022 出発の準備
次の日。
チェックアウトを済ませると、適当な店で朝食をとった。
現代の首都・山梨県では、大体の飲食店が朝早くから営業している。
旧時代と違って自炊することがないからだ。
朝食が終わると出発の準備に入る。
着替えやペットボトル飲料、保存食を購入した。
また、杏奈と梨花は物資を詰めるためのリュックも購入。
これらの合計が3000円だったので、残金は5万5000円に。
「あとは何だ……ああ、チャリのメンテナンスだったな」
自転車屋を見つけるのは簡単だ。
そこら中にあるので、少しキョロキョロするだけでいい。
山梨・長野では、業務以外でのガソリン消費が禁止されている。
そのためメインの移動手段が自転車になっていた。
故に自転車屋が非常に多い。
「いらっしゃい! 空気を入れに来たのかい?」
自転車屋に入ると店主が声を掛けてきた。
捻ったタオルを頭に巻いた20代半ばの男だ。
胸の名札によると「井出」というらしい。
「それもだけど、消耗の激しいパーツがあれば交換してほしいです」
俺たち素人には自転車の状態がよく分からない。
「はいよ!」
井出は元気よく答え、俺のチャリを調べ始めた。
手つきが慣れていて頼もしい。
「井出さんは魔物が出る前から自転車屋だったんですか?」
「そうだよー。家が貧乏だったのもあって、中学を出たらすぐ働いたんだ。今28だからかれこれ13年くらいかな。自転車関連の資格だってあるし、最近になって始めたそこらのザコとは腕が違うよ」
井出は思ったよりも雄弁に語った。
要約すると「自分の腕に自信があり、新顔の同業者は嫌い」ということ。
「あー、こりゃダメだね」
「ダメ?」
「色々とガタがきているよ。例えばここなんかは――」
井出が一つ一つ問題箇所を解説する。
何を言っているかさっぱりだったが、とにかく問題があるようだ。
「こういう場合、整備するより新品を買った方がいいですか?」
「それは財布と相談になるけど、完全に直すなら数日はかかるよ」
「あ、じゃあ買います」
杏奈と梨花が「決断早ッ!」と驚いていた。
「いいのかい? 買うとなったら結構高いよ? 新品は特に」
チラリと値札を確認する。
新品のママチャリは1台2000円だった。
「できれば今日中に出発したいので」
「出発? どこかに行くのかい?」
「近畿圏まで行こうかと」
「それだったらマウンテンバイクがいいよ」
井出は店の奥からオススメの一台を持ってきた。
ハンドルに貼られている値札には「5000円」と書いてある。
「単純な長距離ならクロスやロードのほうがいいんだけど、こういうご時世ならオフロードも走るでしょ? それならマウンテンバイクがいいんだ。値が張るのは玉に
いつの間にかセールストークが始まっていた。
「マウンテンバイクかー、いいじゃん! ママチャリより走りやすそう!」
杏奈が声を弾ませる。
「ふむ……」
一方、俺の反応は渋い。
(たしかにオフロードにも強いと思うが……)
マウンテンバイクには欠点がある。
ママチャリに比べて片手運転がしづらいことだ。
つまり、鉄扇を振り回しながら走るのに適していない。
同様の理由により、クロスバイクやロードバイクも避けたいところだ。
「お!」
そんな時、いい自転車を見つけた。
電動アシスト機能の付いたママチャリだ。
価格は8000円で、同じ物がちょうど3台ある。
「そこの電動自転車がいいな」
「いいのに目を付けたね。これはヤマハーン製の23年モデルで――」
「じゃあそれ3台でお願いします!」
井出の言葉を遮り、俺は3台分のお金を支払った。
「まいどあり! 古い自転車はどうするんだい?」
「お譲りします」
「了解! じゃあお礼にタイヤを丈夫なやつに交換してあげるよ! 実は自転車のタイヤにも色々とあってね――ペラペラ、ペラペラ」
そんなこんなで、俺たちの乗り物が電動自転車にレベルアップした。
◇
甲府や近隣の街を観光して過ごす。
昼は大半の人間が労働に従事しているおかげで快適だった。
「やっぱり電動自転車にして正解だな」
「坂道だってへっちゃらだねー!」
「カゴにリュックを入れられるのもいい!」
17時30分――。
俺たちは大手チェーンの定食屋で夕食を堪能していた。
夜に街を発つため、少し早めの腹ごしらえだ。
「ところで、これからどうするか決めた?」
向かいに座る杏奈が尋ねてきた。
「これから?」
「移動の件だよ」
杏奈は店員を呼び、米のおかわりを頼んだ。
「ああ、タクシー問題か」
当初の予定だと、夜にタクシーを捕まえて移動する予定だった。
しかし、今日になってそれが不可能だと判明したのだ。
ここではタクシーが認められていないのだ。
夜間に車で移動するには電動バスを使うしかない。
ところが、山梨から出ている長距離バスは東京行きのみ。
そんなものに乗ると、今より近畿地方が遠ざかってしまう。
「自転車で向かったらいいじゃん! 電動だから快適だよー!」
梨花はニコッと微笑んだ。
「いや、場所が悪いから車を使って楽に行きたい」
甲府から西へ目指すには、長野を経由して山岳地帯を迂回せねばならない。
いくら魔物の出現に伴って林地の開発が進んだといっても、山梨が誇る山岳の数々をぶち抜くほどではなかった。
「タクシーがなくてバスも無理、電車は輸送限定らしいしお手上げじゃない?」
梨花が「たしかに」と頷く。
「そうでもないよ」
「何か考えがあるの?」
「もちろん」
俺はコップの水を飲み干した。
「トラックを使えばいいんだよ」
「「トラック!?」」
「電車の通らない集落にはトラックで物を運ぶだろ? それに乗せてもらえばいい」
二人は「おー!」と感嘆した。
「賢い! さすが涼真君! 名案だと思う!」
「私も賛成! それいいじゃん! やっぱウチのリーダーは違うねぇ!」
俺は「フフフ」と照れ笑いを浮かべた。
「無料とはいかないだろうが、金を積めば乗せてくれるだろう」
女性陣も感心しているし、我ながら良いアイデアだと思った。
この時は。
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