73話 自分の本心

  それから満里奈に気付かれないよう、拓たちはメッセージのやり取りでパーティーの準備を始めた。当日の流れはこうだ。


 午前中、拓が満里奈を誘い出掛ける。それを見届けたアキが文也と博に連絡。文也はうちへ向かう途中、お店で予約したケーキを受け取る。博は先にアキと料理の準備をする。料理は難しくないものを選択し、飾りつけでパーティーらしさを出す方向に決まった。そして、準備が整ったら拓に連絡をする。

 計画通りにいけばサプライズ成功だ。


 そして迎えた当日。


「満里奈」


 朝食を済ませた拓が満里奈に近寄る。


「アキから聞いたんだけど、満里奈が自分の家の状況を見に行きたいって言ってるってこと聞いて……俺が付き添いでよければ一緒に行こうか?」


 満里奈は少しだけ驚いたように目を見開いた。


「いいんですか?」


「アキは今日なんか予定があるみたいだから、俺で良いなら……最近俺も家に籠りっぱなしだったから、気晴らしにもなるし、一緒に行けるなら嬉しいんだけど」


「ありがとうございます! 拓さんがついてきてくれれば心強いです……やっぱりひとりではまだ不安で、アキさんばかりに頼ってばかりなのも心苦しかったんで誘ってくれて嬉しいです」


 満里奈は満面の笑みを浮かべる。あの告白の日以来、気まずさは見せないもののどこかでお互い遠慮していた気がしていた。だから、こうして改めて向かい合うのは随分前のように感じてしまう。


「それなら出掛ける準備したら行こうか」


「はい! 最短で準備してきますね!」


「そこまで急がなくていいよ」


 張り切った顔で宣言すると、満里奈は急ぐように二階へと駆け上がっていった。拓も自分の準備をしなくてはと、洗面台へ小走りする。その様子をアキは黙ったまま見つめていた。


「それじゃあ、行ってきます」


「満里奈さんのことお願いね」


 玄関先でアキは拓と満里奈を見送る。ふたりが出ていった瞬間、アキは小さく溜め息を漏らした。


「だめね、わたしって」


 気を取り直し、アキは博と文也に連絡を入れる。


(今は余計なことは考えないでおこう)


 耳元で博の声が聞こえた瞬間、アキは自分の気持ちをそっとしまい込んだ。

 それから準備は順調に進んだ。博が来てから、ネットで見つけたパーティー簡単レシピを手本に作り始め、文也がケーキを持ってきてくれた頃には半分ほど完成していた。料理が完成する間に文也が部屋を飾り付けしてくれて、このまま行けばお昼時には間に合うだろう。

 アキは安堵しながら、懸命に手を動かし続けた。


 その頃、拓と満里奈は何事もなく家に到着し、少しだけ誇りを被ったところをふたりで掃除して回る。満里奈が拓の家へ行っている間も家政婦さんは一応掃除だけは来てくれているのだが、満里奈の部屋だけは自分でやるからと言っていた。そのため、だいぶ放置してしまった満里奈の部屋はかなり埃っぽく感じる。


「人が居ないのにほこりが溜まるのって不思議ですよね」


 無言で掃除していたら満里奈が疑問を口にする。


「確かにそうだよな。居ないなら、ほこりって出なさそうなのに……人がいる時よりもたまるもんな」


「そうですよね! もしかしたらほこりは生きているのかもしれません。ずっとどこかに隠れてて、人がいなくなると何処からともなく湧いてくる……なんだかそう思うと、虫みたいで嫌ですね」


 自分で言った虫というワードに顔がどことなく青ざめる。


「満里奈って虫ダメなんだ」


「小さい虫とかなら大丈夫ですけど、足がいっぱいあったり、テカりのある虫は少しだけ苦手です」


「お父さん昆虫学者なのに」


「そうなんですよ。お父さんはどんな虫も平気で触れて、部屋にも標本とかがたくさんあるんですけど……わたしは得意になれなくて。きっと虫嫌いはお母さん似なのかもしれません」


 そう真剣に話す満里奈を見ているうちに、拓は思わず吹き出す。いきなり笑い出した拓に、満里奈はきょとんと目を丸めた。


「未来では救世主でお父さんの跡を引き継いでるはずなのに、今の満里奈を見てると全然その姿が想像できないな」


 涙が滲むほど笑う拓に満里奈もつられて笑い始める。


「本当にそうですよね。今でもわたしが救世主なんて信じられません……いつもこれが夢なんじゃないかって考えてしまうんです」


「俺だってそうだよ。けど、アキが来てくれたおかげで俺は生きる選択ができたんだと思う……これが夢なら覚めなくてもいいかな」


「はい、それはわたしも同意見です。拓さんがいない未来なんて考えたくありません」


 不意の言葉に拓は言葉につまる。


「あ、ごめんなさい……これはその、本音です。わたしにとって拓さんは命の恩人で、今は大切な存在ですから」


 なんだか告白みたいで拓は返答に困った。


「これは返事を催促してるわけではありません。それに返事は保留にしてますが……拓さんの気持ちは分かっているつもりです。けど、それを受け止めるのにやっぱり時間がほしくて」


「満里奈?」


「拓さんが今思いを寄せてるのはアキさんですよね?」


「えっ!? いや、まさか……だってアキは未来の人間なんだから」


「それは関係ないですよ。今の拓さんの心の中には確かにアキさんがいると思います」


 満里奈の瞳があまりにも真剣で、拓はなおさら言葉に詰まる。


「ごめんなさい。いきなり変なこと言ってしまって……でも、これだけは言わせてくださいね。もしもわたしが保留にした返事を聞きたいと言った時は、ちゃんと自分の気持ちを言ってください。わたしを傷つけるかもとか、余計な気遣いは不要です」


「満里奈……分かった。ちゃんとその時は自分の気持ちを話すよ」


「はい! よろしくお願いします」


 笑顔になった満里奈に拓は安堵する。けど、その反面で心の中にしこりが残った。


(俺にとってアキってなんなんだろう?)


 病気のことや、爆破計画のこと、考えることは山ほどある。だからか、あやふやにしてしまった自分の本心を確認することがこんなにも悩ましいということを今さらながら痛感した。

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