評論 退屈

鈴乱

第1話


 人は、退屈が苦手な生き物なのだなぁ、と思う。


 おおよそ100年余りの人生。


 学校に行ったり、仕事をしたり、人と付き合ったり、それはまぁ忙しくしている。


 それは退屈を苦手としているのだろうなぁと思う。


 自分は何かをしている。


 その自覚が、人間を人間にするように思ってしまうのかもしれない。


 何をしようが何をしなかろうが、ただ自分は自分であって、それ以上でもそれ以下でもない。


 時と共に好みが変われど、根本の自分というものは結局のところ、何も変わりはしないのだ。


 変わったように、見えるだけなのだ。


 外のことが変われば、自分も変わるように思っているのかもしれないが、外が変われど、自らはやはり自らである。


 多少、物事の捉え方や物事への取り組み方が変化しようと、その元にあるのは、変わらぬ自らなのである。


 実に見事に、自分をやっているのだ。

 誰も彼も。


 何をしようが何をしなかろうが、自分は自分である。


 そこは、過去とて今とて未来とて永劫変わることはないものなのであろう。


 全ては相対であり、他者との比較ありきで自らを見て、ああだこうだと言う。


 まったくつまらぬことだ。


 比較などなければ、相対などなければ、ただ、そこにあるそのもの自体を率直に眺めることができるというのに。


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評論 退屈 鈴乱 @sorazome

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