第31話
レイスの襲撃も落ち着いてきたのもあって、ようやくコメント欄を確認することができた。モンスターに襲われている時とか特にそうだけど、戦闘に集中してしまってコメント欄を全然確認していない。
探索者としてはそれで十分だろうけど配信している以上はコメントのことも気にしなきゃいけないよな。
「ごめんなさい。戦いに集中しすぎてコメント読めてませんでした。これから気を付けます」
《ええんやで》
《その戦いを見に来てるまであるし》
《エリーちゃんが相手してくれてるから大丈夫よ》
《気にせずモンスターシバいてくれや》
《黒崎様をおろそかにするなよ!!》
《信者も気にするなだとよ》
「コメントは私に任せなさい。ケイくんの自慢話をたくさん聞かせてあげるわ」
「ほどほどにしといてくれよ」
なかなかにいろいろな人に助けられて活動しているのは向こうの世界もこっちの世界も変わらないみたいだ。
勇者になって、最速でSランク探索者にもなってなお一人では何もできないことを痛感させられる。
それは周りの仲間に期待されているということでもある。
だからこそ俺は強くならなければならない。神々をも打ち倒せる力が必要なのだ。
「もっと、もっとだよな……」
「何か気づいたか?」
「い、いえ。進みましょう。もうすぐボス部屋になるんじゃないですかね」
ケルベロスの広場からもう20分ほど歩いてきている。通常のダンジョンの大きさならもうすぐボス部屋にたどり着いてもおかしくない。
辺りは立ち枯れた木すら生えておらず地平線まで続く荒野が広がっている。
いままではハッキリと現れていた道もおぼろげになり荒れてきている。
また少し歩くと岩に囲まれた広場にたどり着いた。
中心には黒い羽毛で覆われた卵型のナニかが鎮座している。
広場の入り口からでもわかるほどの大きさと魔力量。
魔力量だけ見ればネメシスと同程度の化け物。
悪魔が産み落としたようなまがまがしい黒紫の魔力を放ちながら荒野で静かに置かれている。
黒崎さんと顔を見合わせ、頷くと俺一人で卵に近づいていく。
1歩1歩進む足が重い。身の丈ほどでさほど大きくはないが普通の探索者ならば人間の小ささに絶望して引き返すレベルの威圧感を放っている。
「ボスであることは確定しているが……」
アンデッド関連のボスであることは確実。ただ中ボスがケルベロス、地獄の門番であったことを鑑みると地獄の上位の魔獣の可能性が高いか?
推測を進めながら近寄っていく。
1歩。俺が近づいていることに気が付いたのか身じろぎするように魔力が揺れる。
2歩。殻にひびが入るように黒光りする羽毛が左右に開いていく。
3歩。内部にいたナニかと目が合った。
「『喚装:ヘクトール』!!」
とっさにデュランダルを目の前に掲げ防御態勢を取る。
中にいたソレは目を赤く光らせると殻となっていた自身の翼を広げ濃密な魔力の衝撃波をまき散らす。
「ケイ!!」
黒崎さんの声が隣から聞こえる。どうやら広場の縁まで飛ばされたようだ。
何のスキルでも魔法でもない魔力の衝撃波だけでここまで飛ばされるのか……。デュランダルで防御してなったら内臓が無事じゃなかったかもな。
黒崎さんの手を借りて立ち上がりソレに目を向ける。
ソレは女だった。
羽毛でカクテルドレスのように覆われたメリハリの取れた身体に、少し陰気な雰囲気はあるものの整った顔立ち、背中の翼が羽ばたく度に揺れる長い黒髪も合わせて絵画で描かれるようなプロポーションをしていた。
人間だったなら羨望の的だったろうな。人間だったら。
「誰だ。わらわを目覚めさせたのは」
上空まで飛翔したソレの見下ろす視線が真実を逃さまいとするかのように俺たちに注がれる。
「俺だ。まあここ以外行く道がなかったからなんだけど」
「貴様、ここが夜の女神ニュクスの巣と知っての狼藉か!」
夜の女神ニュクスか。冥界関連の女神が出しゃばってきたと。冥界に住まう夜の象徴、創世の初期から存在する古い女神がなぜここにいる?
「それはゴメン。俺たちも引き返すっていう選択肢はなかったんだよね」
不敵な笑みを作って見せる。
案の定、ニュクスは顔をゆがめた。
「貴様ぁ!! 侮辱するのも大概にしろ!!!」
ニュクスの両手から放たれた斬撃をデュランダルで受け止めそのまま受け流す。
左右に受け流された斬撃は激しい音を立てて広場を囲う岩をえぐった。
「黒崎さん、本気の一発お願いします」
「了解!! 『神にぶっ放した女』の本領発揮と行こうか!!」
ミニガンが金切声のような音を立てて軋む。
魔力が暴発寸前まで充填され銃身が赤熱していった。
「『過剰装填:魔弾雨』!!」
ミニガンから魔力のビームに乗って雨あられのように魔弾が放たれる。
魔力によって音速を超えた銃弾はニュクスに防御の隙を与えず直撃した。
瞬間、あたりが一気に暗くなった。
上空には赤みがかった色の満月が静かに浮かんでいる。
「わらわに牙をむくか……いいだろう」
月光を遮るように両翼をたたえたシルエットが浮かび上がる。
「わらわを目覚めさせた罰だ。受けるがいい」
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