スキルを作るスキルで古今無双
東場虎太
第1話 終わりから始まりへ
いつも通りの朝。
強烈に差し込む朝日となんとも言えぬ口腔内の不快さ。口を濯ぎ、朦朧とした意識の中、食パンをトースターに入れる。
着る服は昨日のうちに決めておいたので、既にタンスの上に乗っている服たちを上から順番に着ていく。
小さい頃から「真面目だ」とか「優秀だ」とか、ある時には「ウチの娘と結婚してくれ」なんて言われてきた。
周りからの評価が高いのは俺が母子家庭で育ったからだと思う。母親が女手一つで育ててくれたから、可能な限り家事は手伝って負担を減らしたかった。
褒めてもらうため、お小遣いをもらうためなんて一度も考えたことがない。ただ、父親がいない分、母親の負担を減らしてあげたかった。
ジジジジ…と鳴っていたトースターが終わりの合図をあげた。
ものの数分でトースターを胃に収め、歯ブラシやら身の回りの準備をして家を出た。
大学までは徒歩で10分ほどで、実家から通えて、交通費も0円。大学のレベルもそんなに低くなく、寧ろ少し高めなので通うにはもってこいの大学だ。
家を出てすぐの角を曲がると左右に行き交う車の音がする。片側二車線の大きな道路は朝夕には渋滞になる。特に駅方面に向かう方が少しも車が動かない。
そんな道路を渡った先に大学がある。
横断歩道を渡るために信号が赤から青になるタイミングを待つ。暫く待って、青になったので渡ろうとしたが前を車が通せんぼしているので、車と車の間をすり抜けて渡る。
すると次の瞬間、危ない、という女性の声がした。やばい、と若い男性の声もした、気がする。
もう既に遅かった。俺が左に首を向けた時には、トラックと俺の距離は5メートルほどだった。
そして、運転手と目があった。彼は両眼を飛び出るくらい大きく見開き、口を裂けそう
なくらい大きく開けていた。
目の色は真っ白だった。
あと3メートルくらいだろうか。ただのトラックと人間の距離ではなく、俺の命の距離でもあった。俺はあと3メートルしか生きられない。まだ轢かれてもないのに、そんな虚しくて乾いた思いが全身を巡った。
次に目を開けると、空…赤く染った空が見えた。たまに夕方になると、空の色がこんな色になるっけ。
遠くで沢山の人が騒いだりしてるのだろうが、鉄琴の一番高い一音が頭の中に響いていてよく聞こえない。耳元で騒ぐ声が辛うじて聞こえそうだが、その声さえ鉄琴で叩いてるような音だった。
もう死ぬのかな————。
母さんになにもしてあげれてないのに————。
母さんは悲しんでくれるかな————。
兄ちゃんと
色んなことが脳裏を通過しては消え、また現れては流れ、消える。
考え尽くした挙句には、あと30ページぐらいで読み終わる本のこととか、友人に10円借りた記憶とか、死ぬ間際に思い出すとは到底思えないことが蘇る。
家のパソコンの中に見られると恥ずかしい履歴があったことを思い出すと腹筋に力が入った。
救急隊の人のような声が耳元でキーンキーンと反響した。何も言っているのかは理解できない。鉄琴をランダムに叩いてる音しか聞こえない。
ずっと上を向いたままなのに、目を閉じて開ける度に風景が変わった。赤い空の次は、狭くて振動する赤い部屋、広くて赤い部屋に大勢の人が真剣な眼差しで身体のあちこちを触る。
そして、俺は、真っ暗な世界を最後に、見た。
何も無い、暗闇。
目を開けても閉じても変わらない。
果たして、俺は、死んでしまったのだろうか。
仕方なく目を閉じたままにした。
次に目を開けると、ベッドに横たわる俺が真下にいた。白衣を着た男性は医者だろう。それと看護師が3人。
ベッドの横には母さんもいた。母さんは顔を覆って1人の若い看護師に背中を摩られている。
死ぬ方は意外と苦ではないのかもしれない。寧ろ死なれた方は悲しくて、悔しくてたまらないんだろうな、と思う。
もっと母さんに感謝をしたり、親孝行をしてあげたかった。けれど、それはもう叶わない。もう俺には何もできない。
唯一俺にできることは、生まれ変わって、また母さんに会うことだろう。その時は俺の記憶は無いし、容姿も全く別だから意味が無いかもしれない。
祖父から幼い頃聞いた話を思い出す。
「死んだら生まれ変わって、別の人間となって、また会えるんじゃ。だから、死は完全な別れではない。一時的な別れなんじゃよ。大切な人との別れは悲しい。でも安心するんじゃぞ、その人とはまた会える。決して永遠の別れではなんじゃ。」
母さんや兄ちゃん、雅代にまた会えるのかな。
俺の意識は糸が切れたように終焉を迎えた、と思う。
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