11話 突然の襲撃

 今朝もじりじりと容赦ない日差しが襲い掛かる。だが、不思議と拓は暑さを気にしていなかった。もちろん、汗はかいてるし、暑いかと問われれば迷いなく暑いと答える。なのになぜ気にならないのか。どうも意識が別のところにいっているせいで、暑さを感じる神経が誤作動を起こしているらしい。

 拓の目線の先には制服姿のアキがいる。

 それは当たり前なのだが、注目すべきは制服姿。


 うちの学校は、男子がごく普通の紺のブレザーに、赤のネクタイとありふれた制服だ。今は夏だからブレザーではなく、ただの半そでのワイシャツにネクタイ。正直、面白味のかけらもない。


 ――いや、男子に面白味を求められると逆に困るのだけど。


 ただ、女子に関しては少しだけ違う。

 冬は同じ紺のブレザーに、赤のネクタイ、紺色に赤と黒のチェック模様が付いたスカート。それは男子とあまり変わらないのだが、問題は夏の制服だ。急にアニメに出てくるような二本線のはいったセーラー襟が付いたワンピースになる。淡い緑のワンピースに白のリボンが揺れる、なんとも可愛らしい制服に一変してまうのだ。

 この制服は女子うけが良く、制服目当てでうちの学校を受験する女子も少なくない。男子側から見ても確かにかわいいと思うし、夏が近付くと衣替えが待ち遠しいのかソワソワする者まで出没くらいだ。

 拓自身、その中のひとり。

 しかし、今朝アキの制服姿を見た瞬間、軽い衝撃波を受けた。

 彼女は別格。そう思った。

 うちの高校の校則はそこまで厳しくない。髪の毛を染めることも、ある程度なら許可されている。しかし、染めている人はごく一部で、たいていの女子は黒髪だ。アキのように目立つブロンドはいない。

 昨日の夜は蛍光灯の光だけだったから分からなかったが、太陽光の下で見るアキの髪はまるで金の糸のように一本一本光り輝いていた。そんな彼女が涼やかな夏服を着こなし、拓の隣を一緒に歩いている。


(親戚設定がなかったら、恨みを買いそうだな……)


 親戚関係にしてくれたことに拓は感謝した。


「ねぇ、もしかして……あの人が相田さん?」


 唐突に指差し、アキが拓に問い掛ける。指さした方を見ると、そこにはこちらを見つめる博の姿があった。


「ああ、博だ。おかしいな……」


 いつもなら、この距離なら手を振って挨拶のひとつでも叫んでいるはず。なのに今日はこっちを見つめ、ただ立っているだけだった。


「おっ――っ!?」


 博に向かって手を上げかけた拓だったが、急激に顔が青ざめる。


「まずい、アキ……」


「どうしたの?」


 顔色が曇っていく拓にアキが心配しかけた時、立ったままの博がこちらへとゆっくりと近付いてきた。


「おはよう、博……えっと、君は?」


 どこかオドオドしている博に対して、アキはひときわ明るい声で話し始めた。


「はじめまして、アキと言います! 相田 博さんですよね……お会いできて嬉しいです!!」


「アキさん。拓……どういうことだ?」


 博のさわやか笑顔が今日はどこにも存在しない。今にも泣きだしそうな気弱な顔だ。


「いつの間に彼女作ってたの? 抜け駆け、裏切り者、最低……」


 突如、背後から掛かる声に拓は慌てて振り返る。気配を消して立っていた文也が悪い顔をしながら、アキと拓の顔を交互に眺めていた。否定の言葉が自然と大声となる。


「違うから! 彼女じゃないから!」


「彼女じゃないなら友達か!? こんな知り合いがいるなんて一言も聞いてない!」


 一番年上の博なのに、文也の背中に隠れて半べそで叫ぶ。

 博は頼りになる先輩だが、隠し事をされるとこうなる。俺が隠れて彼女を作っていたなんて有り得ない誤解ではあるが、記憶操作されていないふたりからすれば、確かにそう見えてもおかしくない話だ。


「……ごめん、俺の配慮が足りなかった」


「謝ってる。やっぱり彼女なんだ」


「違う! 断じて誤解だから!」


 文也も普段大人しいのに、こういう面白展開には悪乗りを喜んでしてくる。きっと文也はアキが彼女ではないことを分かっていての確信犯だ。


「説明するから……おい、アキからもなにか」


 アキの口からはっきりしたことを言ってくれないと話が進まないと思った拓が声を掛けるも、アキはどういう訳か目を輝かせながら博と文也を見つめていた。


「アキ……?」


「あの相田さんと宮下さんが目の前にいるなんて信じられない。 サイン色紙買っておくべきだったわ」


 なんて、アイドルの追っかけじみたことを言いながら、ふたりへと近寄っていく。


「今は時間がないので申し訳ないですが、握手だけいいですか?」


 至近距離まで近付くと、アキは文也にそっと手を差し伸べた。


「え? 俺、なんにもしてないんだけど」


「文也、握手しなくていいから! アキも! 握手する時間があるなら、とっとと俺への誤解をどうにかしてくれないか!?」


 アキは今にも舌打ちをしそうな表情で拓を睨んだ。


「睨まれる理由が分からないんだけど……」


「まぁ、いいわ。握手はいつでもできるから」


 頭を切り替えたアキは、今度は満面の笑みを文也たちに注ぐ。


「実はおふたりに大切なお話があるんです。誤解が大きくなる前に、何も聞かず、わたしの話を聞いていただけないでしょうか?」


 博と文也は少しばかり返事に迷った様子ではいたが、小さく頷き、アキの言葉を受け入れた。


「あとは満里奈さんだけね」


 アキの口から満里奈の名が出てきたことに、博と文也は不思議そうに拓を見遣る。


「片倉にも話を聞いてもらわないといけないんだ。ひとまず美術室へ行こう……朝早くから絵を描いてることが多いから」


 ふたりに状況を伝えつつ、拓は先頭に立ち、学校へと足を向けた。

 登校する生徒の横を擦り抜けながら、拓たちは生徒玄関へと辿り着く。美術室は二階にある。拓は生徒玄関の目の前にある階段へと目線を移した。なんともタイミングよく、ちょうど階段を上がっていく満里奈の後ろ姿が目に入る。


「満里奈だ! ちょっと呼んでくるから、みんなはアキとここで待っててくれ!」


 拓は上履きのかかとを踏んだまま、急いで階段へと走った。


「片倉っ!」


 拓の声に気が付いた満里奈が階段の踊り場で立ち止まり、少し驚いた顔で振り向く。満里奈をすぐに見つけられた安堵感から、拓は安心したように笑みを漏らす。しかし、その笑顔は一瞬で消え去る。踊り場には大きな窓があり、そこからは中庭と反対校舎が一望できた。いつもの拓ならば、そんな景色に目を向けることはない。だが、今日は目線が外へと向いた。

 レーザーのような細い光が瞳に入り込んだせいだった。向かい側の校舎の屋上からその光はまっすぐとこちらへと向けられている。


「満里奈、伏せろっ!!」


 その光の正体がなんなのかを考える前に、反射的に体が動いていた。満里奈の身体を強引に抱き寄せ、床へと押し倒す。

 その瞬間だった。

 激しい音ともにガラスの破片が頭上を舞う。朝の学校に悲鳴が轟き、穏やかだった日常は一変してしまった。

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