SS2「お姫様の病気」

 マリアたちは冒険者ギルドに寄ったとき、緊急クエストを受注した。

 中級冒険者以上の者全員が対象だという。


「あの、レッドキャッツは上級冒険者なので、42階、魔の森でイエローフラワーを探してほしいのです」

「というと、誰かホワイト病に?」

「はい、実はリリー姫が」

「リリー姫様がか、お可哀想に」


 先月お会いした時には元気そうに猫や犬を抱っこしてみんなに笑顔を振りまいていた。

 日頃の冒険で疲れた体には身にしみるような、可愛らしさだった。


 それがホワイト病か。

 たしか、稀に起きる病気で、一週間以内に対処しないと、非常にマズいと聞いたことがある。

 血の気が引き、顔が真っ白になるのでこのような名称になったそうだ。


「万が一の場合には?」

「その、命に関わるそうです」

「やはりか」


 イエローフラワーは35階「陽気な森」と42階「魔の森」に発生する。

 非常に目立つ黄色い花だが、珍しくなかなかお目にかかれない。

 私も見たことがあるのは2回だけだった。


 中級冒険者が35階を探し、私たち上級冒険者が42階なのだろう。

 エレベーターは30階までなので、そこからは徒歩移動だ。


 魔法使いエナルと猫耳族のポーター兼弓使いサーナを連れて、エレベーターを降りていく。


 今回も泊りがけになるだろう。

 毎日往復するよりも、一日でも早くイエローフラワーをリリー姫のもとに届けなくては。


『マリア、冒険は楽しいですか?』

『もちろんです、姫様』

『アリスお姉様は、リリーにはまだ早いって』

『そうですね。万が一がありますから、もっと鍛錬をしたほうがよろしいかと』

『そうですね、私、頑張りますね』


 前向きな姫様を思い出す。

 私たちとも懇意にしてくれて、いつでもどこでも笑顔を絶やさない。

 リリー姫様にも辛いことだってあるだろうに、自分が「マスコット」であることを自覚していらっしゃる。

 リリー姫様は聡明なのだろう。姉のアリス姫様は文武両道という感じではあるものの、ココだけの話少しだけ「脳筋」の気がある。

 リリー姫様は大変優しくて、慈悲深いというか、いいお母さんになりそうな子なのだった。

 一生懸命に魔法の鍛錬をしていると聞いていた。

 それがホワイト病とは。


「なんとしても、リリー姫様をお救いしなければ」

「はい、なんとかしましょうね」

「頑張って探すにゃん。イエローフラワーはいい匂いがするにゃ」

「匂いがわかるのか?」

「はいにゃ」


 それは頼もしい。さすが猫獣人。犬ほどではないらしいが、鼻がいい。

 ヒューマンはバランスよく強いとされるが、こういう時は獣人種のほうが有利だった。


 42階への階段を降りる。

 階段の周りは比較的モンスターが出にくく、半分はセーフティーエリアとなっているので、よくここでキャンプをすることが多い。

 そこにはすでにカブルたちのブラックヘッズがテントを張ってベースキャンプを準備していた。


「よう、遅かったな」

「まあな、ちょっとギルドに寄ったタイミングが遅かったから」

「そうかそうか。リリー姫とは仲がいいんだろう?」

「ああ、今回の任務が終わったら会いに行くよ」

「そうしてやってくれ。姫は寂しがり屋だからな」

「そうだな」


 ブラックヘッズは黒髪のカブル、白髪のアラン、犬獣人のドットだ。

 共同戦線というか、魔の森は広い。

 みんなでパーティー毎に分かれて手分けをして探すことになる。


「肉、くってけ、肉」

「ああ、ありがとう、カブル」

「いいって、いいって」

「ありがとにゃあ」


 サーナがさっそく焼きたてのお肉に食らいつく。

 それを見てエルナが笑っていた。

 私とエルナもお肉をいただく。


 塩と胡椒のシンプルな味だけども、肉汁が溢れて旨味がすごい。

 これは31階の草原エリアにいるブルーバッファローだろう。


「美味しいな、おい。ブルーバッファローだろ」

「ああ、一頭でもかなりの肉になるからな」

「でも倒すのが大変じゃないか?」

「まあな、大剣振り回したよ」

「あはは」


 カブルならやりそうだ。

 なんだかその光景が目の前に再現できそうだ。

 まったく、よくあの剣を振りまわして、戦えるものだ。

 私はショートソードだからな。

 立ち回りかたなど、全然違うらしい。


 私だったらあんな剣を振ったら体ごと振り回されてしまう。


「それじゃあ出発」

「よし、みんな、いくぞ」

「「「「おおおおお」」」」


 姫様のためだ。士気は高い。


 魔の森の中へと順番に入っていく。

 ブラックヘッズは右側。

 私たちは左側だ。

 他のチームも奥の方、手前の方などばらばらに行動する。

 広範囲をみんなで探すためだ。


 森は薄暗くて、青いというか薄紫色をしており、非常にホラーチックに見える。

 なんだか得体のしれないものが出てきそうだ。

 しかしこの森のモンスターたちは獣系が多く、ゴーストなどは出現しない。


「ウルフだ、そっちいったぞ、エナル」

「はい、仕留めます。アイス・ニードル」


 氷のドリルがウルフを貫通した。

 さすがエナル。青髪の魔女といわれるだけはある。


「よし、さんきゅ」

「これくらい、大丈夫ですよ」


 エナルくらいの実力であれば、平気なのだろう。

 私も大丈夫ではあるが、敵はかなり大きい。

 ちなみにブルーバッファローと違ってこの森のウルフは筋張っていて不味い。

 だからあまり食べる人はいない。

 もちろん持って帰って売れば、売れないことはないが。


「ぜんぜんないです」

「こっちもない」


 それから二日。探しに探したものの、見つからなかった。

 カブルたちもだんだん表情が険しくなってきた。

 余裕がないのは戦闘時も鈍くなり、あまりよろしくない。


「まだ五日ほどあります、大丈夫。どこかには生えているはずです」


 エナルがみんなを諭す。

 それにみんな、うんうんと同意した。

 それくらいの意気込みでないとやっていられない。


 翌日の夕方。


「今日も見つかりませんかね」

「にゃにゃ! なんか匂いがするにゃ。甘い花の匂い」

「でかした。サーナ」

「にゃはは、こっち、こっちにゃ」


 サーナに導かれて私たちは小さな空間へと出た。

 そこだけ木が生えておらず、森の天井の穴から光が差していた。


「これです、これ」

「黄色い花ですね」


 それはラッパスイセンのような黄色い花だった。

 非常に目立つ。

 こんなに目立つのに今まで見つからないとは。


「えっと?」

「おしべと花粉、ですね」

「そうにゃ」


 みんなで花のおしべと花粉のみを採取して集める。

 これが特効薬なのだ。


 連絡手段がないので、私たちはベースキャンプに戻った。


「レッドヘッズのお姉さんたちにゃ」


 お留守番としてついてきているポーターズの子供たちが出迎えてくれる。


「見つかったにゃ?」

「そうだよ、見つかったの」

「やったにゃああ」

「わあああいいい」

「うにゃあああ」


 階段下のベースキャンプはお祭り騒ぎとなった。

 私たちはポーターズに伝言を残して、先に戻る。

 ホワイト病の症状は日々進行する。

 一日でも一時間でも早い方がいい。


 階層を登っていく。そして30階。

 エレベーターに乗り込み、地上へと向かった。


 冒険者ギルドへは後だ。

 まっすぐ王宮へ向かう。

 すでに専属の薬師が待機していて、イエローフラワーを持ち帰るのを待っているのだ。


「リリー姫様のイエローフラワーです」

「どうぞお通りください、マリアさん」

「ありがとう」


 王宮の人はみんな道を譲ってくれた。

 王宮の中、内宮まで侵入して、持ってきたイエローフラワーを薬師に渡す。


「確かにイエローフラワーの花粉とおしべです」

「でしょ」

「ありがとうございます」


 深く薬師たちやメイドが頭を下げる。


「そんなこといいから、はやく」

「はいっ」


 ぱっと顔を上げて、調薬場所へ向かっていった。

 それから一時間ほど。


「マリア!」


 笑顔のリリー姫様だ。

 さっきまでベッドで苦しんでいたと聞いた。

 それが私に笑いかけてくれている。


「リリー姫様、もう大丈夫なのですか?」

「はい。あなたたちのおかげです。ほら」


 くるっと一回転して見せる。

 スカートがふわっと舞い上がった。

 普段ならはしたないと言われるようなことだが、みんな目に涙を浮かべて、それをよろこんだ。


「マリア、本当にありがとう。この恩には何か報いなくてはいけませんね」

「そんな。私たちは当然のことをしただけです」

「でも、何か欲しいものはない?」

「ありますよ」

「なんでしょうか?」

「リリー姫様の笑顔です。その笑顔が私は欲しいです」

「そんなこと、ほら、私は今日も笑っています」

「ありがとうございます」

「こんなことでいいなら、いつでもいらしてください」


 姫様の笑顔は代えがたい魅力がある。

 こうして笑顔を取り戻した今、その価値がいっそう引き立つように見えた。


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