同窓会の奇襲

陸月 瑛永

奇襲

「かんぱーい!」


厚めのガラスが景気よく重なる音がそこかしこに響く。

張本は手に持ったグラスの方に唇を近づけ、ぐっと煽る。冷たさと刺激が口から喉を通過し、胃にとどくのを感じる。


「ほんとに久しぶりだな、張本〜」


張本の前に座っていた小林が、中身が半分ほどになったグラスを机に置きながら話しかけてきた。

小林は中・高と同じサッカー部だったこともあり、比較的仲の良い友人だったが、高校を卒業してからは仕事が忙しく、連絡すらしていなかったことを思い出す。


「ああ、三年ぶりくらいだっけ?」


「そうそう。いや〜懐かしいな〜」


今日は成人式。そして今しがた同窓会が始まったところだ。

高校を卒業してほとんどの人が大学や専門学校に通う中、張本は早く自分の力で稼ぎたいという思いが強かったので就職することを選んだ。

しかし、その就職先がブラック企業だったこともあり、近頃は思い通りにいかない人生に思い悩んでいた。忙しさと疲労からここ2年くらい友達と会うこともなかったため、張本は今日の集まりを密かに楽しみにしていた。


「皆変わらないな〜」


懐旧の思いをいだきながら、ざっと周りの顔を見渡す。30人ほど集まったその席にいる顔や雰囲気は昔のままだった。


ただ一人を除いては。


その人物は張本の目の前にいる小林だ。

高校生の時は明るい性格のいわゆるおバカキャラで皆を笑わせており、どちらかと言うと落ち着きのないタイプだった。


しかし、今張本の目に映る人物は余裕と自信を感じる落ち着いた雰囲気をまとっており、とても同級生には見えない風格があった。

皆がカジュアルな服装の中、シワなの無いビジネスマンらしいワイシャツにジャケットを羽織り、いかにも高級そうな腕時計をしている。一応、社会人として身だしなみに気を遣った服装をしてきた張本だったが、身につけているものもオーラも圧倒的に負けている気がして少し萎縮した。


その後、同級生たちと思い出を懐古したり、他愛もない話で盛り上がった後、アルコールがまわってきた張本は当初から感じていた疑問を小林にぶつけてみた。


「小林、雰囲気変わった?てか大学生だよな……?」


「あー、俺いま大学通いながら自分でビジネスしててさ、色々経験したからそう見えるのかもな」


会社員として労働力を提供し、その対価として給料をもらうことだけが仕事だと思っていた張本にとって、それは衝撃を受ける返答だった。


「自分でビジネスってなんだよ!小林スゲーな!」


目の前にいる男が若手起業家のように見えた張本は、小林なら今の自分の状況を変えるヒントをくれるのではないかと思い、興奮した勢いで思ったことをそのまま口に出した。


「しー、お前声がでかいって」


小林は周りに目配せしながら顔を近づけてくる。張本達の座る席は一番端で、周りの同級生達はそれぞれ盛り上がっており、こちらのことは気にしていないようだ。


「周りのやつらは学生ばかりだし、こういう仕事の話は別の場所でしよう。もし、気になるならこの後二人で二次会でも行くか?」


小林の提案に張本は目を輝かせながら強くうなずいた。


結局、二次会は十人ほどでカラオケに行くことになったため、それが終わり深夜0時を過ぎた頃、改めて二人で別の居酒屋に入った。


「かんぱい」


二人で乾杯を交わす際、張本は小林に敬意を示すようにグラスを少し下に持っていった。


「張本は仕事上手くいってるのか?」


「いや、それがブラック企業でさ...。毎日12時間とか働いてるのに、残業代も出ないし給料も少ないしで生活するのがやっとな状態」


「マジかよ……大丈夫なのか?」


「まあ、今のところは。でもやっぱり将来は心配だな……。

そういえば、小林のやってるビジネスって何なんだ?着てる服とか、その時計とかやたら高そうだし凄い稼いでるんじゃないのか?」


久しぶりにあった友達に対していやらしい質問だとは思ったが、今の状況をなんとかしたいという思いとアルコールの力が張本を強気にさせた。


「俺のやってるビジネスは簡単に言うとウォーターサーバーを売る仕事だ。

ただ、自分で顧客に売って回っているわけじゃなくて、売るのは俺の部下。その部下の教育だったり管理だったりが俺の仕事」


「部下の教育……管理……」


三年目でまだまだ下っ端の張本からすると、部下の教育や管理など想像もつかない仕事だった。


「ちなみに給料...とかって聞いてもいいか?」


「まあ、だいたい月に五十万くらいかな」


「五十万!?学生でそんなに稼げるのかよ……」


張本が三ヶ月働いてやっと到達するかどうかといった金額が小林の口から飛び出し、張本の目も飛び出しそうになる。

もし自分がそれだけ稼げたら何を買ってどんなことをするか妄想を繰り広げていると、小林が質問を投げかけてきた。


「張本は今の会社辞めたりとか、転職とか考えていないのか?」


「最近考えてはいるんだけど忙しくて時間がないし、大した才能もないから行動する自信がなくて...。でも、現状を変えないとって思いはある」


普段は話す相手もいなかったので、こういった不満を口にするとスッキリするんだなと思うと同時に、向上心のある言葉を口にしたことで、体温が上ってくるのを感じる。


「その意識があるのはいいことだ。世の中のほとんど奴らは現状から目をそむけて満足したふりをしている。現状を変えようとしている時点で張本は一歩リードしているぞ」


胸の内で燻っていた思いを焚き付けるような言葉を小林がかけてくる。


「俺もとりあえずで大学行って、バイトしながら生活してたんだけどさ、そのバイト先の人達が死んだような顔で働いているのを見た時に『俺もこうなるのか』って絶望したんだよ。

だから自分と環境を変えるために、色々考えたり調べたりして行動した。その時にすげぇ人に出会ってさ。その人に教わって今の仕事してるんだ」


小林の話したストーリーは、張本の燃え上がった思いをさらに熱くするものだった。


「俺も変わりたい……。小林、俺はどうすればいい!?」


今の俺を変えてくれるのは小林しかいない。

そう思った張本は藁にもすがるような思いで尋ねる。


小林は少し考えた後に口を開いた。


「張本がよければ、一旦俺のもとで働くっていうのはどうだ?もちろん悪いようにはしない。給料も今より上がるよう調整するし、頑張れば俺のポジションにだってなれる。

なにより、俺は張本みたいな考えのできる人材が欲しいと思っている」


小林の真剣な眼差しと言葉に、張本は目頭が熱くなった。


「もちろんだ。なんだってやってやる」


迷いなど微塵もなかった。


「そうなった場合、俺はそのウォーターサーバーを売ればいいのか?」


「基本的にはそうだ。日を改めて色々説明はするが、他にも一緒に働いてくれる仲間を見つけてくれたらその都度報酬がでたりもする。

そういえば、さっき言ったすごい人ってのが俺の上司にあたるんだけどさ、ちょうど明日の十三時からその人の家で打ち合わせがあるんだ。よかったらお前も来るか?」


「おお、マジか!凄い偶然だな。是非行かせてくれ」


その言葉を聞いた小林は「やれやれ」といった調子で首を振っている。

思ってもみない態度に張本は困惑した。


「どうしたんだよ?」


「お前な〜、もっと人を疑うことを知った方がいいぞ?」


「は?どういうことだよ!」


「マルチ商法とか、ねずみ講って言葉知ってるか?」


張本の頭の中で、学生の頃に見た映像がかすかに蘇る。


「ああ、聞いたことはあるけどそれが何なんだよ?」


「いま俺が誘ったビジネスってのがそれ。よくある勧誘のテンプレそのままって感じ」


激しく燃え上がっていた張本の気持ちは一瞬にして鎮火した。

代わりに、別の場所から怒りの炎が燃え上がる。


「なんでそんな嘘ついたんだ!」


掴みかかりそうな勢いで小林に詰め寄る。


「今の張本みたいに現状に不満を持ってる若い奴とかが特に狙われやすい。実は俺もその一人だったんだ。借金寸前のところでなんとか抜け出せたけど、失うものは多かった……。

だから、友達がそういう悪質なビジネスに引っかからないよう教えてあげるつもりだったんだ。すまん」


小林は冷静かつ本当に悪気はなかったといった表情をしている。

そんな状況にまたもや張本の炎は勢いをなくした。


「なんだよ……。そんなことの為にわざわざこんな大掛かりなことしたのかよ……」


希望や興奮、怒りといった様々な感情を一瞬で体験したせいでどっと疲れた張本は、弱々しく言葉を吐きながら座り込んだ。


「あ〜、でも半分くらいはホントの話だから」


意気消沈した張本を元気づけるように小林は続ける。


「自分でビジネスしてるっていうのはホント。まあ、正確に言うと投資かな?」


「投資?それも危ないんじゃないのか?」


投資の知識など皆無な張本は、先入観をもった意見を投げかける。


「いやいや、それは偏見だって。マルチなんかと違って絶対損しないようになってんの」

「これからの時代は仮想通貨だからな」


再び張本が身を乗り出す。


小林は不敵な笑みを浮かべていた。

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