第7話 ユンボ
いや、ちょっと待てよ? 魔力が通ってない物って……。
たしか、あの乳のでかい女神が言ってたあれって……。
「……なあ、さっき俺を見えない何かで投げたけど、あれってもう一回できるか?」
俺のいきなりの問いかけに、ユイちゃんが「えっ?」とびっくりした声を上げた。
「う、うん。あれは私の固有スキル〈魔力の具現化〉でやったから、何回でもできるけど……」
「あいつの頭上に、俺をぶん投げてくれ」
閃きはある。しかし、まだ仮説の段階だ。
でも、これに賭けるしかない。もうこの
俺はゆらりと立ち上がり、できる限り相手をおちょくった笑みを作る。
「抗うならせめて新しいモノを見せろ――てめえ、さっきそう言ったよなあ」
魔王は何も言わない。何もできない弱者が何かを言っている。それくらいの温度感でしか聞いてないんだろうな。
俺はユイちゃんにアイコンタクトを送る。さっきの注文通り頼んだと、そう目で伝える。
すかさず、ユイがスキルを発動した。俺は見えない何かに鷲掴みにされ、身動き取れないまま天に向かって勢いよく投じられた。
空気が顔にぶち当たり、顔面の皮膚が震える。上に飛んでいるのに、ジェットコースターにでも乗ってる気分だ。高度がぐんぐん上昇していく。
その鉄仮面の鼻、明かしてやるよ。
俺自身が遥か上空、最高到達点に達した時、豆粒ほどに小さくみえる魔王に向かって叫んだ。
「新しいモノだあ? 見たけりゃ見せてやるよ!!」
俺は上に手をかざす。強く、「来い」とだけ念じた。
そして、それは来た。
巨人の腕を思わせるアームを携え、どんな場所だろうと駆けつけてくれるキャタピラを携え、通った道を跡形もなく平らにしてくれる排土板を携え、安心感で包み込んでくれる運転席を携え、頑強なのに、蒼空のように美しい青塗りのボディ携えて。
それは、車両系建設機械の後方小旋回タイプ油圧ショベル。またの名を――
「ユンボだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
はるか上空で出現したユンボ。解体工事に掘削工事、果てには農作業にまで駆り出され、人々をその比類なき力で助けてきたその重機は、俺をここに送り込んだ張本人のはずなのに、込み上げてきたものは怒りでなく懐かしさだった。
だが思い出話に浸っている暇はない。
ユンボは召喚されてすぐに重力に従い落下しはじめた。
その瞬間、思わず目を疑ってしまった。幻覚を見ているとさえ思えた。
俺は、ユンボと目が合ったのだ。
ユンボに目が付いてないのは分かっている。それどころか、こいつは生き物ではないのも理解している。
だがしかし、確かに鮮明に、俺はこの青塗りのユンボとの繋がりを感じられたのだ。
俺とそいつしかいない世界の中で、そいつは声を発した。
――ありがとう。僕に役割を与えてくれて。
ユンボは、たしかにそう言って、落ちていった。
その巨体が行き着く先は――
「な、なんだこれは……!」
自分めがけて豪速で落ちてくる謎の物体に、魔王は目を白黒させて動揺の声を放った。
ショベルカーなどと比べると小さく見えるが、重機は重機。優に三トンを超える代物だ。
ユンボは魔王のすぐそこまで落ちてきている。避ける暇はもうない。
取り乱した様子で魔王が上に腕を伸ばす。魔法か何かで破壊するつもりか。
だが、そうはならなかった。
魔王は忌々しげな表情で腕を降ろすと、ユンボに向かって吠えた。
「虫けら風情の
重い地響きと共に、轟音が鳴り響いた。
◇◆
スキル〈召喚〉は『この世界にある物体を転移させる』とは書いてなかった。つまり、俺がここに転生する前にいた世界――生前の世界で俺が触れていた物も召喚することができるんじゃないのか。それができたら、魔力を帯びていない物で奴の無効化――万象の
『二十四時間前までに触れた物体』という縛りのせいで、そもそも時間という概念すら生前の世界と違っていたら無理なんじゃないのか、という可能性もあったが、乳のでかい女神がついでのように言っていた「畑山さんの生きてた世界と時間軸が同じだから、転移も簡単ですし」という言葉を信じてやってみた。
そして、それは見事に成功した。俺は俺を潰し殺したユンボを召喚し、今度は魔王を潰したのだ。
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