竜化夢女子(男)が竜騎士学園で暗躍する話

ぷに凝

第1話 竜になった夢女子

『竜の角が散るころに』というゲームがあった。通称“竜角散”。ジャンルはアクションRPG。


竜角散は発売以降、そのストーリーの完成度とゲーム部分のクオリティの高さで高い人気を博したが、このゲームの真の魅力はそこじゃない。


キャラクターだ。キャラクターがあまりに魅力的すぎて、その後10年以上に渡って竜角散の二次創作活動が絶えないほど人気のキャラクターを多数輩出してきたのだ。


かく言う私も当時竜角散に性癖を狂わされ、稚拙ながらも竜角散のSSなんか投稿しちゃったりして我が世の青春を謳歌したものである。いやホント稚拙なんで見ないで欲しいんですけども。


しかしどんな魅力的なコンテンツも永遠に続きはしないものだ。竜角散の制作チームはその後解散。多くの続編を望む声が寄せられながらもインターネット上の“オタク三大幻覚”の一つとして竜角散の続編の存在が挙げられるようになった頃には竜角散は過去の遺物と化した。


私も楽しかったあの頃にはそろそろ見切りをつけて、地獄のような社会に揉まれるべき時が来た。さらば竜角散。さらばエタったSS。そしてようこそ灰色の社会人生活……。


夢から覚めた私が目を開けると。


「……竜だ!竜が降りてきたぞ!?」


竜角散の世界に転生していた。


それも性別が変わって。


……。


最高〜!さらば社会人生活!!



竜角散の世界を一言で表すなら“過酷”。この一言に尽きる。


この世界には竜が蔓延っている。新聞を読んでるおとんが、お玉で味噌汁作ってるおかんが、部屋に引きこもってゲームやってるクソガキが、次の瞬間空から降りてきた竜に連れて行かれるような世界観だ。


そんな凶暴な竜に対抗する存在こそが“竜騎士”だ。調伏した竜に跨り空を飛び、カッコよく武器をブンブンして竜を追っ払ってくれるドラゴンスレイヤー達。

竜角散の物語の舞台は、そんな竜騎士になるための士官学校を舞台としている。要するに学園モノ。ただ学園というテーマに反して学生がぽんぽん死んだりして非常に物騒な感じ。体制としてそれでええんかって感じだがこの世界では竜に立ち向かって死ぬのは“誉れ”だ。そもそも竜騎士ってのがポンポン死ぬ職業だからね。危険は承知の上ってことだろう。


そんな士官学校に新入生として入学することになった主人公は学園の皆と絆を育みながら立派な竜騎士へと成長していき、やがて……って感じのストーリー。本筋がわかりやすいのも竜角散がウケた理由の一つかな。


さてそんな竜角散だが、なんと私はその世界に男の子として転生した上で、現在実家が竜に襲われてもうてます。こりゃ大変。

なんで男になったかは知らんけど、まぁ私の前世が女の子らしいものだったかと聞かれれば答えは「No」になるからな。神様が男と間違えたのかもしれん。


ぶっちゃけ私自身にこの状況に対する危機感とかは全くなく、テンションだけぶち上がってる現状だ。だって私、赤ん坊だから何もできないし、私を抱えてる綺麗な女の人もお母さんなんだろうけど初めて見たから愛着とかないし。本当の私のお母さんは多分今ごろ家で酒飲んで寝てるよ。


なんでこの世界が竜角散の世界だってわかるんだよって?そりゃわかるでしょ。だってあんな変わった見た目の“竜”はあの世界観にしか存在しないよ。

と、私が視線を向けた先にいるのはファンタジーでよく見るような羽の生えたトカゲじゃなく、どちらかと言えば“鹿”に近いようなシャープな造形に、光沢のある滑らかな質感の生き物かどうかも定かでない存在。


あれがこの世界における“竜”だ。正直カッコ良さとか威圧感よりも異質感というか、未確認生物感が強い見た目だね。制作チームはなにを持ってあれを“竜”と呼んでいるのかわからないが、細けぇこたぁいいんだよ!重要なのはこの世界が竜角散の世界であるということだ!


もう正直、この世界に自分がいるってだけで今生に満足して成仏してもいいくらいなのだが、どうせならゲーム内で見たアレやコレやのイベントを体験したい!そんで生まれ変わった以上は竜に殺されたりして最期を迎えてみたいわけだ。

ってわけで推定ママン、頼む。死にそうだったら私を竜の方に放り投げてください。最後にドアップで竜を見れれば悔いはないんで。


……ところで今の状況的に、竜が私の住む村を襲ってきたって認識でいいのよね?竜角散にそんな導入はなかったが、はて私は何者なんだろうか。主人公はアバターだから、明確な背景描写とかあんま無かった気がするんだけど。もしかして原作にはないオリジナル要素とかそういう感じですか?竜角散は原作が至高なのでそこに変な味付けされると私の中の凶悪なオタクが顔出しちゃうよ?


……おや。


「おやおや、いけませんねぇ。ネズミが檻から抜け出すなんて」

「……あなたたちは……?」


私を抱えて走ってるママンの前に、黒いローブを羽織った謎の集団が立ち塞がった。


なるほどな。こいつらの仕業だったわけか。


「ど、どうか助けてください!村が竜に襲われて……!」

「おやおや、それは大変ですねぇ」

「……え?」


黒ローブの集団に、無謀にも助けを求めてしまったママンが背後から思い切り頭を殴られて倒れた。いや、こんなあからさま怪しい風体の連中が助けてくれるわけなかろ。まぁ見つかった時点で一般人は逃げ切れないんだけどね。


「あ、ぅ……」

「我々が放った竜から、何故わざわざあなた方を助けなければいけないんですか?全くもって理解し難い」


黒ローブの中でも、金色の刺繍が編み込まれた特別豪華な装いの(声からして)男がママンを蹴り上げて、その下に転がっていた私を抱き抱えた。汚ねっ、触んじゃねぇよ。しっしっ。


「……うん?」

「……その、子を、返しなさい……!」


そうして私を抱えた男の足を、ママンの手が掴んだ。


……やめておけばいいのに。


「ふんっ」

「あっ、うぐ……!」


ママは顔を蹴られて、ごろんと転がった。


正直、私のためにそんな目に遭う必要はない。だって私あなたの子供じゃないからね。いや血は繋がってるかもしれないけど、中にこんな不純物が入った子供なんて庇う価値ないでしょ?そこで大人しく寝てなよ。下手に抵抗したら殺されちゃうよ?


「……──!」


……それが私の名前?


そっか。覚えておくよ。


「さぁ、君は私たちが可愛がってあげますからねぇ」


元気でな。名も知らぬ母上よ。



“聖竜教”という組織。


それが私を攫ったこいつらの所属する組織の名だ。


意外と歴史は古くて、1000年以上前から存在が確認されてる宗教団体なんだけど、今となっては村に竜を放って子供を攫ったり、攫った子供を実験台にしたりと無茶苦茶する奴らだ。ざっくりと“竜こそが唯一の神”と信じ込んでるボケカスどもの集まりと覚えておいてほしい。


竜角散のシナリオ上においても頻繁に絡んできて、こいつらの暗躍のせいで色々と問題が起きてそれは結果的に国家同士の戦争へと繋がっていくことになる。その昔はちゃんとした団体だったみたいなんだけど、今じゃもうほぼテロリストだね。


そんなテロリストに攫われた私は、今日で5歳になった。

5歳になった私が何をしているのかと言うと……。


「ほらケイ、神の恵みたる“聖血”ですよ」


人体実験の被験役ですね。尚9割くらいの確率で死ぬやつ。


私の腕にプスリと刺された注射器から、黒みがかった赤い液体が流し込まれる。

奴らが“聖血”と呼ぶこれは竜の血だ。竜の血は人間にとっては猛毒で、流し込まれれば全身の血管が沸騰したように煮立って死亡する。


それを気休め程度に薄めて注射して、竜の血に適合した“適合者”を作り出そうとしてるんだと。

ほんま頭湧いとるわこいつら。5歳の子供に何の躊躇もなくほぼ死ぬ投薬実験してるとか。


「君は優秀な器ですねぇ」


それを黙って受けてる私も私だけどね。だけどこれには理由がある。


5年前、こいつらの姿を見た私はピンと来たんだ。これはきっと原作でも語られていたイベントだってね。


「さぁ、終わりましたよ」


注射器の中にあった液体が全て私の体内に流し込まれ、私は目の奥がちかちかと明滅するような酩酊感に襲われながら、ふらふらと立ち上がった。


恐らく現在は、竜角散の原作開始時点から約10年前の過去の時代に当たる年代だ。竜角散のゲーム内では“過去の出来事”として一部のキャラが語るのみだった出来事。通称“竜化の悲劇”。


聖竜教に攫われた多数の子供が一夜にして全員命を落とした凄惨な事件だ。


そして……。


「……ケイ、大丈夫なの?」


この少女……竜角散のメインキャラの一人であるエレオノーアの過去に大きく関与している事件だ。


「うん。平気だよー。もう慣れたかな」

「そうなの?でも、酷い顔色だわ。何か良くないことをされてるんじゃ……」


エレオノーア。通称ノア。プレイヤー間の愛称は“ノアたそ”。竜角散の人気キャラ投票を行えば必ず一桁台には食い込んでくる人気キャラだ。身分としては世界一の大国であるヴェルドラ帝国の第一皇女であったりして超雲の上の人な感じだけど、もはやそんなことどうでもいいくらいに可愛い。プラチナブロンドの綺麗な髪に、気品がありながらも張りのある声。そしてプレイヤーと親密になった時のイベントで見せるデレがもうたまらんのなんのって……。


「? ケイ?私の顔に何かついてる?」


“美少女フェイスがくっ付いてましたよ”とか言って顎クイしてキスしたい衝動をなんとか抑える。くっ、やべぇ。生ノアたその破壊力がありすぎる。まだ成長してない子供の状態。いわよる“ロリノア”なのにこんな美少女とか成長したらどうなっちゃうん??


「朝ごはんの食べかすが付いてるよ」

「えっ!?あっ、もう……!いじわる……」


私自身の内心はひた隠しにして、ノアたそのほっぺに付いてたパンの食べかすを取って口に含む。ノアたその皮膚の角質うめぇ……。ありがとうございます。


そんで顔赤くして頬を膨らませてるノアたそはなんなん??あざてぇなぁオイ!!かわいいね。


こんなかわいいかわいいノアたそだが、原作時空では聖竜教の実験の被験者となり、長い間囚われの身になってしまうのだ。


この実験ってやつがまた激痛を伴うモノで、あまりに辛すぎて人格に深刻な影響を与えちゃうんだよね。それこそ自分をこんな目に遭わせた奴ら全員をぶっ殺したくなるくらいにさ。こんなクズどもにノアたその繊細なメンタルを破壊させるわけにはいかない。


私?私はいいんだよ。最初っからぶっ壊れてるんだから。


そのために5年間もこんな薄暗い肥溜めで潜伏して来たんだから。いつか聖竜教に捕まって、人体実験の餌食となる運命からノアたそを救うためだけに。

5年間もこの組織の中で大人しく暮らしてたのもそのためだ。本当にノアたそと会えるかずっと不安だったから、馬車での輸送中に初めて会った時は泣きそうになっちゃったよ。あの時改めてここが竜角散の世界なんだなぁって再認識できたよね。


まぁ、原作でも結局実験自体は失敗しちゃうんだけどね。でも実験中の壮絶な体験のせいでノアたそが竜騎士を恨むようになって、世界に復讐を誓うラスボスになっちゃうエンドだけはなんとしても回避しないと。


なんで聖竜教に囚われて竜騎士を恨むのかって話だけど、実は聖竜教と竜騎士ってのは裏で繋がってるんだよね。この辺りは闇が深い上に色々と複雑な因果関係があるからここでは触れないけど。

ただ一つだけ言えることがあるとするなら、竜騎士ってのは子供を犠牲にしてでも竜に対抗できる戦力を欲しているらしい。その裏でどれだけの悲劇が起ころうとも。


ノアたそにそんな目遭わせるくらいなら、私が身代わりになったほうが5億倍マシだ。実験の影響で多少髪白くなったり目が赤くなったりするけど、そんなのは美容院に行くようなもんだと思えばいい。ダイナミックイメチェンだ。


「ケイ!今日は私が料理当番だから、早く帰ってきてね!」

「うん。行ってくるね」


私はいつもと同じようにノアたそに挨拶をして、私とノアたそが暮らす教会の一室を後にした。


「時間通り。今日も逃げずに来ましたねぇ」

「さっさと済ませてください」


そして私が足を運んだのは、聖竜教が所持する塔の地下にある実験施設。そこかしこに拷問器具らしきものや血が飛び交っている物騒な部屋だ。


そう。私が何をされてるかなんて、ノアたそが知る必要はない。君はどうかすくすくと健康的に育って、来る学園生活を謳歌して欲しい。人生を復讐に費やすなんて勿体無いじゃん?せっかくの美少女なのに。

私は日々壊れていく自分の体のことは無視して束の間の推しキャラとの日々を存分に楽しむ日々を送っている。それで充分だ。薬の副作用でほとんど余命は残ってないけど、残りの人生をノアたそのために使う所存だ。


だけどその日、いつものように薬を投薬されている最中に。


「……おぉ!?この反応は……!」


事件が起きた。


何百回目、あるいは何千回目かの投薬。相変わらずの吐き気と全身を襲う激痛に耐えていた私の皮膚が、バキバキバキ……と音を立てて、硬い鱗に覆われていく。


そう。


竜化が成功した。


(……は?)


何そのイベント知らない!!


腕に入った亀裂が広がり、私の体がバキバキと割れていき、そして一匹の人型の竜が生まれた。


マジで何これ!?恐ぇー!!


「───!!!」

「なっ、ど、どこへ行く!?皆!ケイを捕えろ!!」


原作から乖離するイベント恐い!やだやだ!計画変更!


私は逃げるぜ!じゃあなカスども!!


「逃すな!!奴を捕えろ!!」


あっ、ノアたそは攫っていくね。って、ちょちょ、暴れないで!痛いことしないからぁ!!


……やっべー。


これからどうしよ……。

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