5.第一の予知


【語り部】


「どらごんの巣、が二人。教会が一人に、ガーバンの飯屋が一人」


 意見が割れたため、オウマは数の多い酒場に行こうとナイアを誘う。

 もちろん酒は飲まないように、と釘を刺しておく。


 夜。

 酒場・どらごんの巣。

 黒髪の男性マスターが切り盛りする小さな店で、酒場とは言うが実際はカウンターバーに近い。

 騒ぐ荒くれ者よりも落ち着いて飲む客が多く、薄暗い店内はグラスの中で溶けた氷の音が響くほど静かだ。

 

「おや。君のような可愛らしいお嬢さんが来る場所ではないよ」


 マスターは店に入ったナイアをちらりと横目でみて、怒るでもなく穏やかにそう言った。


「ボクは……」

「自己紹介はけっこう。こういう場所ではね、名前は名乗るべきじゃない。私はマスター、君はお嬢さん。それで十分だろう?」


 すっ、と冷やしたミルクが出される。

 

「それを飲んだら帰るといい」


 あまり歓迎はされていないようだ。

 しかしナイアは怯えず、平然とカウンター席に座る。


「オウ……噂で、聞きました。マスターは、色々なことを教えてくれると」

「ああ、そういう話か。いったい、どこで漏れたのか」


 遠いどこかの言葉なんてマスターは理解しないだろう。

 だから「知り合いに聞いた」で通す。諦めたのか黒髪の彼は肩をすくめる。


「知りたいことはあるだろう。君は“面倒そうだ”」


 意味深なことを呟き、片目を吊り上げる。

 かと思えば両手を上げて降参のポーズをとって見せる。茶化したような態度だが、意外にもマスターは素直に答えてくれた。


「まあ、君はどうやら特別なお客さんだ。少しなら話そうじゃないか。例えば、迷宮の悪魔の話なんてどうかな?」




※ ※ ※




「迷宮は浅層、中層、深層、最奥の四つに分かれ、基本的には一回の攻略で一つの層が攻略された扱いになる。つまり自由行動で最短四回選べば攻略完了となる。

 それぞれの層には攻略条件が設定されている。

 

・浅層は初級魔法と初級剣術と初級治癒魔法、照明・敵察知系技術の習得

・中層は装備の確保と食料・水の確保。

 中級魔法と中級剣術と中級治癒魔法、開錠に罠察知、照明・敵察知技術の習得。

 同行者と、同行者と仲良く進むための生活技能(連携・魅力など相手によって条件が変わる)


 ただし、本人が一人でスキルを習得する必要はない。

 魔法が使えるなら剣士が同行したり、アイテムで照明を準備すれば条件を満たしたことになる。

 つまり迷宮攻略は強くなるというより、定められた条件をクリアする形となる。

 ここら辺は、本来なら迷宮管理機構の受付嬢や教会の司祭にそれとなく教えられる内容だ。


 現状なら風魔法で初級魔法と敵察知系、治癒魔法は習得済み。

 なので他の技術を覚えるか、アイテムで補う必要がある。


 この都市で中級以上の治癒魔法を学ぶ手段は、教会の聖女に頼る以外ない。

 つまりダンジョンの攻略を前提とする場合、正攻法だと教会と縁を作らない限り先に進めなくなる。で、失敗数がかさむと暴走バッドエンドになる。

 これを解決するには、例えば「正攻法以外で中級以上の治癒魔法の習得」を提案するか、そもそもダンジョンに近付かない、くらいか。


 深層と最奥は勝手が違い、司祭から情報を得て、クリア条件を推測して挑戦してもらうことになる。

 中層までは「失敗した、再挑戦しよう」となるが、深層からは失敗=暴走バッドエンドとなるので注意が必要だ。

 ああ、一応ソロでの攻略も可能。基本的に一段回上の技能を習得する必要があるけど。


 ちなみに、一回も迷宮に入らなければ暴走エンドは起こらない。

 暴走のトリガーは迷宮なので、ダンジョンに入った時点で普通の女の子エンドの道は閉ざされるよ」




※ ※ ※




「ちなみに魅力スキルはフレーバーテキストだけではなく、中層攻略において同行者が男性の場合、求められる『仲良くなるスキル』の代用となる。面倒な時は魅力さえ上げておけばそれだけで従う。男ってどうしようもないね」


 黒髪のマスターはよく分からないことをつらつらと語る。

 ナイアには理解できないし、たぶん店を出たら忘れてしまうが、きっと大切な内容なのだろう。


「もし次に来たら、本来なら教会で教えてもらえるダンジョンの秘密と、深層の突破条件を教えてあげよう。もちろん、他に知りたいことがあるなら前もって考えておけば教えるよ」


 店を去る間際、黒髪のマスターはそう声をかけた。









《追加情報》

 どらごんの巣のマスターは裏技的情報源です。

 作中キャラとしての情報ではなく、ゲームシステムのメタ読み情報をくれます

 ただし、教えてもらえるだけでフラグはちゃんと行動してクリアしないといけません。







「ナイア、やばい。そろそろだ」


 オウマが耳元で囁く。

 ミランダに危機が迫っているのだと。


「まだ、ミランダを助ける意味が分からないかい?」


 その問いにナイアは少し考え込み、ぽつりぽつりと呟く。


「野菜スープ、おいしかった。それに、ああやって、お話してくれる人と、会えなくなるのも、イヤ、だと思う」

「……今はまあ、それでいいか」


 ナイアにはまだ正義感や人道は目覚めていない。

 ただし、自分にとって価値ある人を失いたくない、という感情は芽生えたようだ。

 




 ※予知された時が訪れました。




 ◆




【食料品店の女、ミランダ】


 ナイア・ニルという少女は少しずつ変化してきている。

 最初で会った時は浮浪児かと思ったが、今では身だしなみを奇麗にして神も整え、食生活が改善されたせいか多少ながら肉も付いた。

 常識も学んできており、「大人しい美少女」といった印象だ。


「な、なあ、母ちゃん。ナイアのヤツ、明日も来るのかな?」

「さあ、どうだろうねぇ」


 そのおかげか、息子のラーレはどうにもあの少女のことが気になるようだ。

 アルバイトしに来るのをそわそわしながら待ち、働いている時は頼れる先輩ぶってフォローしようとする。

 息子の成長が微笑ましく、もしかしたらナイアが義理の娘になる可能性もあるのでは……なんて考えてしまう。


「頑張らないとね。ナイアちゃんかわいいから、油断してたら他に掻っ攫われるよ?」

「なっ、別に俺は……」


 もごもごするラーレ。

 我が息子ながら情けない。恥ずかしがって動かずにいたらすでに手遅れ、なんて事態にならなければいいのだけど。

 

「おっと、しまった」


 そこでミランダは、ラーレが通う学問所で使っている服が派手に破れたので服飾店ルッカトミに修復を頼んでいたのを思い出した。

 都市国家トランジリオドには国営の学校はあるが、官僚や医師、教師や役人といった知識階級を目指さず家業を継ごうと考える者も多い。

 そう言った場合は個人の開く学問所で、最低限の勉学を身に着ける。

 上の兄は公益役所で働きたいと学校に行ったが、店を継ぐつもりのラーレは学問所に通っていた。

 まだ夕方。今からな間に合うか。

 ミランダは夕食の準備を粗方済ませてから、服飾店へ向かった。


 預けてあった服を受け取り、帰路につく。

 その途中、偶然にもショートボブの少女、ナイアに出会った。


「おや、ナイアちゃん」

「ミランダさん、こんばんは」


 最初の頃はたどたどしかった挨拶も今では堂に入ったものだ。

 少女の成長は驚くほど早い。まだ一か月も経っていないのに、この子はきれいになったように思う。

 それに、環境はともかく本人はいい子だ。

 できればこの街で穏やかに暮らしていってほしい。


「ちなみに、ウチの息子のことどう思う?」

「ラーレくん、ですか。よく働く人だな、と」


 ナイアの方から「いっしょに帰りましょう」と申し出て、二人薄暗い夕方の道を歩く。

 雑談のついでに息子の話題を振ってみたが、どうやら印象はあまり強くないようだ。

 同じ学問所に通うようになれば、多少は仲良くなれるだろうか?

 ……なんて考えていると、何故かナイアが前に出て構えた。

 遅れて、遠く近く、獣の唸り声を聞く。


 驚いてそちらを向けば、四足で立つ野犬の姿がある。

 いや、野犬にしては大きい。赤い目をした獣だ。


「ひっ、魔物……⁉」


 ミランダは怯えに小さな悲鳴を上げた。

 トランジリオドの地下には迷宮が広がっている。しかし迷宮管理機構が適正に管理しているおかげで、これまでほとんど魔物が地上に出てきたことはなかった。

 もちろん例外はあり、二年に一件ほどではあるが、魔物に襲われる事件もある。

 そこまで低い確率に自分がぶち当たるとは想像もしていなかったのだ。




<風魔法を習得しているため不意打ち・敵の行動をある程度察知します>

<体術スキルを得ていないため行動が一手遅れます>

<戦闘技能を持つ同行者がいないためナイア一人で対応します>

<初級魔法を得ているため魔物を撃退できます>

<治癒魔法を得ているためミランダが怪我してもこの場で治療できます>




 獣が襲い掛かる。狙いは、ミランダの方だ。

 跳躍した獣は乱雑に爪を振るう。その脅威から逃すように、ナイアがミランダに体当たりした。まるで狙いが初めから分かっていたかのような動きだ。

 それでも一瞬遅かった。

 致命傷こそ避けたものの、肩口から大きく肉が抉られる。

獣は着地すると身をひるがえし、再度突進してくる。次は、邪魔をしたナイアに向かって。


「……っ」


 逃げようとしても、避けきれない。

 爪が皮膚に食い込む。

 しかしナイアに怯えはない。怯えられるほどの経験がない。

 傷を負いながらも魔力を練り上げ、至近距離で魔法をぶつける。


「【風刃】」


 魔力を帯びた風が鋭いナイフのように獣の頭部を切断する。

 多少の怪我は負ったが致命傷には程遠い。決着は、一瞬で付いていた。


「うぅ、な、ナイア、ちゃん……」


 出血しうずくまるミランダ。

 彼女の傍に駆け寄り、すぐさま初級治癒魔法を施す。

 肉は抉れ出血はしているが、骨には達していない。これなら問題なく治せる。

 ナイアが手をかざすと、柔らかい光が傷を包む。中級以上なら一瞬だろうが、まだ低位の魔法では時間がかかる。

それでもしばらくの後に、ミランダの傷は完治した。


「ああ、傷が……。ありがとう、ナイアちゃん。あんた、魔法が使えたんだね」

「はい。ボクは、このためにいろいろしました」


 守ることの意味が解らなかった少女は、ほっと息を吐く。

 思えばこの街に来て一番世話を焼いてくれた人間はこのミランダだ。

 だからだろう。


「よかった、無事で」


 ナイア・ニルは生まれて初めて、笑顔というものを浮かべた。



 ここに予言された未来は覆されたのである。





《予知》

・???と???の間に不和が生じ、後々の禍根となる。


・???が死亡する。


 次の予知は二つ、どちらも対象と出会っていません。

 どちらか一方クリアすれば次の話に進みます。



《追加情報》

・予知された事件は解決しました。

 ミランダは生存し、後遺症も残っていません。


・ナイアは助けることの意味を仄かに理解しました。

 今後誰かを守ることの指示に対し疑問や反発を起こしません。

 ただし彼女の倫理観では、親しい人間以外に助ける意思は適応されません。


・ナイアが笑顔を覚えました。

 愛想笑いはできませんが、楽しいことや誰かの無事が確認されると笑います。


・次の予知の事件が起こるまで自由行動を挟みます。

 コメントにあった教会と飯屋は確定。あと、一つか二つくらいの行動ができます。

 ただしアルバイトは掛け持ち不可。飯屋で働くと、食料品店は辞めることになります。

 ゲームシステムなので必要な時だけ辞めて働いてはできません。


・自由行動でリオールのところに行くと魔法の習得ができます。

 現在は「特化型」の方針となっているので、次の訪問で中級魔法を習得します。


・土魔法と火魔法に関しては、習得したい場合教えてくれそうな人と迷宮管理機構で出会いましょう。



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