第4話「君のために工場を」

 豪華絢爛な大広間。高い天井から吊り下がった煌びやかなシャンデリア。

 王都の近郊に構えるトリセンド家の本宅は、一応貴族であるはずの私も圧倒されるほどの大豪邸だった。


「おかえりなさいませ、若様」


 出迎えてくれたのは、綺麗なメイドさんとかっこいい執事さん。一糸乱れぬ動きで、丁寧な礼を見せてくれた。カブさんが車を動かし、トランクを忘れた私はあっと声を上げる。


「荷物は部屋に持っていく。とりあえず、軽く家を案内しよう」


 ヴィクターは荷物や上着を側仕えに渡し、身軽な格好になって邸宅の奥へと歩き出した。


「リファもついてきて。君にも全体を覚えてもらった方がいいだろう」

「ありがとうございます」

「うわぁ、リファもいたの!?」


 背後を振り返ると、私の世話をしてくれていたリファが平然とした顔で立っていた。私の荷物を運ぶため、後ろに何台か別の車がついてきていたのは知っていたけれど、彼女まで乗っていたとは。

 幼馴染でもあるメイドのリファは、心底呆れ果てたような顔で私を見てくる。


「お嬢様お一人では苦労も多いだろうと、ヴィクター様が取り計らって下さったのです。今後もお嬢様の身の回りの世話は私がいたしますと、何度かお伝えしましたが」

「あ、あはは……」


 そんなこと、ヴィクターとの結婚話を理解するのに必至でまったく覚えていない。リファもそんな私をよく知っているからか、仕方なさそうに肩をすくめた。

 ともあれ、実際にリファがついてきてくれるのは嬉しい。全く知り合いのいない家というのは、なかなか落ち着かないものだ。彼女はとても頼りになるし、もはや実の姉よりも姉のように思っているくらい。


「さあ、こっちだよ」

「あ、今行きます!」

「お嬢様、走らないでください」

「うぐぅ」


 ……たまに口うるさいのはご愛嬌といったところだろうか。


 トリセンド家の邸宅は、外から見た以上に中も豪華だった。どの部屋も大きく広々としていて、至る所に高級そうな調度品が飾られている。そんじょそこらの貴族など、エントランスに通されただけで尻尾を巻いて逃げ帰ってしまいそうだ。


「トリセンド家は、貴族では……」

「ぜんぜん。ただの成金さ」


 何万冊という本がずらりと並ぶ書斎に唖然としていると、ヴィクターは少し自嘲気味に言う。

 きっと、彼自身が物心ついた頃から幾度となく言われてきたことなのだろう。蒸気機関で成功したトリセンド家はもともと平民の家系だ。ヴィクターの祖父が辣腕を発揮して事業を成功させ、これほどの豪邸を建てるに至った。

 そんな経緯が経緯だけに、特に貴族からはやっかみをうけることもあるのだろう。コルトファルト家との縁談は、それへの対抗の意味もあるはずだ。


「こちらのお部屋も空室ですか?」


 リファが覗いたのは、三つほどの部屋が連なる立派な私室だ。家具も揃っているけれど、私物らしいものはなく、生活感が見られない。トリセンド家の使用人が完璧に片付けている、というわけでもない。単純に部屋の主が長らく不在なのだろう。

 この屋敷はあまりにも大きすぎるせいか、無数に部屋があるのに空室が目立つ。使用人もかなりの数を雇っているはずだが、その気配は希薄だ。


「うちの家族はみんな方々に出ていてね。滅多に帰ってこない。爺さんはもう隠居して大陸の国々を巡っているし、父さんは商談のためあちこち飛び回ってるんだ。そんなわけで、あんまり賑やかな家ではないよ」

「そうだったんですか……」


 トリセンド家、TSF社ともなれば家族であっても休む暇はない。彼は一人息子だという話だし、この広い家を持て余しているという。


「だから、自由に使ってくれて構わないよ。なんなら、いくつか爆発させても」

「そ、そんなことはしませんよ!」


 たしかに蒸気機関は扱いを間違えれば爆発もするだろうけど、そもそもこんなお屋敷で機械いじりなどできるはずもない。

 ヴィクターは楽しげに笑って、最後に屋敷の外へと案内してくれた。


「敷地内には、いくつか工場があるんだ。新しい機械の実験開発をするような、機密性の高い作業の拠点だね」


 広大な敷地の一角に、物々しい灰色の工場が並んでいる。突き出した背の高い煙突からもくもくと白煙や黒煙を吐き出し、蒸気機関の動く音も響かせている。トリセンド家がわざわざ敷地内に擁するということは、それだけ重要な工場ということだ。


「そのうちの一つを君に任せる」

「ほ、本当に私に工場を」


 車の中で話していたことが、冗談ではないことを改めて知る。

 ヴィクターが指さしたのは大きな工場の間に隠れるようにして佇む、小さな建物だった。周囲のものよりも少し古くて、造りも簡素な印象を受ける。思ったよりも小さな、工房というのが似合いそうなところで、少し安心した。


「あそこ、爺さんが初めて蒸気機関を作った工場なんだ。あそこを君に預ける」

「ええええええっ!?」


 流石に重要度が高すぎる。数年後には王国から何かしらの指定を受けて保護されそうな場所じゃないの!


「む、無理ですぅ」

「はっはっは。ちょっとした冗談だよ」


 怯えて震える私を見て、ヴィクターは笑う。本当によく笑う青年だ。

 しかし冗談でよかった。本当にあんなところを任せられたら、心労で倒れてしまうだろう。


「君のための工場はちゃんと新造するよ。欲しい設備があったら言ってくれ」

「ぴぇっ」


 告げられた真実はあまりにも大き過ぎて、私は思わず潰れたカエルのような声を出してふらつく。ヴィクターは驚いた様子だったけれど、リファがすかさず抱き支えてくれて、転倒は免れた。


「申し訳ありません、旦那様。お嬢様は令嬢のわりにザコいところがありまして」


 ザコいってなんだ、ザコいって。一応あなた、私のメイドでしょう。

 そんな言葉で言い返す余裕は、私にはなかった。

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