第12話 水を差す転生魔王

 津波のような魔力の奔流がネメシスの身体を飲み込んだ。


「──終わった?」


 絵にかいたような負けフラグがエリーの口から洩れる。

 後ろで防御結界を張り続けていたから決着に期待するエリーの気持ちもわかるけどこういうお約束って大体現実になるんだよね。


 先ほどまでネメシスが立っていた場所にはドロップ品はおろか何も残っていない。


 魔法を使った痕跡はあるな。


「転移魔法で逃げられたけど、安全は確保できたから及第点かな」


 追うことは出来はするけど今は一般客を地上に帰すことが最優先だ。

 振り返ると、怯えて頭を抱える者、俺の戦闘を見ていたのか俺をじっと見ながら震えている者、慌てて外に連絡を取ろうとする者と客たちは思い思いの行動をしていて半ばパニック状態になっている。


 パニック状態でまたモンスターに襲われたらもはや集団の統率は取れず全員での帰還が難しくなってしまう。

 半狂乱で逃げようにもダンジョンの中だと地上にたどり着くよりも先にモンスターに襲われて死ぬ確率が高い。


「さすがに私の『神殿化』だとパニックは抑えられないわよ!?」

「わかってるって」


 エリーの結界魔法『神殿化』は外界からの敵意を退けることに特化した魔法だ。結界魔法なだけあってその効果には範囲がある。


 だからこそ一か所にまとまってもらっているのだがパニック状態で動かれると守れるものも守れなくなってしまう。


「ちょっと強引だけど転移魔法で一気に地上に行くぞ」

「早くして!! もう私の呼びかけじゃあまとまってくれないから!!」


 転移魔法を発動させようと魔力を込めた瞬間、ダンジョンの壁の一部が爆破されたように崩れ落ちる。


「待たせたな!! 魔王の登場だぞ!!」


 崩れた穴から飛び出してきたのは一人の少女。

 けだるげに揺れるハーフツインにセーラー服を違法改造したかのような服装の──


「がしゃどくろの時の子!?」

「な、なぜお主がいるのだ勇者ケイ!!」

「え? 俺の名前知ってるの?」


 そうか、配信者であれば知られてるのも当然か。


「知ってるも何も我を殺したのは貴様だろうが!?」

「はぁ!? いやどちらかというと救った側だと思うんだけど!?」

「いいから早く転移してくんない!?」


 イレギュラーの乱入でパニックがより伝播してしまっている。


 腑に落ちないことは一旦飲み込んで自称魔王ごと地上に転移した。


「ケイくん大丈夫か!」

「黒崎さん! 救護頼めますか!」

「もう救護班は待機させてある!!」


 ぞろぞろと客たちが黒崎さんに誘導されてギルドの医務室に連れていかれるのを横目に俺とエリーは自称魔王と向き合った。


「それで君は?」

「コメント欄に聞くのが早いのではないか?」


 自称魔王はぶっきらぼうに言うとそっぽを向いてしまった。


《知らないの?》

《Aランク探索者のアシュリー・パンドラちゃんだぞ》

《登録者も勇者越えの500万人だぞ。配信やってるなら先輩のことぐらいサーチしとけよ》


「アシュリー・パンドラ? 初対面じゃない?」

「嘘つけバカ勇者!! 我は魔王パンドラだ!! トロイメアでは散々痛めつけおって……!! 忘れたとは言わせんぞ!!」


 確かにトロイメアで俺が呼ばれた理由となった魔王、最終的に打ち倒した魔王の名はパンドラだった。

 性別も声色も口調もなじみがありすぎる。


 だけど──


「あり得ないだろ!? 封印すらしないで完全に息の根を止めたはずなんだけど!?」

「我も来たくてこの世界に来たわけではない!! 気づいたら転生していたのだ!」


 パンドラの言い分によると、俺に討伐され意識がなくなった次の瞬間にはこの世界の人間として転生していたらしい。


「ただ魔王としての能力は残っておるのだ。普通転生したら適正レベルになるまで能力は封印されるはずなんだがな。最初からフルパワーで使えるのだ。さすがは魔王といったところか!!!」


 高笑いするパンドラに俺たちは顔を見合わせた。


「どうします? もう一度殺してもいいですよ?」

「殺したら何人に見られると思う? 普通に捕まって人生終了コースだよ」


 俺の配信でも1.7万人は視聴している。つまりは1.7万人の目撃者がいるということいくら相手が魔王の生まれ変わりでもこの世界の人生をかけて殺すほどの価値は今のところ見いだせない。


 得意げに豊満な胸を張っていたパンドラは腰に片手を当てこちらを指さす。


「勇者ケイよ!! 今ここでトロイメアのリベンジマッチといこう!! 決闘だ!!」


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