013 百鬼夜行

 とんでもない数の魔物が通りを闊歩かつぽしている。

 大小様々な種類がいて、大半は見たことのないタイプだった。


「まるで百鬼夜行だな」


「あー、あれね、ゲートに帰るところ」


 背後から、梨花が俺の肩に手を置いた。

 ずいぶんと落ち着いている。


「魔物って夜になるとゲートに戻るのだったな」


 夜間――大体20時から翌4時まで――は安全だとかなんとか。

 そんな話を聞いた記憶がある。


「すごい光景でしょ」


「まさか歩いて帰るとは思わなかったぜ」


「死んだ魔物みたいに何分かしたら消えると思った?」


「うむ」


 梨花を見ると、無表情で窓の外を眺めていた。


「怖くないのか? あれだけの魔物がいるのに」


「こっちが何もしないと襲ってこないからね、ゲートに戻る最中の魔物は」


「なるほど」


 だから何もしないでおこう、と梨花は言いたいわけだ。

 俺の頭もそれに賛成しているが、心は声高にNOを唱えていた。


(火の鳥をぶち込んだら面白いことになりそうだなぁ)


 一発で1000体近い魔物が灰になりそうだ。

 妄想するだけで脳内物質がドバドバと溢れる。


「ダメだよ、涼真君」


 肩に置かれた梨花の手に力がこもる。


「な、なんのことだか……!」


「魔物に仕掛けたいんでしょ? バレバレだよー」


「クッ……!」


 チラリと室内を見た。

 すぐ傍の壁に大鎌が立てかけてある。


(今すぐアレを手に取り、敵に向かって振りたい……!)


 その気持ちが次第に強まっていく。

 うずうず、うずうず。

 梨花の反対を押し切って戦いたい。


「そんな戦いたそうな顔をしてもダメだから!」


「ぬぬぅ……!」


 梨花は俺の手首を掴んで立ち上がらせた。


「お風呂に入って疲れたし、今日はもうおしまいなの」


「でも、絶対に興奮するってあの数の火の鳥を――うわっ」


 話している最中に押し倒された。

 さらに布団の上でくるりんと返されうつ伏せにされる。


「ちょ、何を……」


「涼真君が魔物のことを考えられないよう気持ちよくしてあげる」


「気持ちよく……だと……!?」


「うん!」


 梨花は俺の足下に膝を突いた。

 そして、おもむろに俺の両脚を開かせる。


(気持ちよくしてくれるってことは……もしかして……)


 俺がしばしば動画で観る行為が行われてしまうのか?

 想像しただけで口が半開きになり、頭の中がピンク一色になる。


「力を抜いてねー」


 梨花は少し進んで俺の股の間に。

 そこから手を伸ばし――――腰の指圧を開始した。


「うお、これは……」


 モミモミ、モミモミ。

 親指の腹で疲れた筋肉を癒やしてくれる。


「どう? 私のマッサージ。気持ちいいでしょ?」


「ああ、やばい……」


 お世辞抜きで過去最高の気持ちよさだった。

 沸々とよぎるよこしまな妄想がスーッと消えていく。


「魔物とは明日も戦えるんだから、今日は寝ようね?」


 梨花が耳元で囁いてきた。

 普段なら彼女の吐息がかかったことに興奮するだろう。

 しかし、この時は違っていた。


「ふぁい」


 半開きの口から洪水の如く涎を垂らして、俺はそのまま昇天した。


 ◇


「いつまで寝ているんだー! こんな所で爆睡していたら魔物にやられるぞー!」


 気分良く寝ていると布団を引っ剥がされた。


「なんかキャラ変わってないか梨花」


 大きなあくびをしながら重たい瞼を強引に開ける。

 するとそこにいたのは、梨花ではなく杏奈だった。


「梨花じゃなくて残念だった?」


 杏奈がムッとした顔で尋ねてきた。


「残念ではないが……なんでいるんだ?」


「そりゃもちろん梨花に聞いたのよ! 気づいたら二人していないんだから! 私だけ置いてけぼりとか酷くない?」


「いやぁ、元々は一人で……」


「んんん!?」


 怖い顔を近づけてくる杏奈。


「……すまんかった」


「よろしい!」


「あ、おはよー、涼真君! 起きたんだね!」


 梨花がやってきた。

 館内着がはだけて際どいラインまで見えている。

 胸の谷間に汗が浮かんでいた。


「朝から風呂に入っていたのか? えらく温まっているようだが」


「シャワーだけ! それより涼真君、よく眠れた?」


「ああ、おかげさまで」


「よかったー! 夜のマッサージ、すごく気持ちよさそうだったもんね!」


「夜のマッサージぃ!?」


 外国人ばりに手振りを交えて驚く杏奈。


「うん! 涼真君がゲートに戻ろうとする魔物にちょっかいを出そうとするから、別のことで気を紛らわしてもらおうと思ってね! 気持ちよくしてあげたの!」


「マジで気持ちよくてさぁ。一瞬で果てたからなー、俺」


「涼真君、白目を剥いてたもん! 見ていたら羨ましくなってきてさ、あのあと自分で気持ちよくなちゃったよ!」


「今度は俺がやってあげるよ。昨日のお礼にアヒアヒ言わせてやろう」


「やったー! あ、でも、私敏感だから優しくしてね?」


 梨花は両手を上げて嬉しそうに飛び跳ねる。


「……あんたら、いつの間にそんな関係になったの!? ていうかそこまで発展していたの!? もしかして私、お邪魔虫な感じってわけェ!?」


 杏奈は意味不明な驚き方をしていた。


 ◇


 温泉宿〈月下〉の二階・大食堂にて――。


「おー! 入った! 私のスマホにも異世界アプリが!」


 朝ご飯を食べた後、杏奈のスマホに〈Amozon〉を入れた。


「これで杏奈も銃を撃ったり火の鳥を出したりできるはずだ」


「さっそく試していい?」


 俺は「おう」と大鎌を渡した。


「いでよ! 火の鳥!」


 杏奈は壁に向かって鎌を振った。


「キュイイイイイイイイイイ!」


 火の鳥が現れ、壁に激突して消える。


「おおおお! すごい! ファンタジーじゃん!」


「銃もあるよ!」と、梨花がライフルを渡す。


 杏奈は受け取るなりトリガーを引いた。


 ズドドドドドドドッ!


「すっご!」


 杏奈は「面白ッ!」と大興奮で俺を撃っている。


「異世界の武器はお気に召したようだな。なら大鎌は杏奈にあげよう」


「え、いいの!?」


「俺は新しいのが欲しかったからちょうどいい」


「待って待って! 大鎌は私にちょうだい! 私も火の鳥で戦ってみたいもん! 杏奈には銃をあげる!」


「じゃあ私が銃で梨花が鎌ねー!」


 どの武器を誰が使うか決まった。


「とりあえず、走力強化スフィアとノーマルスニーカーを購入しておいてくれ」


「了解!」と、〈Amozon〉で初めての買い物をする杏奈。


 残金が9万ptとなった。

 このポイントを使って新たな武器を買おう。


「セオリー通りにいくなら1枠のFランク武器にOPをつけるところだが……」


「何か引っかかるの?」と梨花。


「Fランクの武器は攻撃力が今ひとつ心許こころもとない気がする」


 敵がEランク以上だと露骨にダメージが軽減される。

 Dランクのミノタウロスキングと戦った時は苦戦をしいられた。

 火の鳥ですら大したダメージになっていなかったくらいだ。


「Dランクの武器を買ってみる?」


「ちょっと足りないんだよな。Dランクの武器は枠なしで10万なんだ。かといって枠ありのEランク武器を買っても、今度はスフィアを買うポイントがない」


「じゃあFランクの枠が2つある武器は? 1つですら強力なOPが2つとか絶対に強いよ!」


 梨花が積極的に提案してくれる。

 しかし……。


「それもポイントが足りないんだ」


「えええ!? Fランクって1枠の武器で1万でしょ? スフィアも1万!」


「ところが枠が2つになると10万になるんだ」


「そんなに跳ね上がるのー!?」


「それだけ枠が増えると強いのだろうな」


 武器の選択肢は3つしかない。

 ・Eランクの枠なし銃火器:5万

 ・Eランクの枠なし他武器:3万

 ・Fランクの1枠武器+OP:計2万

 どれも微妙だ。


「涼真君、このOPはどう?」


 梨花は〈Amozon〉の画面を見せてきた。

 天剣スフィアという商品が映っている。

 読み方は「てんけん」で合っているのだろうか。


========================

【名 前】天剣スフィア

【ランク】F

【対 象】武器

【効 果】対象の上空に剣を召喚して突き刺す

========================


「効果説明を見た感じ単体攻撃っぽいよ! だったら火の鳥や雷霆より威力があるんじゃないかな?」


「たしかに」


 試してみたいOPだ。


「でもFランクだからなぁ」


「それが逆にいいじゃん! 他のOPと比較できるじゃん!」


「そういう風にも考えられるわけか」


「うん!」


 梨花が「どうでしょ!」とプッシュしてくる。


「杏奈はどう思う?」


 二人だけで決めるのもどうかと思い意見を求める。


「任せるー」


 杏奈はインストールしたての〈Amozon〉に夢中だった。

 誕生日プレゼントを貰った子供のように目を輝かせている。

 心ここにあらずだ。


「じゃあ試してみるか!」


 検討の結果、【天剣】を試すことにした。

 今度はどの武器にOPを付けるかだが――。


「大鎌は個人的に失敗だったんだよな。ガンガン振り回せなくてさ」


 ということで軽そうな武器を選ぶ。

 しかし、ここで新たな問題が発生した。


「これだけだと集団戦がきつそうだな」


 できれば範囲攻撃系のオプション武器もほしい。


「私の鎌があるじゃん!」


「殲滅力が物足りないからなぁ」


 ということで――。


「よし、OP付きの武器を二つ買おう! 一つは【天剣】で、もう一つは久しぶりの【雷霆】だ!」


 OP付きFランク武器の二刀流――それが最終的な決定だった。

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