A県J団地の倉庫
ムラサキハルカ
すごくすごく大きな……
こんな話を聞いた。
A県N市M区にJという団地がある。
背の高い棟が三つほど連なったそこは、昨今の少子化もなんのその、共働きの子連れの家族が多く住んでいる。
J団地に住む子供たちは、その多くが親の忙しさを理解しているからか、小学校の集団登校班単位で登下校ともに一緒にいることが多く、上の学年の子が下の学年の子の面倒をよく見てくれると評判だった。それは小学校を卒業した後の子供たちも変わらず、個人差はあれど時間が空いているものが年下と遊ぶという部分はしっかりと確立されていた。
こうした頼もしい子供たちに多くの親たちも甘えているところがあるからか、半ば児童を託児所に預けるような感覚で任せっきりになっているものもそれなり見られた。こうした経緯もあり、良きにしろ悪しきにしろ子供たち同士の絆は自然と深まっていった。
そんな子供たちの集団ではあるが、当然、世代間での人数差や各々の予定もあり、しばしば年長のものが少なくなることがあった。面倒見の良い子供たちの多いゆえそんな状況であっても年下の子たちに目を配ろうとするが、いかんともし難い人数差に加えて、年少者特有の無尽蔵な体力なども相まって、どうしても監視の目に漏れが生じる。とりわけ、鬼ごっこや隠れんぼといった遊びなどになれば、ずっと付いているというわけにもいかず、年長者たちの目が届かないところに小さな子供たちがいってしまうことがある。それ自体は子供の安全的にはあまりよろしくないにしろ、しばしばやむを得ず起こりうる以上、過度に問題視すべきではないのかもしれない。しかしながら、実際に問題が起こってしまったとなれば、別だろう。
つまり、今回はそういう話なのだ。
ある夕方、六年生のA君は隠れんぼの鬼をしている最中、集団内の最年少の女の子であるBちゃんがいつまでたってもみつからず、途方に暮れていた。みつからないまま、親が帰ってきはじめる子供たちの門限も近付いてきたのもあり、もう隠れんぼは終わりだと呼びかけて回ったものの、一向に反応がない。
この時点でA君は違和感を覚えたという。A君から見たBちゃんは幼いながらもかしこく素直で、遊びの終わりの合図に気付けばすぐに従うような子で、当時周りに何人かいた、わざと出てこないで遊ぶ時間を伸ばそうとするタイプではなかった。そんなBちゃんが出てこないからには、何かあったのではないか、と自然な思考で行き着いた。
すぐさまA君は既に帰宅している親などにも呼びかけた上で大捜索を行った。各お宅を訪ねて、Bちゃんいませんか、と訪ねてまわった。しかし、Bちゃんはどこにも来ておらず、そうこうしているうちにBちゃんの両親が帰宅し、団地はこの父母を中心として混乱状態に陥ることとなった。
団地内で一通りの確認が行われた後、すぐさま捜索届けが出されたが、それでも一向にBちゃんの足どりは掴めないままだった。しかし、三日後、有力な目撃情報が寄せられることとなる。
それはA君たちとともに遊んでいたC君という気弱な男の子から寄せられたものだった。
「Bちゃんが黒い服を着たすごくすごく大きな男の人に、団地脇の倉庫に入ってった」
この証言が最初にされた時、この三日間黙っていたC君と同行していたその両親に対して、Bちゃんの父母から罵倒にも近い糾弾がなされたあと、ただちに件の倉庫の捜索が行われた。
しかしながら、倉庫内はもぬけの殻だった。それは比喩ではなく置かれているものはなにひとつなく、指紋の類も見られず、ほのかに埃が積もっているくらいだった。元々何年も使われていなかった場所であったらしく、最初から何もなかったのか、あるいは犯人とおぼしき、『すごくすごく大きな男の人』が痕跡を一つ一つ消していったのかは、最後まで判断がつかなかったらしい。
C君の証言に戻る。
「二人が倉庫に入っていく時に、すごくすごく大きな男の人が睨んできたんだ。誰にも言うなって言われてるみたいで……ぼくも言いたくなかった」
発覚が遅れたのはこの口止めとは言えないような一睨みがあったかららしかったが、興味深いのはこの『すごくすごく大きな男の人』の特徴である。先程から嫌というほど強調している『すごくすごく大きな』という点も比喩ではなかったらしい。C君曰く、団地の倉庫よりも少し高かったのだという。ちなみにこの倉庫は少々大ぶりで高さが四メートル近くある。更に男の顔立ちは異様に平べったく、C君によれば、絵本で読んだのっぺらぼうに適当に顔を落書きしたみたいな感じだったとのこと。その無機質かつ雑な顔に睨まれたC君は竦み上がってしまったのだ。
こうして寄せられた有力な証言であるが、その後もBちゃんと『すごくすごく大きな男の人』は見つからないまま、今日までいたっている。これだけであれば、ほんの少し珍しい誘拐事件というだけだろうが、話はこれで終わらない。
事件から三ヶ月後、今度はC君がいなくなった。Bちゃんの時と同じような状況に、この時、最年長だったDさんはすぐに類似性に気が付き、呼びかけをして回ることになる。
事件後しばらくは大人・子供ともに警戒していたが、ある程度、何も起こらないままであったゆえに喉元を過ぎて熱さを忘れたのか、以前の日常が戻りはじめていた(と、皆が皆、思い込んだ)。そんな心の油断を突くような犯行だった。しかも、被害者は前回、有力な証言を残したC君その人である。犯人、あるいは関係者は団地内にいるのでは、となるのも自然な想像である。警察の捜査も団地内を中心に再びの取り調べが行われたが、C君の足どりは掴めないままだった。そんな中、
「すごくすごく大きな男の人に肩を抱かれて倉庫に入っていくC君を見た」
と事件の一週間後に証言したのは、Dさんの一つ年下のFさんだった。事件後、Fさんの様子がおかしいと気付いたDさんが問い詰めたところ、発覚した。前回の事件と同じようにC君の家族によるFさんの家族に対する罵倒が行われた(注:以前の事件後、Bさんの家族を中心として苛烈に責められ参っていたのもあってか、この時のC君の両親の激昂は度を越していたらしい)あと、Fさんもまた、C君同様、すごくすごく大きな男の人に睨まれたことを語った。
その後については多くを語る必要はない。何せ、ほとんどがC君の証言の焼き直しだった。つまるところ、どこへ行ったかもわからない『すごくすごく大きな男の人』をなんとかして捕まえなくては解決のしようがなかったのだが、その兆しは一向に訪れないまま、再び三ヶ月後、今度はFさんが同様に行方不明になり――
以降、団地内で倉庫の前に現れる大きな大きな男の人について語ってはいけないことになった。今でもJ団地に多く住む共働き家族の子供たちは、まっすぐに家に帰って戸締まりをし、なるべく外に出ないよう言い聞かせられると言う。
A県J団地の倉庫 ムラサキハルカ @harukamurasaki
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