第49話 間章 俺とオレの物語

 オレは疲れきっていた。



 戦うことに。


 殺すことに。



 なにより女のいない人生など考えられない。



 魂だけは共にありたいという最期の願いは聞き届けられなかった。



 オレはもう、奪うだけの怪物に戻るつもりはない。



 だからオレは自分自身を殺すことにした。



 この世界で生きる意味がないからだ。



 だがそれを白き神は否定し、オレを封印すると言った。



 命を大切にする優しい神だった。



 神は自身の残り少ない力をオレなんかのために使用してくれた。



 オレの魂は神の力に漂白されて、転生魂ながら新魂のような純粋さを獲得した。



 記憶も力も封印して、無知に生きる道を選ばせてくれた。



 新たな人格に新たな人生を委ねて、魂の奥底に全てを沈めてオレは眠る。




 この時、無知で無垢で純真な俺の人生が始まった。




 そこにオレが関与することはない。


 ただただ魂の奥底で眠り続けるのみ。



 そう、思っていた。



 新しい俺には関わらないと決めていた、はずなのに。



 無知な俺は自分の無力を呪った。



 力があるから争いになるというのに。


 力など持たないほうがいいのに。



 無知な俺は求める。



 ――力を。



 力を求める、理由。



 その想いの根源は。



 それは今日、この日。



 無知な俺は恋をしたからだ。



 恋をした女――先輩。



 先輩は根源たる黒を使って無知な俺に干渉した。



 オレは干渉されることを嫌って自分の力で俺自身を守ろうとするが、そのせいで体を動かせるようになってしまった。



 だからオレは他の誰もいない教室で先輩とやらに忠告した。



 これ以上俺に干渉するなと、その黒き力を使うなと釘を刺した。



 何の因果かあの女に似ている先輩とやらに、一つだけ願いを叶えるとまで言ってしまった。



 あくまで保険のつもりで言ってやったのだが、それはすぐに現実となる。



 なにも起こらないことをオレは祈っていた。



 俺が平穏な人生を送ることを願っていた。



 なのに、世界には色を帯びた怪物が跋扈して、絶望を生み出し続けている。



 人間は変わらず最低の生き物で、世界は謀略に満ちていた。



 その謀略は弱い人間を食い物にする。



 そのせいで無知な俺は狂っていった。



 非力な俺は何もできず、ただただ奪われ続け、精神をすり減らしていく。



 だがそれでもよかった。



 俺は狂って死んでもよかったのだ。



 なぜなら女がいない世界などは、どうなろうが興味はない。



 白い神の慈悲を無駄にすることにはなるが仕方ない。



 オレには関係のないことだ。



 でも、このままでは。



 もう一人の俺は愛しい人を助けられない。



 その苦しみは痛いほどにわかる。



 わかってしまう。



 だから一度だけ、魂とともに封じていた力を使って無知な俺を守ってやった。



 自分でどうにかできないならば、生きる価値などない。



 それでも一度くらいはチャンスがあってもいい。



 そう思った。



 間違えてばかりの俺だから、そのくらいはいいだろうと不干渉の禁を破ったのだ。

 


 そこで――無知な俺は神の声をきいた。



 それから魔女アビスとの戦いで、白き神がオレの封印を解いた。



 力だけでは救えない。


 力だけでは変えられない。



 残酷な世界は力だけで変えられるほど甘くない。



 オレはそれをよく知っている。



 力を得たとして、お前はどうする?


 力だけでは救えない世界で、お前はどうする?



 「せんぱいをころして……いもうとをたすけて……」



 でも、その先は?


 目的を果たしたらお前は終わるのか?




 考えろ、考えろ、考えろ。




 考えることは人間の特権だ。


 考えるのをやめれば怪物に堕ちるだけ。



 「やさしいせかいをつくろう」



 世界が悪いんだ。


 こんな世界は壊れてしまえ。



 「俺ののぞみは……」


 「オレののぞみは……」



 俺とオレの意識がシンクロする。



 「「こんなせかいにしたやつをみつけて……」」



 元は一つだった魂は二つに別れて、一つの目的のために行動を開始する。




 「「せかいを――ころす」」




 「あはっ。よく言えました〜。決意は固まったみたいだね、にーいさん! 世界に復讐しちゃおう〜♪」



 こうして怪物が転生して生まれた俺と、魔女になった妹の共同生活が始まった。



 後に魔女は話した。



 あの日、魔女は肉体を失っており、その宿主となれる器を求めていた。



 魔女――スケルティアからすれば、妹の体は自分の魂と波長の合う肉体だったらしく何かと都合のいい寄生先なのだという。



 彼女は自らの目的のため人間社会に溶け込む隠れ蓑が欲しかったようだ。



 魔女になった妹は世界への復讐を目的にするオレには懐いているが、どちらかといえば平和主義の俺には塩対応だった。



 その対応はスケルティアの魂に触れてしまったとある事件から極端になっていき、今では嫌われてさえいるのかもしれない。



 魔女とのコミュニケーションは難しい。



 だがそれでもよかった。



 魔女との関係がうまくいかなくても、オレが存在する限り、妹の体が必要な限りは勝手に消えることはない。



 それに魔女が妹の病気を治してくれるなら問題はないのだ。



 共通の目的と利害の一致。



 お互いのリスクとリターン。



 魔女との関係はこれくらいでちょうどいいのだ。



 仲良くなる必要はない。



 お互いがお互いを利用する利己的な関係だ。



 俺はそのパートナーとなる魔女を見やる。



 妹の体は外面的には完全に再生しており、その外見は快活で理知的な女性を思わせた。



 どことは言わないが、今までの遅れを取り戻すかのように体が成長してさえいる。



 そして魔女は病院を抜け出して俺の家に転がり込み、魔女の力で特別科入学試験を突破して鬼庭学園に入学してきた。



 まさか妹の入学がこのような形で現実になるとは思わなかった。



 誰が怪物に乗っ取られた妹との学園生活を予想できるだろうか。



 この魔女は何がしたいのか全く読めない。



 だがその小悪魔めいた口の悪さだけはやめるように強く言い聞かせておいた。



 それでも一部直っていないのは、魔女に染みついた生来の言動なのだともはや諦めている。



 もしも魔女が妹の体から出ていったときに口調が移っていたらどうするんだ。



 全くこいつは……。



 まぁ妹のことはここまでにして、俺に起きたことを話そう。



 俺の目的は純粋な憎しみや怒りをねじ曲げられて歪んだ救いへと変えられ、奥底に隠していたものまで吐き出してしまった。



 それは俺の奥底に封印されていた魂であり前世の記憶、それに先輩が触れ、神が触れたことで一部が湧き出して俺に混ざった。



 そして気づく。もう一人のオレの存在を。


 そして知る。俺がどうして生まれたのかを。



 俺は――過去からこの時代に生まれ落ちた転生者だった。



 ついでに言えば真っ当な生き方をしていない、人間ですらない何かだったという真実のおまけつき。



 殺戮を目的に生きる生き物のカタチをした兵器だった。



 オレの凄惨な記憶がべっとりと俺に塗りたくられる。



 これがかつての自分だとは思えないほどの血と泥に塗れた人生。



 俺が見た記憶はただの一部始終なのだろう。



 それでも記憶にこびりついた感情のリアリティは凄まじく、俺はその凄惨さに何度も吐いた。



 思い出すたびに吐き、眠れない夜を過ごした。



 しかしこの時代に生まれながらも大和の中で平凡生きてきた俺の人格が、過去の劇薬とも呼べるような人生を生きてきたオレに塗り潰されることはなかった。



 それはひとえに先輩への恋心のおかげだと思う。



 先輩への誓いが、今の俺を消すことを許さない。



 たとえ俺が何者でもないとしても、かつてのオレが怪物だったとしても、この恋だけは俺自身のものだ。



 俺の中にどれだけの汚泥があろうとも、この恋を穢すことは許さない。



 恋を存在の柱にして自我を保つ俺のことを、オレは笑わなかった。



 今の俺の中には過去のオレがいて、記憶と力を共有している状態にある。



 俺が気を抜けば、すぐにオレが出てきて体を乗っ取られることもあった。



 だがもう一人のオレは先輩を殺すことに協力的だった。



 こいつは物事を暴力的に解決しようするきらいがある。



 常に対話の姿勢を重視する俺とは違う。



 そんなオレが協力的なのは不思議だが、オレにはオレなりの行動指針があるらしかった。



 積極的に俺の人生をめちゃくちゃにするような行動を取る気はないらしい。



 それでも、オレにはどこか目的があるように感じる。



 だが俺は俺自身の目的を達成できればそれでいい。



 オレが邪魔をしないならそれでよかった。




 俺は――生きる。先輩を殺すために。




 禁止区域での喪失を背負い、魔女との秘密を抱え、自分の中に潜むもう一人のオレを押さえつけながら、きたるべき一年後に備えて力をつける。



 オレは――生きる。世界に復讐するために。



 神に魂を漂白され未来に転生して、あの女がいない世界で、世界に悲しみを生み出す存在を排除するために戦う。かつて女が求めたハッピーエンドにたどり着くために行動する。





 これは魔女と人間の物語で――俺(オレ)たちの物語だ。

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