余命宣告を受けた俺が世界を救う理由

石田あやね

序章

はじまり

 高層ビルの5階から見下ろす景色に思わず喉を鳴らす。足元に目を向けると恐怖心から足が竦んだ。


 高さ15メートル。

 この高さから飛び降りようとしているなんて、なんて自殺行為だろうか。下から容赦なく吹き付けてくる風に幾度も足がふらつき、その度に嫌な汗が手の平を濡らした。


「大丈夫」


 拓の耳に彼女の力強い声が届く。握られた手に力が籠り、そこから伝わる温もりに不思議と心は落ち着いた。彼女の言葉で嘘のように恐怖心が薄れていく。


 ――アキ。それが彼女の名前。



 目を一度閉じ、深く息を吸い込み、ゆっくりと肺を空にする。覚悟を決め、拓は目を開けた。


「うん……いこう」


 ふたりは意志を確かめ合うように頷き交わし、同時に自分たちが飛び降りる景色に目を向ける。これは決して死ぬための決断ではない。

 生きるための決断をしたからだった。


 人は誰しも最期を迎える瞬間が必ずやってくる。それが生を受けた生き物の定めであり、運命だ。出会いと別れを繰り返しながら、人は長くも短い人生を歩む。そして、唐突に迎えるのだ。


 だが、拓は今自分の運命に逆らうための覚悟をした。


「俺は生きる」


 その言葉にアキは微笑む。


 運命のカウントダウンに合わせ、ふたりは手を繋いだままビルの窓からジャンプした。

 飛び降りた瞬間、拓の脳裏にいろんな出来事が走馬灯のように浮かび上がる。幼い頃の楽しい記憶、悲しく苦しい別れ、新たな友、苦渋の決断、運命のような出会い。自分の人生がもしここで終わってしまうとしたら、今までの生き方は正しかったのだろうか。


 拓は強くアキの手を握り締める。


 誰かの役に立って死にたい。

 拓はそんな言葉を言った当時のことを思い出した。


 生きることよりも、残された時間に何ができるかばかりを考えていたあの頃は拓にとっては苦悩の期間だったと言える。死にたいと思っていたわけでは決してない。だからこそ苦しかった。


 しかし、今は違う。


 ――生きたい。


 そう、はっきり言える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る