犬鳴村

村崎愁

第1話 村


「ココヨリ先ハ警察及ビ法律ガ関係シナイモノトスル」



そう書かれた、ほとんど朽ちて錆ついた看板が斜めに地面に刺さっていた。


そこは犬鳴峠という峠の先には犬鳴村という地図に載らない村が存在するらしい。




ゆずる勇太ゆうたはバイク一台で犬鳴峠に行き犬鳴村を探していた。


昔タクシーの中年男性が「峠は金を倍もらっても行きたくない」と漏らしていた所だ。


旧道と思わしき方に歩いて行くと、雑草が茂って、誰も来るなと言わんばかりに倒れた木々たちが道を支配している。


かき分け、時に大木を乗り越える。巨大な石塊が道の真ん中に転がっていたり、どうやってそうなったのかわからないほどに、道として機能はしていなかった。


「弦、これ」勇太は指を刺す。

例の、警察や法律が関係しないという看板がある。

「近いな」弦は嬉々として草をかきわけ探す。



巨大な石塊を乗り越えると一本の獣道があった。


「勇太、これ村に行ける道じゃないか?」二人で何枚か写真を撮る。


獣道に導かれ、急ぎ足で向かう。


道はしばらく人が通った痕跡が見当たらず、コセンダンクサやオオオナモミ、所謂”ひっつき虫”が顔を出し、着ているパーカーに付着する。

これ以上入るなと言わんばかりに危うげである。しかし鬱陶しい。

それらを乱雑に引き抜きながら歩を進めた。


三十分ほど道かわからない草の分け目を進むとポツンと三畳程度の倉庫らしき建物があった。

看板と同じく錆びついて今にも崩壊しそうだ。ドアは外れた状態で倒れており、前に村を探した者の悪戯だろうか、中は乱雑に色々な物が雪崩れていた。

まるでここからは入るなと暗に言われているようだ。


埃っぽく色褪せて見えている建物の中には、古い人形や注射器。箪笥や衣類。全てが滅茶苦茶になっていた。探検する気にはならない。写真は納めた。


弦は勇太に目で合図し、また歩いて行った。怖さよりも好奇心が勝っている。

そこからは約十分で古びた家が四軒立っていた。家の隣には小さな畑があり野菜を育てているようだが、畑以外の空気が動かずに重く留まっているようだ。


一軒目、二軒目、三軒目と土足で上がり、探索しつつ写真を撮る。

不思議だ。囲炉裏に火がついているのに、人気ひとけは無い。


四軒目に入ろうとしたら厳重に内側から鍵がかけられている。

中には微かに空気の動きがある。何者かが潜んでいるのだろう。


ガタガタと戸を開けようとしたり、「すみませーん。誰かいますかー?」と大きな声で叫んでいたら勇太の頬に何かが通り抜けた。


「いっつ…」頬から血液が流れ落ちる。舌打ちが聞こえたが、振り向いても誰も居ない。ストンと音を立てて玄関に刺さった物は千枚通しだった。

微かに振動している。


「…来た…」「…殺す…」「…早く贄を…」「…久しぶりの肉だ…」

様々な方向から声が聞こえる。微睡まどろんでいた空気が、ゆっくりと頭上を回りだした。


弦が呆けていると勇太の「弦、逃げるぞ」という声で危険に気付き二人は元の獣道を走った。



汗まみれで旧道から出てバイクに戻ると、座席に猫の頭部、それを突き刺す形でなたが刺さっていた。


なぜ侵入者が来たことが分かったのだろうか。

鉈と猫の頭部を払いのけ、急いで立ち去る。


帰りの道は快晴だというのに、霧が出て太陽からの反射で、道路自体が白く光り危うく何度も事故に遭いそうになったし、実際に追突事故を起こしている車もあったが妙に神秘的に思えた。


犬鳴村には神が住んでいて侵入者を殺してしまうという言い伝えもある。



撮ったはずの写真は全て真っ赤に染まっていた。

あの村に住んでいたのは果たして人間だったのだろうか。



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犬鳴村 村崎愁 @shumurasaki

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