回、飲み会に参加していると、熱心な奴と思われてしまう。

 そう思われないように、僕は二回に一回しか参加しないようにしているのだ。 


「じゃあ、俺講義あるからもう行くわ」 

「うん」 

「おつかれー」 

「またね」


_____エアコンの音だけが響く空間となる。


 僕自身、この大きなハコの中で特にやりたい事があるわけではない。


 今の世の中、大概の人が受験勉強に勤しみ大学へ進学をする。  

 進学先においては、目的も無い中でサークルとかアルバイトとかを頑張りながら、片手間で勉学に励む。


 稀にいる、マジメな人を見て影で冷やかすのだ。


_____本末転倒もいい所だと思う。 


「おつかれ〜」 


 誰か部室に入ってきた。 


「あれ、久しぶりじゃない?」


……彼女にはニ日前も会ったな。 


「やぁ、久しぶり、かな」 

「あっついね〜」 

「ほんとにね。今日の最高気温、三十九度らしいよ」 

「うへぇ、溶けちゃうよ〜」 

「あはは…」 

「あ、愛想笑いだな。分かるんだからね」 「いやいや、そんなこと無いよ」 

「本当に〜?」 


 ニョロニョロしたやり取りに疲れを感じ、無意識に鞄に手を伸ばす。 


「勉強するの?真面目だね〜」 

「小テストがあるんだ。勘弁してね」 

「そうなんだ」 


 あまり興味なさげに返答し、彼女は本を取り出し読み始めた。 


「そいえば、来週の飲み会は来るの?」 「うん、参加するよ」 

「そうなんだ!場所どこだっけ」 

「駅前の居酒屋だったよね」 

「そうそう、そうだったね〜」


 進まないペンをなんとなしに動かす。

 無言のまま時間がすぎていく。 


「そろそろ行くよ」 


 荷物を鞄に詰め、立ち上がる。 


「そっか、じゃあまたね」 

「うん、またね」 


 僕は部室を出た。


 セミの鳴き声が一層大きくなったように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る