9.邪教



【語り部】


「いや、もう……才能の差は分かっていたけどさ。びっくりだよ」

「えへへ。頑張りました」

「うん、いい子いい子」


 リオールはナイアの頭を撫でる。まだ情緒は子供で、褒められることを素直に喜んでいた。

 彼女はあれからも師の元に通いつめ、ついには上級風魔法を会得した。

 魔法は上級が一番上。つまり風魔法に関してはもう学ぶことがなくなった。

 もっとも『極めた』という意味ではない。同じ魔法でも習熟すれば精度や威力が上がる。その辺りは才能ではなくどれだけ時間を費やしたかによるだろう。魔法であれ何であれ、結局は研鑽が物を言うのだ。

 ただ、雷光のリオールのもとで風魔法を高めた。

 それはつまり上位属性、雷霆魔法の基礎を修めたということだ。

 師匠の過保護さも相まって、ナイアは恐ろしいほどの速度で初級雷霆魔法を使えるようになってしまった。


「さて、俺に教えられるのはここまでだな。あとは、自分で研鑽を積むか、別属性を他の魔法使いに学ぶかだ」

「……もう、ここに来ちゃダメ、ですか?」

「んなわけあるか。修行でも遊びにでも、いつでもおいで」


 最後まで甘いリオールの言葉に安堵の笑みを漏らす。

 一番の成長は上級魔法より、こういう情緒が育まれたことかもしれない。


「“聖女ユノから中級治癒魔法を”、“治癒魔法のレベルを上げましょう”。……どうだい、ナイア」

「やる。治癒を学べば、ボクを助けてくれる人を助けられるかもしれないから」


 攻撃魔法にひと段落を付けたナイアは、治癒魔法にも意欲を示している。

 今度は指示というより自分の意思だった。

 ナイアは黒猫を連れて龍神教会へ向かう。それなりに参拝客はいるようだ。


「おお、ナイアさん。本日はどうしました?」

「聖女ユノさんに、お願いがあってきました」

「そうですか。では声をかけてきましょう」

「ありがとうございます、パスター司祭」


 司祭は相変わらずナイアを歓迎してくれる。

 ほどなくして聖女ユノがやってきた。


「あら、ナイアさん。こんにちは」


 ふわりとした綺麗な笑顔だった。

 どうやら参拝客の中には、彼女目当ての男も多いらしく視線が集まっている。おっと、魅力Lvの高まったナイアもちらちらとみられているようだ。


「ユノさん。ボクに、治癒の手ほどきをしてもらえないでしょうか」

「……それは、どうして?」


 その質問に対し、ナイアは先程と同じように「自分を助けてくれる人を助けたい」と返した。

 どうやらその答えは聖女にとって満足のいくものだったらしい。


「貴女は、私利私欲のために力を求める方ではないようです。ええ、構いませんよ」


 聖女ユノは治癒魔法を教えると約束してくれた。


「ただ、そちらに時間を使う分、少し私の手伝いもしていただけると嬉しいです」

「手伝い、ですか?」

「芋の皮むきとか、お掃除とか」

「分かりました」


 幸い料理に関しては事前に習得している。

 修道女の仕事をある程度肩代わりすることで、治癒魔法の訓練時間を捻出してくれるようだ。

 こうしてナイアはしばらくの間、教会に通うこととなった。



 ◆

 


 修行ばかりはしていられない。

 今のメインは予知の打破。そのためにリッカの信頼を得ることも必要だろう。


「じゃあよろしくねナイアちゃん」

「はい、リッカさん。こちらこそ」


 女の子二人だと華やかだ。

 ナイアは学問所まで迎えに来て、いっしょにリッカの家に行くというテイで護衛をしている。

 リッカの家は、父親が営む服飾工房。彼女の部屋に向かう前に少し覗いたが、数人の職人が忙しそうに働いていた。

 その中で一人、細く神経質そうな職人がこちらに気付いたのかじっと視線を送っていた。


「あの人? シトーさんって言って、うちでも古株の職人さんだよ」


 リッカは何でもないように語っているし、ナイアもあまり気にしていない。

 けれどオウマには、あの男の視線があまりよろしくないように感じられた。


「一応、注意しておいた方がいいよ」

「分かった」


 耳元でにゃふにゃふ警告すると、ナイアは小声で了承を示した。

 ひとまずこの話は終わり。案内されたリッカの自室は、お世辞にもキレイとは言い難かった。

 布の断片がいくつも落ちているし、壁中にデザイン画が張られている。彼女の努力の証と言えばそうかもしれない。


「色んな絵があります……」

「あはは、私が描いた服のデザイン。結構いい感じだと思うんだけど」


 ナイアにはよく理解できず、曖昧に小首を傾げた。

 しかしリッカは気にせず本題に入る。服飾店ルッカトミのコンペに出す服の制作だ。


「さあ! じゃあナイアちゃん、お願いできるかな?」

「はい。ボクは何をすればいいですか?」

「まずはね、ポーズをとって!」

「……ん?」

 

 どういうこと? と視線で聞き返すと、リッカが説明してくれる。


「あのね、今回の服は十代前半の女の子に似合う、がテーマなの。だからナイアちゃんの可愛いポーズをいっぱい見て、ナイアちゃんにぴったりな服のイメージを固めて、デザイン画を起こす。実際に服をつくるのはその後!」

「え、えぇ……」


 想像していなかった展開にナイアは戸惑っている。

 けれど一度受けたからには、どうにか果たそうとおずおずとポーズをとる。


「こ、こうですか?」

「おお、初々しい! いいよいいよ、かわいい! ちょうだい、ナイアちゃんをもっとちょうだい!」

「ええ、と。こんな、感じ、ですか?」

「うんうん! あどけない少女のぎこちない笑み、すごくいい!」


 なんかテンションが大変なことになっている。

 ……が、この一連の流れに意外な効果があった。

 ポーズをとる度にいちいちリッカが褒めるものだから、ナイアは自分の振る舞いが相手にどう受け取られるかを少しずつ理解しているようだった。


「もうちょっと前かがみになるとセクシーだよ! 青い果実が魅了するぅ!」


 余計なことは言わないでほしいけど。

 まあともかく、色々なナイアを見たことでリッカは満足したようだ。


「ふぅ、よかった……」

「あ、あの。これで」

「うん、イメージは固まった! これでナイアちゃんの魅力を最大限に引き出すデザインができるよ!」


 恥ずかしいポーズを決め続けた甲斐はあったらしい。

 手応えがあったらしくリッカはデザイン画にとりかかる。ただ一日で完成とまではいかず、暗くなる前に解散ということになった。


「今日はありがとうね、ナイアちゃん! すぐにデザイン画をあげて、縫製にはいるから!」

「は、はい」


 妙に元気なリッカと、疲れが見えるナイア。

 魔法の訓練でもこんなに疲れたところは見せない。せくしーポーズに精神をごっそり持っていかれたのだ。

 じゃあね! と大きく手を振るリッカに見送られ、その場を後にする。


「モデルって大変だね……」


 ナイアはよく分からない感想を零していた。



 ◆



 そこから教会と学問所、リッカの家とジターブの店に通う毎日だ。

 修道女のお手伝いとして家事をすることになったのでミランダに改めて料理を習う。

 ああ、予言をリッカに伝えるのは止めておいた。今回に関しては失敗=リッカの死亡。もしも下手な真似をして予知とは違う状況になったら逆に困りそうだ。


「ミランダさんの野菜スープ、マスターしてみせます」

「あれ、単なるごった煮なんだけどねぇ」


 以前感動した料理を覚えようと頑張っている様子。

 また、お菓子作りにも磨きをかけたいとのこと。その理由はオウマの「“笑顔と手作りお菓子をふりまいて、学問所の門弟の心を鷲掴み”にしようじゃないか」という指示にある。

 さすがに“童貞”という言葉は使えなかった。どうやらリオールの甘さがオウマにもうつったらしい。

 ナイアは自宅で焼き菓子をつくる。経験を積んだ分スムーズになった。

 焼き上がった菓子を冷まし、キレイにラッピングしていく。


「これは師匠の分。こっちはオウマの分。ミランダさん一家の分。ユノさんの分に、後は学問所に持っていく分」


 ……お菓子の順番で、現在の好感度が分かってしまう。

 リオールの次、という事実にオウマは地味にダメージを受けた。

 ともかくナイアは焼き菓子と笑顔を振りまく。師匠たるリオールがもう完全に術中にはまっており「ナイアの作る菓子は大好物だから!」とかなんとか語っていた。

 ミランダやラーレには普段お世話になっているお礼、聖女ユノには治癒魔法を教えてもらっているから。

 もちろん学問所にも持っていく。

 最初に渡したのはリッカだ。


「リッカさん、これどうぞ。ボクが焼いたお菓子です」

「え、いいの?」

「はい。毎日頑張っていて、疲れてると思いますから」

「わあ、ありがとナイアちゃん!」


 なんだかんだちょっとずつ仲良くはなっているようだ。

 リッカはもらった焼き菓子をラーレに見せつける。


「へへん、いいでしょ? 羨ましい?」

「別に。俺は家でもらってるし」


 マウントをとるつもりが逆にとりかえされた。

 ラーレは既に店の方で渡されているし、そもそも味見係みたいなことをしているのだ。

 ただ、やっぱり他の男の子にナイアの手作り菓子が渡るのは引っかかるらしい。


「クラインくんもどうぞ」

「え、ぼ、僕もいいのぉ?」

「はい。料理修業をしているクライン君の意見も聞きたいです」

「そ、そっか。それなら遠慮なく」


 ラーレがクラインをじっと見ている。

 頑張れ男の子、というやつだ。




 こうしてしばらくの間は穏やかな毎日が続いた。

デザインを決めるのに没頭しているので、リッカの家に呼ばれることも少ない。

 そのため送り迎えをした後は教会で鍛錬をすることが増えた。


「驚きました。まさか、ここまでスジがイイとは」


 そうすれば自然、習得率があがる。

 修道女の家事を手伝いつつ聖女ユノの指導を受けたナイアは、既に中級治癒魔法まで習得していた。


「ユノさんの、おかげです」

「いえ、私は何も。間違いなくナイアさんの才能です」

「……ボクの師匠は、才能で偉ぶるより頑張るいい子の方が凄いって言っていました」

「ふふ。そうですね。ナイアさんの才能と、頑張りの結果です」


 満足そうに頷くナイアはやけに子供っぽく見えた。

 ともかく治癒のレベルがあがった。これで周囲の人が魔物に襲われても重篤な事態に陥ることは減っただろう。

 残った時間でナイアは聖女ユノと雑談を交わす。

 すると穏やかな教会内に大きな声が響いた。


「まったく、管理機構は何を考えている! 邪教徒の奴らを見逃すなんざ!」

「まあまあゲルガさん、落ち着いて」

「パスターさんも、一度あいつらに説教の一つでもしてくれねえか!」

「なかなか、そういうわけにも」


 ゲルガと呼ばれた筋肉質な髭面の男は、パスター司祭と話しながらひどく憤慨している様子だった。

 二人のやりとりを遠巻きに見ていたナイアは、聖女に「邪教徒って、なんですか?」と問うた。


「ここで言うじ邪教徒は迷宮信仰の持ち主ですね。この都市の経済は迷宮に支えられています。なので迷宮そのものに感謝し敬い崇めるべきだ、という考え方です。ただ、迷宮に<滅びを告げる者>という悪魔が管理していました。つまり本質的に悪魔信仰なので、邪教という扱いをされています」


 人間はいろいろと面倒だな。オウマはにゃふりとあくびをしながらそんなことを考えた。


《追加情報》

・ポーズを決めるのに慣れたことで、魅力がレベルアップしました。

・上級風魔法、初級雷霆魔法、中級治癒魔法を会得しました。

 しばらく魔法の訓練は必要なさそうです

・迷宮信仰者が何か問題を起こしたようです



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