第41話

「一緒に、海、入る?」


 にじり寄ってきたらむねの強調された胸元が嫌でも目に入る。

 考えるまでもなくからかわれているんだろうな。


 らむねはニマニマとこちらをうかがいながらほれほれとばかりにYシャツの襟をつまんで誘ってくる。


 誘いに乗ったら? もちろん大炎上。

 というか、らむねもまだ魔力が回復してないよな?


 配信的な取れ高に貪欲なのか、それとも本当に何も考えずふざけているのか。


「断る。ある程度回復したら帰るぞ」

「えーつまんない!」

「俺を炎上させる気か」

「炎上? あ、まだ配信出来てるんだっけ」

「え?」

「うん? どしたし?」


 ぽかんとした顔のらむねと目が合った。

 波の音が一定間隔でリズムを刻んでいく。


「配信のためでは、ない?」

「うん? 大体大技使っちゃうとさ~カメラがバグって配信途切れちゃうんだよねぇ~」


 よし、相手の真意を確かめるのはやめた。

 これ以上は、俺の命が危ない気がする。


 俺は砂を払うと疲労で重くなった腰を上げ、立ち上がる。


「ほんとに海入らないの?」

「入らないって。ほら神域が崩壊するまでに脱出するぞ」

「お宝は?」

「さっき取ってきた」


 巨人兵から取り出した球体をらむねに手渡す。


「さっきのコア?」

「の中にあった魔力炉だと思う」


 らむねの両手の中で機械仕掛けの球体は淡い水色の光で包まれていた。

 彼女がコアを俺に返すと、光は白に近くなった。


「私たちの魔力に反応してるんだ」

「そう。なんかの装備には組み込めそうだなとは思う」


 魔力補助が必要な人の装備にはなりそうだけど、自在に装備を呼び出せる俺にも魔力補助必要なく高火力魔法を連発しているらむねにとっても役に立たない代物だ。


 今回はステンノの件にも関係してないし、獲得物もいまいち。

 らむねと仲良くなったことと神造兵器との戦いを実践できただけましだと思おう。


 ふと神域全体に落雷のような腹に響く音が轟く。


「もうじき崩壊するから帰るぞ。立てる?」


 らむねは俺が差し出した手を力強く引いて起き上がるとカメラに向かってピースサインする。


「これにて依頼達成ということで! 配信閉じるね~おつ~! 地上に戻ったらまた連絡しま~す!」


 配信の終わりの挨拶をしているらむねを横目に数十分ぶりにカメラに顔を向けた。


《やっとこっち見た》

《お前はそれでいいよ》

《存分に戦ってくれ人には向き不向きがあるから》


「いや。マジでゴメン。戦いながらコメント拾うのむずくね?」


《おい配信者www》

《まあそれも個性よ》

《コメント拾わないのは許せるけど何らむねちゃんとイチャコラしとんじゃ》

《そこ代わってくれ》

《誘惑に負けなくてよかったな》

《危機回避能力Sでよかったね》

《代われよそこぉぉぉ!!!(泣)》


「巨人兵よりも怖かったわ。あの人ナチュラルキラーすぎるだろ」


 チラリとその危険人物の方に視線を向けたが、まだ終わりの挨拶をしていてこちらには気づいていないようだった。


 戦闘中とかダンジョン下ってるときとかはナチュラルキラーの兆候なんてなかったのに戦闘が終わって疲労が来ているときに仕掛けてくるもんだから、こちらとしても油断している隙を突かれた形になって炎上に直結しやすい。


「配信者生命絶たれなくてよかったよ。じゃ、こっちも配信終わるんで。お疲れ」


 最後の挨拶を終えてカメラをしまう。

 帰ろうかと振り返ると、先ほどとは違った穏やかな笑みでらむねがこちらを見つめていた。


「終わった?」

「終わった。帰るよ?」

「その前にひとついい?」


 らむねがスッと近づいてくる。

 彼女の穏やかな息遣いと柔らかな甘い匂いが感覚を刺激する。


 らむねは俺の耳元に口を寄せる。


「エリーちゃんを守ってあげてね」

「はい?」

「さー帰るぞー! おーなかすいたったー」

「待て待て待て待て理解できないんだけど!?」

「ギルドマスターに事情聴いてるから! 神様と戦うなんて想像もできないけど、つよつよの君ならいけるさ!」


 らむねは屈託のない笑顔でこちらに親指を立てる。


 だめだ。俺はあの人に振り回される運命なのかもしれないな……。


「帰るんじゃないの?」

「帰るよ! 帰っておいしいものでも食べようぜ~」


 うきうきで歩いていくらむねを追うように俺も出口へと歩き出した。


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