第16話 全員殺さない為の神級拘束魔法は、不発に終わる。

100人の吸血鬼は、ブラッド・クオリティを使えるようだ。

皆、様々な形で血を纏っている。


さらに驚いたのが、連携のうまさだ。

吸血鬼はあまり集団で戦闘をしない傾向にある。

それは、個々が戦いや力を求めるため、単独で戦うことが多いからだ。


しかし、ここの吸血鬼は違った。


目の前で繰り広げられた見事な連携。


前後左右上下あらゆるところから、拘束から補助、陽動から奇襲を掛けてくる。

血を、剣に槍、糸や弓、他にも色んな形に変えて全方位から余すことなく攻撃を展開する。


そして、最重要事項。

エリでなくても分かる匂いがした。

そう、100人全員から―――ほんの少しだがヘラの気配においがしたのだ。

   

「みんな気が付いたか?」


『はい』


「殺さないようにね」


『もちろんです』


ヘラとこの吸血鬼たちは、どういう関係性なのだろうか。

尚さら、殺すことができない。

高火力で吹き飛ばすわけにはいかず、条件は厳しくなった。


さて、と。


拘束魔法発動準備。

100人全てを対象に選定。

 

よし、後はかっこいい魔法名を。


『ここは私たちにお任せを!!』


3人は声を上げ、もの凄い速度で吸血鬼たちを蹂躙し出した。

ああ、せっかくの魔法を試せる場所が。

かっこいい魔法を披露する場所が。


というか、あの子たちわざとやってる?

自分たちが戦いたいだけなのでは、と感じた。


もの凄く楽しそうに戦って様に見えるな。

―――なんて羨ましい。


3人はとてつもない速度で一帯を蹂躙する。

常人であれば視認すら敵わないだろう。

ブラッド・クオリティも使うことなく、単純な力だけで、連携する吸血鬼を圧倒している。


ウルは、四方八方を飛び回り、野生動物のような不規則な動き方で連携する吸血鬼を吹き飛ばす。


トガは、俺の前に立ち、敵から守るようにして位置取り、冷静に無駄のない最小限の動きで、周囲に迫ってくる敵をいなしている。


そしてエリが次々と倒れていく吸血鬼を血の糸で縛って拘束をしていった。


うん、すごい強さだ。


100万年前の俺では、到底彼女たちに敵わない。


あぁ、俺が戦いたかった。

せっかくやる気満々だったのに。


そして、一分もしないうちに、吸血鬼の山が出来上がっていた。


彼女たちは、というと。


傷一つなく、息一つ切れていない。


ウルなんて「準備体操にもならないなー」なんて言っている。

そんなことを100人の吸血鬼の前で言ってあげないで。

かわいそうじゃないか。


太陽の真下に山詰みにされた吸血鬼たちは、燃え出すこともなく、苦痛も感じていないようだ。

――やはり太陽を克服している―――このことからみても、かなりの寿命を積み重ねているようだ。

あの体捌きといい――おおよそ4、5千年程度だろうか。


それにしても、これほど強い吸血鬼が、100人で群れるなどあり得るのか。

戦闘狂で、単独で戦いを好んでいた吸血鬼が。

時代が変わって、それが当たり前になったのか?

 

一人で考えても解決しないな。


一人自問自答し、思考を先送りにする。

どちらにせよ、彼らに聞くしかなさそうだ。


吸血鬼の集団を一望すると、一つだけ見覚えのある気配があることに気が付いた。


昨日俺たちを襲撃してきた黒髪の吸血鬼君がいるではないか。


「話し合いに来ました」


嘘偽りなく、丁寧に、吸血鬼に目的を話した。


「―――――この状況でよくそんなことが言える」


「え?」


周囲を見渡すと、そこには、粉々になった城の正門に加え、100人の吸血鬼の山。


わぁー。

確かに。


この状況を、何も知らない100万人対し「これは話し合いですか?」と質問したら

100万人全員が「話し合いではない」と回答すること間違いなし。


「…なんか、ごめんなさい」


「―――ふざけているのか、何が目的だ」

   

「単刀直入に聞きますね、「ヘラ」を知っているかい?」

  

「―――!」


吸血鬼は「ヘラ」という単語を耳にするなり、偉く驚いた表情を見せる。

そして、その表情が一瞬にして激怒する鬼へと変わった。

ほかの吸血鬼もこちらを睨んでいる。

殺意が一体を埋め尽くす。


「き…貴様らかああああああ!」


「え―ちょっと―」


吸血鬼はエリの血糸をちぎり、こちらへ向かってきた。

エリも全力ではないだろうけど、その血の糸は100万年以上積み重ねられたもののはず。

怒りが限界を突破したとでもいうのだろうか。

 

エリは驚いた表情で、もう一度拘束しようと細い糸を出した。


「エリ、ちょっとまって」


「で――でも」


「いいから―」


「くそが――――この命に代えても、殺して見せる!」


吸血鬼はブラッド・クオリティで血の剣を数多に作り、こちらへ放った。


向かってくるその攻撃を――――。


グサリ、と刃が体を突きさす。

塞げたはずの攻撃を、防がなかった。

防衛本能を遮断し、そのすべてを受けた。


「…な――なぜ――」


体は問うまでも無く穴だらけになった。

滴る血は熱く、そして濃い。


とはいえ、痛みには慣れており、苦痛は無い。


『ウィスト様!!!!!』


3人が動転して駆け寄る。

いや、死なない事知っているでしょ?


「きさまぁぁぁぁ!」


今度はトガが、観たこともない表情で吸血鬼に殺気を向ける。

まずい。

このままでは、殺してしまう。


「トガ!!ストップ!!!!」


先ほど、全ての攻撃を受けたことで戸惑っている吸血鬼の眼前で、トガの手刀が止まった。


「大丈夫、すぐ直るから。彼らとは話をしたいんだ。だから、冷静にね?」


「はっ―すいませんでした…」


どうやら死なないことを思い出したようだ。

でも、その行動は責められるものではなかった。


家族としては、うれしいくらいだけどね。


ちなみに、先ほど穴だらけになった体は完璧に治っている。加えて、ボロボロの服すら、一瞬にして創造魔法で治した。


「な…なんだお前は――魔法…だがその血は確かに鬼の…」


「私はウィスト・メルキオール。君たちのその反応から、ヘラの眷属ではないかと考察するんだけどどうかな?」


「っ―――!」


図星のようだ。

わかりやすい表情だ。

先ほど、ヘラの名前を出した時の彼のあの反応。

誰かを想うその表情が、一瞬で答えを導き出したのだ。


「ウィスト―—その名は――ヘラ様の」


「ヘラから聞いているんだね、そう、そのウィストだよ。そしてこっちの3人がヘラの友達。金髪がトガで、紫髪がウル、そして赤髪がエリだ」


「き…聞いている…そうか―」


途端、100人の吸血鬼たちは涙を流し始めた。


「お…お願いがあります。ヘラ様—――を助けてください」

 

吸血鬼のお願いは、予想だにしない、思いもよらないものであった。

 

 

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