007 久しぶりの配信

 一ヶ月に及ぶリハビリ期間を経て、完全に調子を取り戻した。


「さて、魔物の駆除ツアーに出かけるとしよう」


 もはや高校生活など存在しない。

 というか、意識不明の間に高三期間が終了していた。

 今の俺は無職だ。


「まずは徐々に慣らしていかないとな」


 勝手に自宅扱いしている民家で準備を開始。

 数日分の食糧をリュックに詰め、壁に立てかけてあるゴルフクラブを持つ。

 いつ戦闘になってもいいよう先に〈Yotube〉を立ち上げておく。

 半年ぶりの配信だ。


(まずは配信できなかったことを謝り、事情を説明して、最後にブラックドラゴンの討伐が目標であることを言おう)


 脳内でリスナーに向けた言葉を考えながら家を出る。

 その間にも視聴者数がグングン増えていく――はずだった。


「あれ? 全く増えねぇ」


 配信開始から数分。

 やってきた視聴者はただ一人。

 俺に何かと教えてくれたルーベンスだけだ。


「ルーベンス、どうして他の人は来ないんだ?」


 俺はチャリのタイヤに空気を入れながら尋ねた。


『理由はいくつか考えられる』


 ルーベンスが詳しく教えてくれた。

 曰く、配信には初期ブースト期間が存在するようだ。

 初配信から1ヶ月間は露出度が高まって多くの人が寄ってくるという。

 前回の配信が盛況だったのはそのためだ。


 次に、競合する配信者が日に日に増えているということ。

 この半年で新たに数万の配信者が誕生らしい。

 広大な宇宙には、地球と酷似した惑星がそれだけ存在するわけだ。


「要するにボーナスタイムを無駄にした挙げ句、長いこと配信していないから忘れ去られてしまい、果てには競合する配信者の増加によって人気が激減したというわけだな」


『そうだ』


「それは困ったなぁ」


 〈Amozon〉で装備を買うにはポイントが必要だ。

 そのポイントは〈Yotube〉の配信でしか手に入らない。

 故に、俺はどうにかして人気を取り戻す必要があった。


「ルーベンス、どうすればいい?」


『人気を取り戻すには、地道に面白い配信を続けるしかない。そうすれば徐々に視聴者が増えるし、SNSで拡散されると一気に伸びる可能性もある』


 翻訳魔法のおかげで非常に分かりやすい。


「そういうことならぼちぼち頑張るとするか」


 無茶をすれば手っ取り早くウケるだろう。

 しかし、リハビリ明けでそんなことをするつもりはない。

 千里の道も一歩からだ。


「一人で何を話しているのー?」


 出発しようとした時、背後から声を掛けられた。


 梨花だ。

 もう19歳のはずだが、学生服がよく似合っている。

 乗り心地の良さそうなママチャリを押していた。


「前に話していた異世界アプリで配信をしているんだ」


「あー! そういうこと! たしか涼真君の視界がカメラ代わりだっけ?」


 俺が「そうそう」と肯定すると、梨花は正面に移動した。


「やっほー! 見えていますかー? 天宮梨花です!」


 小さな体を弾ませ、笑顔で両手を振る梨花。

 大きな胸がボインボイン揺れている。


『うは! 可愛すぎる!』


 唯一の視聴者・ルーベンスは大興奮。

 よほどテンションが上がったようでスパチャをしてくれた。

 しかも1万pt。結構な額だ。


「涼真君、リスナーの人に私の声って聞こえているの?」


『聞こえる!』


「聞こえるらしいよ」


「じゃあさ、異世界のリスナーさんに質問したいんだけど大丈夫?」


 梨花が近づいてきた。

 吐息がかかるほどの至近距離で俺の顔を覗いている。


『何でも訊いて! 全部答える!』


 ルーベンスは大興奮。


「いいってよ」


 俺は彼の代わりに答えた。


(お?)


 視聴者数が増え始めた。


『可愛すぎぃいいいいいいいい!』

『天使ちゃん発見!』

『この子の名前は? 名前!』


 どうやら梨花に釣られたようだ。

 俺は何も答えないでおいた。


「質問その1! 魔物は夜になったらゲートに戻っていくけど、それはどうしてなんですか!?」


『夜は別の惑星に侵略しているんだよー』

『別の明るい世界に行っている!』

『あいつら複数の惑星を同時に侵略しているの』


 リスナーが口々に答えてくれる。


「別の惑星へ侵略に行っているんだって。明るいところがいいみたいだ」


「なるほど!」


 納得する梨花。

 俺も心の中で「そうだったのかぁ」としみじみ。


「質問その2! 魔物を地球から追い払うにはどうしたらいいのでしょうか!? 倒しても倒してもキリがないんだけど!」


『それでも倒し続けるしかない』


 匿名リスナーが最初に回答した。


『魔物の目的は戦力の立て直しだから、それができない・割に合わないと思ったら消えるんだ』


 ルーベンスが補足する。


「ひたすら倒して地球の人間は厄介だぞって思わせたらいつか去っていくんだって」


「すごい!」


 何に対する「すごい」かは分からないが、梨花は感動していた。


「他にも何か尋ねる?」


「ううん! 今はいい! また気になったら質問させて!」


『いつでも!』

『天使ちゃんの質問なら何でも答えるよ!』

『おっぱい見せてくれー! パンツも見せてくれー!』


 コメント欄の変態どもはウキウキした様子。


「今度は俺から梨花に質問したいんだけどいいか?」


「もちろん!」


「魔物を狩りに行こうと思うんだけどさ、どこか近くでいい場所ある?」


 この辺だと伊豆市や伊東市に魔物が出ることは分かっている。

 それより南――つまり俺が今いる西伊豆町の宇久須うぐすなどは安全だ。


「それなら八木沢やぎさわがいいよ。ゲートがあるから」


 八木沢とは伊豆市にある地名の一つだ。

 ここから自転車で1時間かかるかどうかの距離。

 余裕で行ける。


「サンキュー! つか、八木沢にゲートがあるんだな。田舎なのに」


「田舎だから1個だけしかないよ! 出てくる敵もザコばっかり!」


「今の俺にうってつけだな」


 では八木沢で一暴れさせてもらうとしよう。

 俺はチャリに跨がった。


「待って涼真君、私も一緒に行く!」


「おいおい、危険だぞ」


「分かっているよ! でも行くもん! 今度は私が守ってあげる!」


「今度は?」


「魔物が出た日! 学校で守ってくれたじゃん!」


「あったな、そんなこと」


「だから『今度は』なの!」


「なるほど。ま、俺に拒否権はないようだし勝手にしてくれ」


「うん! 勝手にする! ゴルフクラブを持ってくるから待っててね!」


「それなら俺のをあげるよ」


 俺は持っていたゴルフクラブを渡した。


「え、いいの? 涼真君の武器は?」


「〈Amozon〉で買うよ。梨花のおかげでスパチャが少し入ったからな」


「私のおかげ?」


「可愛いは正義ってことだ」


 現在の所持ポイントは1万8000pt。

 ルーベンス以外にもちらほらスパチャがあった。

 Fランクの武器なら余裕で買える額だ。


「そんなわけで、ポチッとな!」


 俺はずっと気になっていたある武器を購入した。

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