011 梨花のお誘い

「うわぁああああああああああ!」


 梨花の放った銃弾が俺を蜂の巣に――。


「あれ? 痛くない?」


 ――しなかった。


「やっぱり!」


 梨花は満足気な笑みを浮かべている。


『アホみたいに驚いてて草ァ!』

『うわぁああああってw』

『定番ネタだけど何度見ても笑える』


 コメント欄は俺の反応にウケている。


「えっと……どういうことだ?」


 これは梨花とリスナーの両方に対する質問だ。


「実は戦闘中、誤って涼真君を撃ってしまったの。でも無傷だったから、もしかしてこの銃は人間に当てても問題ないのかなと思って!」


『正確には魔物にしか効かないよ。だから人間はおろか建物にもダメージを与えることはない』


 ルーベンスが補足してくれた。


「そういうことだったのか……って、だからといって俺に向かって撃つかよ普通!」


「あはは、ごめんごめん! でも試したかったんだもん! 無事だったから許して!」


 梨花が顔の前で手を合わせて「お願い!」とペコペコ。


『あー! 可愛すぎるぅううううう!』

『かわE!』

『何だって許しちゃうよ梨花たん! ハァハァ』


 たしかに可愛い。

 可愛いは正義なので、俺は「仕方ないなぁ」と許した。


『ちなみにOPも銃弾と同様で魔物にしか通用しないよ』


 とのことなので試してみた。

 ゲートのあるガソスタに【火の鳥】をぶち込む。

 ガソスタは爆発はおろか燃えることすらなかった。


「これなら心置きなく戦えるな」


「ガンガン涼真君を撃てちゃうね!」


「いや撃つなよ?」


「それはどうでしょー?」


「おい」


 梨花が腹を抱えて笑う。

 そんな彼女を眺めながら、俺は異世界の技術に感心した。


 ◇


「ていうかさ! 私たちすごくない? たった二人で数百の魔物を倒しちゃったよ!」


「それってすごいのか?」


「すごいよー! だって普通、相手が数百体ならこっちも数百人で挑むものだもん!」


『梨花ちゃんは大袈裟だなぁ!』

『緑ゴブリンはザコだし何体いようが一人で楽勝っしょ』

『いや、地球は装備が貧弱みたいだから仕方ないんじゃないか』

『あーね』


 ボス戦の後は、自転車で八木沢の町を探索した。

 あちらこちらにいる敵を見つけては漏らさず狩っていく。


 これは戦闘というより作業だった。

 数百体でも余裕だった魔物を5~20体の規模で狩っていくのだから。

 雑談しながらでも余裕で、戦闘中にあくびが出るほどだった。


 当然、そんな状況だとスパチャも降ってこない。

 梨花にメロメロのリスナーがしばしば投げてくれる程度だった。


「ねね、涼真君」


「ん?」


 梨花が自転車を止めた。

 大事な話でもあるのだろうか。

 俺もすぐ隣でストップする。


「そろそろ日が暮れるから戻ったほうがいいんじゃない? 暗くなったら車が走るから危険だよ」


 魔物よりも交通事故を警戒している梨花。


「じゃあこの辺りで解散にするか」


「え? 解散?」


「だって俺は戻る気ないし」


「そうなの!?」


 梨花は目を剥いて驚いた。


「俺の最終目標はブラックドラゴンの討伐だ。奴を倒すまで戻るつもりはない。だから今日は適当な場所で過ごすよ」


 梨花曰くドラゴンは大阪周辺にいる。

 なので俺の目的地も故郷・松崎町ではなく大阪だ。

 ポイントを貯めながらじっくり近づいていく考えである。


「そういうことなら私も一緒に行く!」


 俺は反射的に「危ないからよせ」と言いかけた。

 しかし、言ったところで意味がないと判断。

 開きかけた口をつぐんだ。


「好きにしたらいいさ」


 それが俺の返事だった。

 梨花は嬉しそうな顔で「うん!」と頷く。


「それで涼真君、どこで寝泊まりするの? まさか野宿?」


 俺は「いやいや」と笑った。


「八木沢と言ったらあそこしかないだろー」


 俺は最高の場所に心当たりがあった。


 ◇


 自転車を漕ぐこと約10分――。


「ついたぜ」


 俺たちは目的地に到着した。

 そこは八木沢が誇る五つ星の温泉宿〈月下〉だ。

 広大な敷地面積を誇る四階建ての老舗である。


「おー! ここかー!」


「戦闘の疲れは温泉で癒やさないとな!」


 伊豆半島は日本でも指折りの温泉地だ。

 天下の熱海温泉を筆頭に、土肥とい温泉など様々な温泉がある。


「普段は高くて利用できないが、今なら魔物のおかげで無料だろう」


 開きっぱなしの扉を抜けて中に入る。

 廃墟と化したフロントは、照明が消えていることもあって不気味だ。


「いらっしゃいませー! ご予約はされていますかー?」


 受付カウンターに立って店員のふりをする梨花。

 もちろん俺は無視して上層階に向かう。


「あ、酷! 相手してよー! もう!」


 梨花は慌てて追いかけてきた。


『梨花ちゃんの顔を見せろー!』

『相手しろボケナス!』

『それでも男かお前!』


 コメント欄が愛のある暴言で溢れている。


「ここだな、風呂場は」


 フロアマップを頼りに最上階の大浴場に到着。

 隣接されているスタッフルームに行って脱衣所の照明をつけた。


「温泉、湧いてるかな? かな!?」


 ウキウキした様子の梨花。


「音が聞こえるから湧いているんじゃないか」


 脱衣所の向こう――風呂場からお湯の音が聞こえる。

 確認しようと扉を開けた瞬間、大量の湯気が顔にかかった。


「見ろ! 源泉掛け流しの名湯だ!」


「わあー!」


 魔物の出現前と何ら変わらぬ景色がそこに広がっていた。


「男湯は問題ないし、女湯を確認したら風呂に入るとしよう」


 忘れる前に配信を終了しておく。

 それから脱衣所を出ようとしたのだが――。


「待って、涼真君」


 ――梨花が服の裾を掴んできた。


「どうかしたのか?」


 梨花は顔を真っ赤にして俯いている。


「熱か?」


 彼女の額に触れてみる。

 水をかけたら一瞬で蒸発しそうな熱さだ。


「おいおい、すごく熱いじゃないか。これは急いで――」


「違う! これは発熱症状なんかじゃないから!」


 梨花は顔をブンブン振って否定した。


「顔が熱いのは恥ずかしいからなの!」


「恥ずかしい?」


 コクリと頷く梨花。


「あのね、涼真君……」


 梨花は深呼吸した後、俯いたまま言った。


「涼真君さえ嫌じゃなければだけど、私と一緒に……お風呂に入らない?」


「一緒に? 男湯で混浴しようってことか?」


「う、うん……!」


「ほぉ?」


 余裕ぶった反応を示す俺。

 だが、内心ではこう思っていた。


(なんだってぇええええええええええ!!!!!!!)


 こここここ、混浴!?

 そうなると、当然、当然ながら、互いに服を脱ぐ。

 裸になる。隠しているものをさらけ出す。


 裸を見せ合う……?

 全身これ清楚系の塊みたいな学校一の美少女と……?


(そんなのヤバいってレベルじゃなーーーーーーい!!)


 クールぶっている俺の顔面は、梨花以上に熱くなっていた。

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