第2話 最難関ダンジョンとギルドマスターをはしごしてみた
がしゃどくろが這い出てきた扉から宝箱がごとりと出てきた。どうやら討伐報酬がドロップしたようだ。
扉はゆっくりと元の魔力に戻りダンジョンに吸収されていった。
宝箱に罠が仕掛けられていないか魔力でスキャンし慎重に近づいていく。宝箱に罠が仕掛けられている様子はない。
まだ朦朧としている少女を女神に預けそっと宝箱の取っ手に手をかけ蓋を開いた。
魔王を討伐した身になってもモンスターからドロップするとうれしいものだ。特に今は売れさえすればなんでもうれしい。
お金持ってないからね。
「……は?」
中身を見た途端、思わず声が漏れる。
箱の中身には何の変哲もない人間の頭蓋骨が赤い布できれいに梱包されて鎮座していた。
何度魔力でスキャンしてみても仕掛けどころか魔力の気配すらない。本当にただのしゃれこうべだ。
がしゃどくろからのドロップ品らしいと言えばらしいが、なんというか……
「思ってたんと違う……」
「外れダンジョンかもね……」
一応戦利品として頭蓋骨をアイテムボックスの奥底にねじ込んでおいた。
戦闘中は考えている暇がなかったがどうやらこの世界にも魔力は存在しているようだ。
だとしたら転移は失敗になる。日本に魔力なんてあるわけないからね。
あとで失格女神には宿代を永久におごってもらう誓いを立てさせよう。
「んあ? なんで貴様らがここに……!?」
「がしゃどくろに襲われてたんだからじっとしてて」
少女は女神の膝の上から飛び起きると縄張りに入られた猫のようにこちらを睨みつけてきた。
「なんで貴様らもこの世界に……!」
「……なんて?」
「黙れ!! じゃあな!!」
そう捨て台詞を吐き捨てると持っていた鏡のようなものの中に入り、消えてしまった。
「何だったんだ?」
「生きていたのならそれでよくない? それよりもケイ! ここ、魔方陣がある! それも転移系統の!」
女神が指さした地面にはうっすらと紋様が浮かび上がっていた。
元居た世界でもあった脱出用の転移魔方陣だ。ダンジョンのラスボスを倒した後に必ず現れるから勝者の魔法陣とか言われてたっけ。
てことはあのがしゃどくろがこのダンジョンのボスか……。もっとましなもの寄越してほしいんだけど。
魔方陣を起動させ地上に戻る。
光に慣らした目に飛び込んできたのは、
「は? ビル?」
空を圧迫するように乱立する高層ビルだった。
周りを見渡しても建物に道路にと人工物で溢れている。
ダンジョンのまわりには屋台などが並び広場のようになっているが、それ以外は紛れもない日本の首都の風景だ。
どこか懐かしさを覚える光景に圧倒されて俺は立ち尽くしていた。
遠くから車のクラクションも聞こえる。
目の前の看板では黄色い背景にインプラントの文字がでかでかとその存在を主張していた。
間違いなく俺の生まれ育った日本だ。
「ね? 私間違ってなかったでしょ!?」
ちょっと一回黙っててほしい。
女神を黙らせ剣の柄に手をかける。
ダンジョン横のプレハブの建物からこちらに近づいてくる人間がいた。
ボブくらいの黒髪の女性を先頭に残り二人が付き従うように左右に配置されている。どうせ戦利品のおこぼれ狙いの冒険者かそこらだろう。
カツカツとブーツを軽快に鳴らしまっすぐこちらへ来る。
黒のレザージャケットにレザーのタイトスカートと冒険者というよりかは異世界の看守のような出で立ちの女性だ。
背中のミニガンだけ近代的だけどな。
「君、ちょっといいかしら?」
「何?」
一歩下がり、後ろ手にアイテムボックス中に手を突っ込んだ。来て早々トラブルはまずい。このまま犯罪者だったり不審者認定されると今後が面倒くさい。
アイテムボックスをまさぐっている間も女性は鋭い視線をまっすぐこっちに向けている。
「あなたたち今、転移の魔方陣で帰ってきたわよね?」
「そうだけど」
「ちょっと話聞けないかしら?」
アイテムボックスから取り出した球体をしっかりと握りなおす。
いざとなったら『昏睡玉』投げて逃げよう。
彼女に示された先には事務所らしきプレハブ。
なんだか警察に連行されるみたいだな。
女の眼光は鋭いまま。
「ケイ、どうする?」
「まずは名乗ってもらわないと話にならないと思うけど?」
なぜか取り巻きの二人が俺の言葉に動揺したように顔を見合わせる。
「本当に私を知らないの?」
「いや、まあ知らないっすね」
「そう。私は日本ダンジョン管理協会会長、ギルドマスターの
「俺はケイ・カネシロ。こっちは──」
「エリーと呼んでくださいね」
女神ってそんな名前だったっけ。異世界でそんな頻繁に会ってたわけじゃないしいつも女神呼びだったから忘れてるな。
数秒の逡巡の後、俺はこっそり手に持っていた球をしまった。
「いいですよ。答えられる範囲でなら」
☆
黒崎さんに連れられたプレハブは予想通り彼女たちの事務所だった。
「おつー、その子たちが踏破者?」
「そうよ。
ういー、と事務所の中央に置いておるソファから気の抜けた声がした。
這いずるようにソファから身を乗り出した少女は俺たちを見つけるとへにゃ、と笑った。
「ギルド職員の
煙は肩からずり落ちた白衣を直し前髪を整えそのまま事務所の奥へ足を引きずるように着ていった。
「彼女も同席するけどいいわよね?」
「大丈夫だ」
先ほどまで薬袋煙が寝ていたソファに黒崎さんが座り、向かい側に並んで俺たちが座る。
「早速本題に入るんだけどあなたたちが新宿ダンジョンを踏破したのよね?」
「踏破というとまたちょっと違うかもな」
「そうなの?」
黒崎さんが驚いたように目を見開いた。
話の流れのままお互いの情報を交換した。
約20年前、ダンジョンが世界中で発生した。山脈の中腹、海岸、砂漠に都市と世界中のいたるところでぽっかり穴が開いたのだ。
初めは誰も近づかなかったが好奇心に負けた者たちが次々とダンジョンへ入っていった。ダンジョン内がモンスターと共に石油や天然ガス、その他未知の鉱石など人類の発展に寄与する物質の宝庫だと判明すると各国は軍隊を送り、世界は大ダンジョン時代に突入した。
しかし、魔法や超常現象的な能力を持つ魔物相手には重火器の威力はむなしく世界のダンジョンのほとんどは未踏破のままだった。その後、ダンジョン発生時から出現した魔力に適合できた人間が現れ始め数々のダンジョンが踏破されるようになった。そこから法整備などが進み今に至るという。
20年前って俺が生まれる前なんだけど。時間軸おかしくないか?
隣の女神の耳に顔を近づける。
「どういうこと?」
「わからないわよ。次元干渉魔法で狂ったのかしら」
だとしたらもはや異世界にいるのと変わりはない。
「あなたたちの活躍は
「まあ、そう思ってくれていいです」
「じゃあ、踏破じゃない。誇りなさいよ日本最難関ダンジョンの初の踏破者になったんだから」
黒崎さんは俺たちの後ろにあるデスクから書類とペンを取り出すとさらさらと何かを書き始めた。
「これが今回の踏破報酬よ。未踏破ダンジョンには多額のボーナスがついてるの。ありがたく受け取っておきなさい」
差し出された書類の上部には領収書の文字。
書いてある金額は──
「い、1億!?」
「そうよ? でもそのかわり──」
パシャリ──
振り向くとデスクの奥の部屋から出てきた薬袋煙がカメラのようなもののシャッターを切っていた。
「こら煙。話の途中なんだけど」
カメラの画面を見たまま動かない。
「煙?」
フルフルと手を震わせながらゆっくりとこちらに目線を合わせる。
「この世界の人間じゃない……?」
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