005 高速道路の戦い

 杏奈ファミリーと合流し、車に乗せてもらった。

 チャリは近くのコンビニに放置してある。


「えー! 息子の心配より魔物狩りを優先しちゃったの!?」


「なにせ狂っているからなぁ、ウチの親」


 後部座席で杏奈と話す。

 車は彼女の父親が運転し、母親は助手席に座っている。

 どちらも無言で、分かりやすく聞き耳を立てていた。


「ところでトンファーなんかどうしたの? なんかビリビリしていてカッコイイんだけど!」


「家にあったから持ってきた、武器になるかなって」


 さすがに「異世界アプリで買いました」とは言えない。

 信じてもらえないどころか気持ち悪がられてしまう。


「私も何か武器を持ってくればよかったなー。パパのゴルフクラブとか!」


 杏奈パパが「ははは」と笑う。

 それからルームミラーでチラリと俺を見た。


「城ヶ崎君だっけ? ウチの杏奈を助けてくれた・・・・・・そうだね」


「いえ、助けていませんよ」


「「え?」」


 杏奈の両親が驚く。

 娘を見る父の顔には「話が違うぞ」と書いていた。


「正確には梨花を助けてくれたの。でも、私だってその場にいたんだから! 梨花がやられていたら次は私だったし、それって実質的に私も助けたようなもんでしょ」


 俺は「たしかに」と同意し、彼女の両親も納得する。


「なんにせよ娘を守ってくれて・・・・・・ありがとう、城ヶ崎君」


「いえいえ」


 答えると、俺は杏奈に尋ねた。


「そういや天宮梨花はどうしたの? 無事なのか?」


「うん! 梨花も親と合流できたよ。一緒に帰ったから間違いない!」


「ならよかった」


 窓の外を見る。

 今はまだ見慣れた景色が広がっていた。

 もうじき高速道路に入る。


「この辺の人はみんな名古屋に避難するのかなぁ」


 他にもたくさんの車が走っている。

 揃いも揃って西側に行こうとしていた。


「とりあえず東京から離れようとしているみたい」


 独り言のつもりだったが杏奈が答えてくれた。


「東京は人口密度の高さも相まって被害が甚大らしいもんな」


 俺たちを乗せた車が高速道路に進入した。

 滑稽なことに、こんな時でも料金所が機能している。

 ETCレーンを通れない車が列を成していた。


「この様子だと高速に入ったあとも渋滞に苦しみそうだなぁ」


「やだねー」


 ETCレーンを通過する。

 外の景色が代わり映えしなくなったので、俺は目を瞑った。


「涼真ってさー、好きな女子とかいる?」


 寝ようとする俺に話しかけてくる杏奈。

 彼女のパパが運転する車に乗っている以上、文句を言うことはできない。


「いやぁ、特に」


 目を瞑ったまま短く答える。

 話しかけてくるなオーラを全開にしながら。

 それでも杏奈は気にせず会話を続けた。


「えー。梨花はどう? 学校一の美少女だよ。とびきり可愛い!」


「たしかに可愛いけど、可愛さなら杏奈も負けていないと思うよ」


 本音だが、今回はリップサービスとして発言した。

 薄らと目を開けてルームミラーで杏奈ファミリーを観察する。

 両親は満足気にニヤけていて、杏奈は顔を赤くしていた。


「なっ……! ちょお! 親の前で馬鹿なこと言わないでくれる?」


 何も答えず眠りに入る。

 これで大人しく眠らせてくれるだろう。

 そう思った矢先のことだった。


「「「キャアアアアアア!」」」


「「「魔物だああああああああ!」」」


 外から悲鳴が聞こえた。


「うお!」


 いきなり車が止まった。

 顔面が助手席の顔面に刺さりかける。

 何事だと目を開けて驚いた。


「これは……」


 外には見知らぬ魔物がうじゃうじゃいた。

 体長2メートルほどのトカゲ人間――リザードマンだ。

 高速道路を支える柱をよじ登ってきていた。

 カサカサとゴキブリみたいな奴等だ。


 さらに、空には別の魔物がいた。

 顔は人間の女みたいだが、両手が翼で、鳥の脚部をしている。

 ハーピーだ。


「キィイイイイイイイ!」


 ハーピーの集団が甲高い声で鳴く。

 黒板を爪で引っ掻いたような音で体が強張る。

 そうして動きを鈍らせた人間にリザードマンが襲いかかった。

 何もない空間から召喚した槍を振り回している。


(明らかにゴブリンとレッドモーのコンビより強いな)


 数も多いし危険だ。


「我々も逃げよう!」


「行くわよ杏奈!」


「うん! 涼真も早く!」


「おう」


 俺たちは車から降りた。

 杏奈ファミリーが高速道路の出入口まで駆け足で戻ろうとする。

 一方、俺はトンファーを持って敵に近づいた。


「涼真! 何しているの!?」


「俺はコイツらを駆逐する」


「何言ってるのあんた!?」


「このトンファーなら勝てるはずだ」


 俺は何もない空間に向けて「せい!」と武器を振るった。


 ゴゴゴォ!


 落雷が付近の敵を襲う。

 攻撃を受けた魔物は即死だった。


「えええ!? なに今の!?」


 立ち止まる杏奈ファミリー。

 周囲の人々も驚いて振り返っていた。


「思ったより範囲が狭いな」


 俺は冷静に【雷霆】の射程を分析。

 効果範囲は半径5メートルほどしかなかった。

 故にそれ以上離れている敵は落雷を免れている。


「だが問題ねぇ。飛行タイプの敵にも効くと分かったんだ。作戦続行!」


 敵に突っ込んでトンファーを振るう。


「グェー」


「キェー」


 リザードマンとハーピーの数が急激に減っていく。


「おい、あいつすごいぞ!」


「彼がトンファーを振るうと魔物に雷が落ちているぞ!」


「雷を操っているだとォ!?」


 形勢が逆転したことで場が盛り上がる。

 杏奈も「すごいすごい」と声を弾ませていた。


(こんなことなら配信しておけばよかったな)


 皆の歓声を聞けばリスナーも喜ぶだろう。

 そうすれば幾ばくかのスパチャが期待できたはずだ。

 配信をしないで行う魔物狩りは只のタダ働きである。


「これでラスト!」


 敵に向かって突っ込み、適当な車を踏み台にして跳躍。

 空中で派手にトンファーを振り回して【雷霆】を発動。

 残っていた10体ほどの魔物を一網打尽にした。


「戦闘終了!」


「「「すげぇええええええええええ!」」」


 場が拍手喝采で満たされた。

 割れんばかりの歓声が俺に浴びせられる。


「さぁ移動再開だ! みんな、車に戻って高速を走ろう!」


 今のままだと前の車が邪魔で移動できない。

 かといって、後ろも詰まっているので一般道に下りるのも不可能だ。

 だから車を動かしてもらう必要があった。


「ああ、そうだな!」


「車に戻れー!」


「魔物は雷使いの男の子が倒してくれたぞ!」


「もう安全だ!」


 移動が再開されようとする。

 しかし、その時――。


「グォオオオオオオオオオオオオ!」


 そうはさせぬとばかりに新手が現れた。

 運動場でも世話になったブラックドラゴンだ。


「ひぃいいいいいいいいいいいい」


「あんなの無理だぁああああああああ」


 他のザコとはオーラが違う。

 一瞬で皆は絶望に染まり、走って逃げ出した。


「涼真!」


 杏奈が俺の名を叫ぶ。

 彼女の両親は杏奈を引っ張ってその場から離れようと必死だ。


「逃げていろ杏奈! コイツは俺が仕留める!」


 ブラックドラゴンは低位の武器を無効化する。

 故にトンファー自体は通用しない。


 だが、オプションの【雷霆】は別の話だ。

 こっちはもしかしたら通用する可能性があった。


 死ぬかもしれないが、それは逃げた場合も同じこと。

 いや、むしろ逃げたほうが危険だろう。

 学校の時と違って逃げ道がないし、チャリもない。


「俺が戦っている内に逃げろ杏奈!」


「城ヶ崎君の言うとおりだ! 行くぞ杏奈!」


 杏奈パパが強い口調で言う。

 しかし、杏奈は首を横に振った。


「いや! そんなの嫌だよ!」


 馬鹿を言うな、と言いたかった。

 だが、それを言うだけの余裕すらない。


「グォオオオオオオオオオ!」


 ブラックドラゴンが攻撃態勢に入ったのだ。


「一か八かだ!」


 俺は距離を詰めてトンファーを振るった。


 ゴゴゴォ!


 落雷がドラゴンを襲う。


「グォォ……!」


 ブラックドラゴンは雷に打たれて攻撃を中断した。

 漆黒の体躯から黒煙が上がっている。


「お? ダメージがあるっぽいな!」


 そうと決まれば攻撃あるのみだ。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 俺はトンファーのシャドーボクシングを繰り出す。

 左右の手を振りまくり、落雷を連発させる。


「グォ! グォ! グォオオオオオ!」


 拳を振るうたびに雷が落ち、ブラックドラゴンに命中する。

 しかし――。


「グォォオ……!」


 ブラックドラゴンは怯むだけで死ななかった。


「本当にダメージがあるのか……?」


 不安になってくる。

 だが、他にできることはない。


「いっけぇえええええ! 雷霆ィイイイイイイイ!」


 全力の右ストレートを繰り出そうとする。

 ――が、腕を振るっている途中に体が浮いた。


「へ?」


 驚いた頃には激突していた。

 背中から。高速道路の硬い壁に。


「グハッ!」


 逆流してきた胃液を吐き出す。

 大量の血液が混じって真っ赤に染まっていた。


「涼真!」


「「城ヶ崎君!」」


「何が起きたんだ……」


 激痛にさいなまれながらドラゴンを見る。

 両翼の先端がこちらに向いていた。

 どうやら翼による風圧で俺を飛ばしたようだ。


「グォオオオオオオオオオオ!」


 ドラゴンが突っ込んでくる。

 そして、恐ろしく長い尻尾を俺の体に打ち付けた。


「ガッ――……」


 一瞬で意識が飛んだ。

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