カラフルであればこそ 完

ヤジマ ハルカ

第1話 出会い


『あんたほんと最低!!

 自分が今何してるか分かってんの?』

 



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「‥‥ツッッ‥‥ハァ」



まだ午前四時なのに

こんな時間から室内を明るく照らす夏は

朝からまどろみを増すばかり‥



もう朝なんだ‥‥



さっき寝ついたばっかりなのに、

キツイな‥‥ほんと‥‥




長いと思っていた夏休みも今日で終しまい。



明日から新学期が

始まろうとするこんな中途半端な時期に





私は新しい学校へ転校するのだ。



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『朔!!準備出来た?

 そろそろ学校に挨拶行くよ。

 車にエアコンかけてくるから

 出かけれる用意すぐしてね。』





八月も今日で終わりなのに、

カラカラっと音を立てて窓を開けると、

まだ全然おかしいくらい暑くて、

まとわりつく湿った熱風が

一瞬にして部屋の温度を変えていく



連日テレビでは

猛暑の予報日ばかり。



先週は夕立やゲリラ豪雨も活発で、

天気が予測できない日も続いていた。



「はぁ‥‥」



分かってはいるけど‥‥

気が重くてたまらない‥



家族と話し合って決めたことなのに、

いざ直前になると、意思が折れてしまいそうで

このままここにいたいと願うばかりだ



クローゼットから

膝下丈のノースリーブの白いコットンの

ワンピースを取り出した時に

目に入った真新しい制服を

ハンガーごと取り出して鏡の前で

当てがい立ってみた。




「新しい制服は可愛いのに‥‥

 病人みたい‥‥白すぎでしょ‥‥」



夏休みなのに

一歩も外に出ていない自分は、

久しぶりの外の空気に耐えられるだろうか‥



去年はお金を貯めたくて

色々バイトしてたのに今年は

行く気すら起きなくてダメだった‥‥



『朔ーーー遅刻する!』



「‥ん‥今行く!」




部屋から出た私が玄関先へ向かうと、

そこには真新しいローファーがあって

それを見つめて少し躊躇った




‥‥今までのだってまだ履けるのに。




きっとお姉ちゃんが

私の為に気を遣って新しいのを

用意してくれたんだよね‥‥



前の学校で使ってたものは見たくなくて、

誰も住んでない実家に殆ど

荷物は置いて来てしまっていた



「‥はぁ‥‥行きたくない‥」




重たい扉に手をかけて開けると、

想像以上の暑い外気と

眩しい日差しを浴びたあと

慌てて階段をかけおり車に乗り込んだ。




「暑っ‥‥」



『‥‥当たり前でしょ、夏なんだから。』



ひんやりとした勢いのある風に

汗が勢いを止めていく



『よし、少し急ぐよ。』



「ん‥‥ありがとう‥‥お姉ちゃん。」




眩しい太陽


上からも地面から突き刺さる熱気



日本中どこでも暑いのは同じなのに、

外が久しぶりと緊張からなのか分からないけど

鼓動も早くのぼせそうに感じてしまう。




『ねえ朔‥‥明日から一人で行けそう?』




少しずつ涼しさを感じながら、

助手席から住み始めて間もない

街の景色をぼんやり眺めていた



ここに初めて来た時に一度だけ車内から見た

この景色は殆ど記憶にも残っていない。



それくらい来た時は不安定だった。




あの頃の自分は前の学校であんなことがあって

殻に閉じこもっていたから



こんなに住んでいた新しい街は

緑が少ない街だったんだね‥‥



高い高層ビルに隙間なく広がる店舗。

気休めに植えられた歩道の緑が埋もれるほど、

建物だらけの街だ。



見渡すそのどれもが前いた場所とは違うのに、

私の心は意外にも、このごちゃごちゃした街に

ホッとしていく感じがしていた。




「お姉ちゃん‥大丈夫‥‥もう高校生だよ。

 今日の帰りはゆっくり歩いて確認しながら

 帰ってみるから。」




お姉ちゃんの住むマンションから一番

近い高校をお父さんが選んでくれたから、

歩けば10分もかからないくらいだし、

スマホの地図アプリで

迷子にはならなさそうだ。



私の言葉にホッとしたのか、

少しだけお姉ちゃんが笑ってくれた気がした。



今日だって行かないって言うんじゃないかって

不安にさせてたと思うくらい私は

マンションに閉じこもっていたから‥‥



本当に私たち似てない姉妹だ‥‥



黒髪ロングヘアがよく似合うお姉ちゃんとは、

姉妹とは言えないくらい見た目が似ていない




サイドミラーに映る自分が嫌で

私はそっと瞳を閉じた。




ガラッ



『明日からどうぞよろしくお願いします。』




明日から通う新しい高校は、

今までいたところとは

全く別世界のようだった。



全校生徒数1500人規模を

纏めれるほどの大きな校舎は、

卒業するまでに全てを覚えられるかも

分からないほど広い敷地面積だ。



でも‥‥

ここは風が気持ちいい‥‥



レンガ調のアンティークな外観、

連絡通路から見渡せる雄大な

芝生や噴水広場があり、

そのどれもが初めて見る感じで

また少しだけホッとする。



誰も私のことを

知らない場所って思えば思うほど

今はすごく安心できるから‥‥




『朔、じゃあお姉ちゃん

 このまま夜勤の仕事に行くから、

 ほんとに気をつけて帰ってね。

 晩御飯は用意してあるから』



「ん、お姉ちゃんも気をつけてね。

 忙しいのにいつもありがとう‥。」



お姉ちゃんに軽く手を振った後、

私は暫く連絡通路から遠くを眺めていた



「本当に広い‥学校‥。」



ここでちゃんとやっていけるかな‥‥



ううん‥‥

やっていかないと‥‥



背中を押してくれた

両親やお姉ちゃんに申し訳ない



私一人のせいで、

余計な心配を今までも

沢山させてしまっているだろうから



「ふぅ‥‥‥」



少しだけ校舎見てから帰ろうかな‥



その方が明日からの緊張も

ちょっとはほぐれるかもしれないし‥



どうせ帰っても一人だ。

そのほうが色々考えてしまいそうだ



まずは二年の教室は‥どっちだろ‥‥



確か入り口に校内の案内図が

あった気がする



ここにいても暑いだけだし、

とりあえず校門のほうに

行ってみようかな‥




もう一度深呼吸をした私が

歩き始めようとしたら、

目の前から歩いて来た人と

偶然視線がぶつかった。



‥‥‥ん?



あれって‥なんだっけ‥‥

あ‥‥‥袴だ。

部活か何かやってる人なんだろうか‥



首からかけられたタオルで汗を拭いながら

スポーツドリンクを飲む姿は、

美しすぎて思わず見入るほどだ




『‥‥‥‥天使?』



えっ?



いつのまにか目の前まで来ていた相手は、

もう一度スポーツドリンクを飲み干すと、

今度はその綺麗な顔で優しく笑って見せた。



天使なんて

‥‥‥‥初めて言われた。




今まで生きてきた人生では

変な目の色とか、派手とか、

一人だけ髪の毛の色が違うことで

上級生にも目をつけられていた。



初対面でそんなことを真顔で

私の目を見て言う人に初めて会ったからか、

気づいたら目から涙が溢れていて

自分でもビックリする



『‥‥‥なんで泣いてんの?』



背が高い私よりも

もっと背の高い彼は

180センチは余裕であるだろうか‥



背中を屈めて私を覗き込む顔は

整っていて綺麗なのに、

今はとても困って見える。



どうしよう‥‥なんで涙なんか‥‥



「‥ご‥ごめんなさい‥ただ嬉しくて。」



『‥‥そっか‥焦った。』



その場に力なく座り込んだ相手に、

指で涙を拭った後、

私も一緒にしゃがんで微笑むと

私を見て安心したように笑ってくれた。



『‥‥‥やっぱり天使みたいだな。

 笑ってた方がずっといいよ。』



「‥‥‥‥ありがとう。 

 実はね笑ったのほんと久しぶりなの。

 明日からここの生徒として通うから、

 さっきまですごく不安だったけど、

 元気出ました。ありがとうございます。」



そう伝えてから立ち上がると、

相手もゆっくり立ち上がり

私を見下ろした。



「あ、えっと‥あの部活中ですよね‥。

 足止めさせてしまってごめんない。

 校内見てから帰ろうと思ってただけなので、

 声かけてくれて嬉しかったです。

 ‥‥それじゃ‥」



元気をもらったお返しに

丁寧にお辞儀をしてから、

掲示板がある方へと歩いていくことにした。




天使‥‥か‥‥

そんなふうにいつかなれたらいいな‥‥




胸まで伸びた髪の毛を手に取ると、

今までは嫌で仕方なかったこの色も、

初めて好きになれそうな気がした。



『‥なぁ‥ちょっと付き合って。』



「えっ?」



背後から聞こえた声と同時に

パンっと音がした後に掴まれた手首は、

返事をするまもなく引き寄せられ、

さっきの彼とあっという間に走り出した。




‥‥‥なに!?何処に行くの!?




『時間あるだろ?

 もう少しで練習終わるから俺が案内するよ』




ドクン



掴まれた手首は全く痛くないのに、

大きな掌に優しく包まれているその部分だけ

どんどん熱を帯びていく




前を走る彼が不意打ちで

こちらに振り向いたときは、

あまりにもその顔立ちが綺麗で、

少しだけ心臓が跳ねた‥‥




さっき初めてみた時も思ったけど、

この人、すごくカッコいいと思う。



背も高くて体格もいいけど、

顔立ちが相当整ってる‥‥



綺麗な鼻筋に形のいい唇。

バランスの取れた顔立ちは

まるで彫刻のように綺麗に思えてしまう。



掴まれた手首を振り解こうと思えば

できたかもしれないのに、どうしてかな‥



このままこの人に着いて行きたくなった。

初対面なのにどうかしてるほどに。





夏休み中不安で

頑なに一歩も外に出なかったのに、

今こうして誰かと走ってる姿なんて

さっきまで想像すらできなかった




この人のことが知りたい‥‥

なんとなく素直にそう思えた

からかもしれない。





「はぁ‥はぁ‥‥はぁ」



『‥‥あんた全然体力ないんだな?

 細いし‥‥‥ハハッ‥息切れし過ぎ。』



そんなこと‥‥‥はあ‥言われても‥‥



一月近く外に出てなかったし、

歩くだけでも久しぶりなのに、

いきなりこんなに走って

転ばなかっただけすごいよ?



明日は登校初日なのに、

久しぶりの筋肉痛かもしれない。



「‥‥はぁ‥はぁ‥

 はぁ‥‥‥でも‥‥‥楽しかった。」



呼吸が乱れて丸めていた体を起こして

目の前に立つ彼を見たら、

一瞬驚いた顔をした後、思いっきり笑われた



『ハハッ!!あんた面白いな。

 連れ回されて楽しいって言われたの

 初めてだわ‥ククッ‥‥』



『はぁ‥‥私だって‥はぁ

 天使なんて‥言われたの‥‥初めて』



『‥そう?

 ‥俺もそんな恥ずかしいこと言ったの

 初めてだけど‥‥嘘じゃないから。』



ドキン



長めの黒い髪の毛をかきあげて

優しく微笑む相手に少し戸惑ってしまう




「あ、ありがとう‥‥嬉しい‥です。

 ‥‥それより‥ここは何処なの?」



呼吸が落ち着いて来た私は、

ようやく目の前の建物を

落ち着いて改めて見ると、

さっきまでのレンガ調の建物からは

想像できない和風な建物を見渡すと、

入り口に書かれた文字を見つけた。



‥‥弓道部‥‥

あ‥‥‥もしかしてこの袴って‥‥



『みんな帰った後

 一人で残って自主練してたんだ。

 良かったら最後に一回見てく?』



「えっ‥‥いいの?

 私見たことないから見てみたい。」



『ハハッ‥‥もう帰るとこだったけど

 じゃあ一回だけ特別な。』



とても綺麗な顔で優しく笑った彼は、

私の頭を少しだけ撫でると

今度は優しくまた私の手首を包み

道場の中に案内してくれた。



『そう言えば名前言ってなかったな。

 俺は佐藤 葵(さとう あおい)高二。

 あんたは?』



「あ‥‥

 私は小早川 朔。(こばやかわ さく)

 私も同じ二年生です。」



『そっか、じゃあ同級生だな‥‥はい』



目の前に差し出された手に戸惑うけれど、

私はそっとその手を握り返した。



人懐っこいのか面倒見がいいのか、

初対面なのにこの人に全く壁を感じないんだ‥



大体みんな私の

明るいホワイトベージュの髪と

グリーンアイを見るとまず近寄らないのに‥‥



クリアで真っ直ぐな瞳は嘘がない。

ほんと不思議な人‥‥‥



まだ出会って少ししか経ってないのに、

緊張してないし、寧ろホッとしている





『よろしくな、‥朔。』

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