【短編】永き眠りからの目覚め

結城 刹那

第1話

「久留須さん、気分はどうですか?」


 意識が覚醒すると不意に私の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声は意識を失う前に聞いた声とは全く別のものであり、なんだか違和感のある声だった。

 視界に映るものは誰もいない。にもかかわらず私を乗せた台車は動いていた。揺れる視界と体に伝わる振動がその証だ。


 まだ完全に覚醒できていないからか体に力が入らない。だから私は無人で動く台車に身を預けるしかなかった。台車に揺らされながら、私は意識を失う前のことを思い出していた。病院の内装や医者の姿、それから愛する家族の姿。そのどれもが今見える視界には映らない。


 私が見ていた景色とは全く異なる病院内を台車は無人に駆けていく。エレベーターに乗り、液晶パネルに21と映し出されたところでエレベータは止まる。

 ここも違う。私のいた病室は8階だ。それに21階なんて私が入院していた当初はなかった。エレベータが開くと、再び台車は無人で走り出す。


 そこでようやく看護婦の方々の様子が見えた。彼女たちの洋服は以前と変わらない。

 台車は個室へと入っていく。個室は自動ドアとなっており、台車を察知すると開き、台車が室内に入ったところで閉じた。台車はそのまま走っていくとベッドの位置まで向かっていく。ベッドに覆い被さるような体制になると、私を乗せた台がゆっくりと下がっていく。


 やわらかなクッションが圧縮される音が微かに聞こえると、ゆっくりと両側に開き、私をベッドに下ろした。ふかふかなベッドに寝そべりながら、私は顔を横に向けた。見えるのは液晶パネルに映し出されたカレンダーだ。


 2106年3月6日。


 私は思わずハッと息を吐いた。

 その数字を見て、ようやく今までの一連の流れを理解することができた。

 再び白い天井を見上げると、三回深呼吸をした。


「ようやく帰ってきたんだ」


 自分の声を確かめるように、目覚めてからの第一声を漏らした。間違いなく私の声だ。

 2036年3月15日に冷凍睡眠した私は、約70年の時を超えて永き眠りから解放された。


 ****


 小学生の頃、私は脳に病気を患った。体の筋肉が弱まり、生活に支障をきたすレベルだった。医者曰く、死亡する可能性は小さいとのことだった。しかし、完治することもないため生きている間は車椅子での生活が必須になるらしい。


 医者からの話を聞いた時、お母さんは泣いていた。お父さんは泣くお母さんの背中をさすりながら険しい表情を浮かべていた。まだ幼かった私は二人が悲しむ理由がわからなかった。死ぬわけではないのだから良いと思っていた。


 しかし、車椅子での生活を送り始めて3年が経ち、両親が泣いていた意味が分かってきた。みんなとは違う生活。みんなにはできて、私にはできないことがたくさんあった。制限の中で頑張ろうと思ったけど、外で元気に遊んでいる子どもたちを見て、どうしても自分と比べてしまった。


 私だけどうしてこんな体になってしまったんだろう。

 ふと脳裏によぎる思い。目尻からこぼれ落ちそうになる涙を必死に隠して、毎日を過ごしていた。私が悲しい気持ちを抱いてしまえば、自分の時間を割いてまで私の介護をしてくれる両親に申し訳ないと思ったのだ。


 でも、そんな私の思いは両親には筒抜けだった。

 ある日、お父さんとお母さんは私にとある資料を差し出した。それが『冷凍睡眠(コールドスリープ)』。難病を患った人に対して、治療方法が確立されるまで冷凍睡眠をさせるというものだ。


 すでに諸外国で実施している国もあるらしく、来年からは私の国でも実施される予定とのことだった。お父さんとお母さんは二人で話し合い、私に冷凍睡眠をさせるのはどうかと考えたらしい。


 来年には中学を卒業する。義務教育が終わり、社会と向き合い始める時期が始まる。その時期を障害を抱えたまま過ごすよりは、完治してから過ごすのが良いのではないかと両親は考えたらしい。


 彼らの気持ちがそうなのかは定かではない。もしかすると、私の介護に辛さを感じての提案かもしれない。卑屈な考えをするようになった私はそうも捉えてしまった。


 私は両親の提案を承諾した。

 どちらの考えだったとしても、冷凍睡眠することが正解なのだ。

 元気な姿になって、再び両親に会おう。私はそう考え、明るい未来に思いを馳せた。


 でも、それは間違いだった。

 病気の治療方法が確立された時にはすでに両親はもうこの世にはいなかった。


 ****


 冷凍睡眠から覚めて1年が過ぎた。

 1年という時間はあっという間だった。冷凍睡眠後の身体検査、治療の確認、治療の開始、治療後の身体検査、リハビリ。これらを1年かけて実施し、私はようやく自由な身体を手にすることができた。


 病院を出ると、晴れやかな陽射しに照らされた。

 以前と比べ、気温は穏やかになっていた。数十年間におよぶ人類の努力の恩恵だろう。

 私は空に微笑みかけると、足を前に出して階段を降りていった。最初のうちは数十分かけて降りていた階段も今ではものの数秒で降りることができる。


 ようやく普通になれた。そのことが何よりも嬉しかった。


 階段を降りると目の前に一台の車と老翁の姿があった。

 私よりほんの少し高い背。すっかりと白くなってしまった髪に、数の多いシワ。本当は私よりも年下なのに、彼からしたら私は孫のような存在だろう。


「ささ、姉さん。僕の家まで案内するよ。車に乗って」


 弟の日向(ひなた)は助手席のドアを開けると、私に入るように促す。容姿は変わっても、性格は以前と少しも変わらず、優しいままだった。私は「ありがとう」と感謝をしながら助手席に乗った。


 そこで私は少しだけ驚いた。車にはハンドルが見られなかったのだ。

 おそらく完全型自動操縦車であろう。以前、日向からもらった情報端末装置で閲覧した記憶がある。だが、実物を見るのは初めてだった。


 約70年が経ち、世界は大きく変わってしまった。それが分かっていても未だに些細なことで驚いてしまう。これからこの中で生きていくのかと思うとちょっと不安になる。でもそれ以上に、今は期待が大きい。


 運転席に座る日向は車に搭載されたカーナビで目的地を設定する。カーナビは車とリンクしているのか目的地が設定されるとひとりでに走り出した。事故が起こらないか心配になるが、「まだ一度も事故を起こしたことないから大丈夫だよ」という日向の言葉を信じる。


 車は病院を飛び出し、街の方へと走っていく。

 液晶パネルが映し出される道路。金属で作られた建物。変化する街行く人が着る服。全てがデジタルに繋がった街となっていた。


「姉さんに、退院祝いに渡したいものがあるんだ」


 二人してゆったり街の景色を眺めていると、日向が私に手を差し出す。

 握られていたのは一枚の封筒だった。『親愛なる我が娘へ』と書かれた封筒。亡くなったお父さんとお母さんの書いた手紙だった。


 私は日向の方を向く。彼は以前と変わらない優しい瞳を私に向け、ゆっくりと頷いた。

 封筒を反転させ、封を切る。中には一枚の便箋が入っており、両親から私宛にメッセージが綴られていた。


『親愛なる娘 由里香へ


 退院おめでとう。これからあなたは自由の身です。

 今まで抱え続けてきた不満を吹き飛ばすほど充実した人生が送れることを願っています。

 あなたの人生なのですから、あなたのしたいことを精一杯してください。


 また会えた時、あなたが過ごした人生の話を聞かせてください。

 私たちはいつまでもあなたを愛し続けています。


 あなたの父・母より』


 手紙にはそう綴られていた。

 短い文章。でも、それだけで私には十分だった。

 お父さんとお母さんは決して私を悪く思っていなかったのだ。それが知れて私はとても嬉しかった。

 

 だからだろうか、今まで溜め続けてきた気持ちが涙となって溢れ出てきた。

 私は強く泣いた。日向は私の背中をゆっくり丁寧にさすってくれた。

 両親の手紙で、私はようやく過去の苦しみから解放された気がした。


 きっとこれからは明るい未来が私を待っている。

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