第13話 本屋2
スミカが本屋のレジに近づいていくと、気づいたニケが振りむいた。
「お。きたきた」
「何か買ったの?」
さっきニケの購入シーンがちらっと見えていたので、スケッチブックを買ったらしい、というのは一応わかっている。
「ん。これ」
ニケが手のひらを上に向けると、さっき消えたはずのスケッチブックが、シュンッと再びあらわれた。便利な収納機能だ。そして現実世界でのニケが、「絵を描くのが趣味」と言っていたのをスミカは思い出した。
「こっちでも絵を描いてるんだ。そういえばチュートリアルの森でもスケッチしてたよね?」
「まあね。描いてると落ち着くというか。こっちの世界をスケッチするのも楽しいよ。リアルの方には持ち出せないけど。あ、スクショはできるんだけどねー」
「そうなんだ。……ん? ということはこの本が読めるのもこの世界でだけなのかな?」
スミカは手にしている本に目をやっている。
「そうだね。それにもしもさ、お金とかを持ち出せたらさ、モンスター狩りまくって貯めたお金で、リアルで豪遊とかに使っちゃう人が出てくるだろうし。それはダメだよね」
「そうかぁ。そうだよね」
スミカが納得していると、レジの男の人も話に加わってきた。
「ふむ……。それにリアルマネートレードといって、ゲーム世界と現実世界とのお金のやりとりが簡単にできてしまうと、いろいろ問題があるからね。そこのところは制限をかけておきたい、というのもあるだろうね」
落ちついた話しぶりだ。
ひょろっとした背の高い眼鏡で、ロマンスグレーな短髪と口ひげのおじさまだ。なかなかなダンディ感がただよっている。
「あ、こっちのおじさんはヴィンセントさん。んで、こちらはカスミ……じゃなかった、スミカね」
ニケが紹介してくれた。知りあいらしい。
「ど、どうも……」
スミカが人見知りな調子であいさつする。
「スミカちゃんだね。うん」
そしてスミカの顔をしげしげと眺め、
「なるほど。ニケちゃんがこっち来たとき毎日のように話してたのは、君のことだったんだね。よろしく」
「ちょ、ちょーっと! おじさんっ!?」
急に顔を赤らめて、ニケさんがあわてはじめた。
毎日のように? 話してた? とは? スミカの脳内でクエスチョンマークが林立する。
「そう。毎日。ニケちゃんは今日学校で見たスミカちゃんの言動、ふるまい、表情、しぐさの一部始終を
ヴィンセントさんが、ニケの恥ずかしい日常を暴露していった。ちょっとおどけた感じの、からかい口調でもある。
「わーっ、わーっ!」
耳の先まで真っ赤になったニケ氏が、話の先をなんとかさえぎろうとがんばる。そして明らかに話題をそらそうとして、
「そっ、そっ……。そうだ! それでスミカも何か買うのっ!?」
「ん? うーん? うん……?」
急に話が自分に向いてきて、目をパチクリさせながらもスミカは手もとを見た。そこには、ここまでしっかり持ってきてしまった本がある。
買うつもり、ではあるのだが。
「でもねえ……。全財産をかなり使っちゃうんだよねえ」
と、この期におよんで、まだ迷ってもいる。
「いいじゃん、買っちゃえ買っちゃえ!」
ニケが煽ってきた。
「えー……。私、貧乏になるよ?」
受付でもらった、なけなしの5000Gだ。
「だいじょうぶ。モンスター倒せばお金は手に入るし!」
「そういうものなのかなぁ……」
「だいじょうぶ! わたしも手伝うから! 穴場の狩場、知ってるから!」
するとヴィンセントさんが
「ふむふむ。ルーキーの子をそそのかして、ニケちゃん悪い子だね☆」
破壊力抜群のウインクである。
「ぐはぁ……っ」
ロマンスグレーの流し目ウインクに、ニケのハートが粉砕された。その間にスミカの心は決まった。
「よ、よし! これください!」
「はい。ありがとう」
ヴィンセントさんはウィンドウ画面を出し、トントンと指を走らせる。
「では、スミカちゃんもウィンドウを出してください。支払いの画面が出るはずだからね」
「あ。はい」
あわててウィンドウを表示させると、会計画面がすでに表示されている。『購入する』のボタンをタップ――すると無事精算が完了した。
「おお……」
はじめてのお会計にスミカはちょっと感動してしまった。慣れない決済方法を使うときは、ちょっとドキドキしてしまうものだ。
「はい。ご購入ありがとうございました。買い物の仕方はわかったかな?」
「はい。ありがとうございます」
ヴィンセントさんは買い物のチュートリアル的な役割をかってくれたらしい。
「よ、よーし。じゃあスミカ、行こうか! おじさん、またねーっ」
まだ少し顔の赤いニケが、スミカの手を引っぱって外に連れ出そうとした。
「う、うん。あの、ではまた」
スミカがぺこり、と一礼すると、
「はい、またのお越しを」
本屋の店主もニコリと微笑んだ。
店の外に出ると、ふぅ……とニケがため息をついた。
「あぶないあぶない。おじさん、案外おしゃべりだなあ」
「ふーん? で、何がおしゃべり、なのかなー?」
スミカは軽いジト目でしっかりつっこむ。もちろん現実世界でのスミカの日常をこっそり観察して、こっちでヴィンセントさんにしゃべりまくっていたことについてだ。
「ぎくりっ。……まあまあ、それはそれとしてさ。街の真ん中の方に行ってみる?」
「真ん中? 何があるの?」
「ふっふー。それは見てのお楽しみ!」
◇
街の中心部は広場になっていた。おおまかに円を描くような構造で、それに沿って店舗や施設の建物がぐるりと囲っている。
そしてまず目に入るのが――門だ。
中央にもう一回り小さな円形のスペースがあって、そこには円柱のような石を使って組み上げられた簡素な門が、こちらも丸く立ち並んでいた。
「あの……門、みたいなのは?」
とスミカがたずねると、ニケは質問でかえしてきた。
「あの門、どう見えてる?」
「どうっていっても……門?」
「ふふっ。そりゃそうだけどさ。色がついてるのとないのがあるでしょ?」
確かに。ニケの言うとおりだった。門の出入りするところの空間が、もやっとした感じにゆらいでいて、かすかな光がにじんでいる。
スミカには、門のひとつだけが色づいて見えていた。
「ピンク? 朱色かな? ううん、それよりももっと薄い色? みたいな?」
「ほかのゲートは?」
「ほかは色ついてない」
「なるほどなるほど。そう見えてるわけね」
「ということはニケ……ちゃんには違って見えてるの?」
「まあね。そこが各エリアに行けるゲートになってるんだよ」
「あっ。行けるところは色がついてるとか?」
「そうそう! わかってるじゃーん」
「へへへ……」
おだてられたスミカさんがいい気になっていると、
「じゃあ行ってみる?」
「え。いきなり?」
いきなりはちょっと……と思うスミカだ。
ゲームをはじめて新しい情報がわーっと入ってきて、見知らぬ街の景色に圧倒されているのに、さらに新しい冒険エリアに行くのは、なんとなく尻込みしてしまう。
そんなスミカの様子をみてとったニケは、街の紹介にシフトした。
「冒険エリアに出るのはまたあとにしよっか。んで、あそこに建ってるいかにもって感じのが冒険者ギルド。あっちが商業ギルド。どっちもでかいでしょ? そしてこっちこっち。広場から路地に入っていけるんだけど、小さな通りごとにいろんなお店が集まっててね。冒険用の便利アイテムとか変なモノとか、小さなお店がずーっとあるから楽しいよ! ローブ専門店、杖専門店、帽子専門店! アクセサリー専門店とかも! ブローチ、宝石、魔鉱石、いろいろあるよ!」
「へえぇ……」
なるほど、とスミカも目で追っていく。
それから中央広場の空いたスペースでも、飲食の
さすが街の中心部といったところで、行き交う人も多く、活気に満ちている。
これ、みんなプレイヤーさんなのかなあ、と思いながら、スミカはちょっと離れたところの露天商さんが気になっていた。広げた敷物に並べられたアクセサリーっぽい小物が、日にきらきら輝いている。そこに座っている店主らしきおねえさんは、よく見るとスミカたちとあまり歳もかわらないようだ。ちょっとだけおねえさん? くらいな感じだ。
「私もお店ができたりするのかなあ」
「ステージが上がればね。スミカはルーキーのステージだから、お店関係はまだまだだったはずだよ。お店は信用が第一だからねー。それなりにステージを上げる必要があるわけですよ」
ニケさんの解説に、スミカも「たしかに」と納得した。
「それにお店やりたいって人は、ステージ上げのモチベーションが違うからねー」
「そうなんだ。ああいう……露店のお店とかも?」
やはり露天商のおねえさんが気になる。
「のぞいてみる?」
「うん」
二人が近づいていくと、
「はーい。いらっしゃーい」
気づいた露天商の少女が声をかけてきた。
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