河裸稞(がらら)
烏目浩輔
前編
日本の
どの城の堀にも水棲生物の営みがみられるものだが、大阪城の堀のそれは専門家の頭を悩ませているという。
周囲の川や池と繋がっていない大阪城の堀は、外部環境とのかかわりが完全に断たれている。そのような閉鎖された環境に棲む生物は、餌や栄養を充分に得ることができない。ゆえに生態系がさほど発展しないのである。
しかし、大阪城の堀はその常識から外れており、非常に多彩な水棲生物が認められる。閉鎖環境下では異常といえるほど生態系が豊かなのだ。
生物学者たちもその事実には首を傾げるばかりで、これまで不可解な例外として扱ってきた。
だが、不可解な例外の
大阪城の河裸稞を説明するには、戦前までさかのぼる必要がある。
戦前の大阪城周辺地域で奇妙な伝染病が蔓延したことがあった。激しい嘔吐を何度も繰り返すうえに、昼夜問わず糞尿を垂れ流すため、
いずれにせよ、当時の
すると、民衆のあいだにある噂が広まりはじめた。これは
一度呪いだという噂が流布されはじめると、多くの民衆がそれを信じた。死者が増えれば増えるほど、その噂は広まっていったのである。
そして、
迦紗は高位の神社に仕えている巫女であり、若くとも霊妙な力に通じていると
まもなくして民衆は迦紗に
迦紗は三日三晩祈祷を続け、はたして神の声を授かった。その神託はすぐに民衆に伝えられた。
――
つまり、大阪城界隈に蔓延している呪いは、外国からきたものだと結論づけたのだ。それを聞いた民衆たちは
劉一家は大阪城のほど近くに住んでいる中国人の貧しい家族だった。屑板を組み合わせだけのみすぼらしい家に、夫婦と十歳になる娘の三人で暮らしていた。
当時の大阪城界隈で外国にかかわりがあるとすれば、中国人の劉一家に限られていたため、呪いは彼らの仕業であると考えられたのである。
民衆はもう一度迦紗に
迦紗は再び三日三晩の祈祷を行い、呪いへの対処法を神託として民衆に伝えた。
呪い返しは呪術者に死をもたらす必要があり、この呪いをおさめるには劉一家の命を奪わなければならない。ただし、単なる死であれば呪いは再び戻ってくる。ひどい苦痛を伴う死を与えてやることで、呪いはこの地を恐れて二度近づかなくなる。
つまるところ迦紗は、
民衆は劉一家と捕らえると、迦紗の言葉に則って、拷問の末に一家を殺害した。
最初に命を奪われたのは十歳の娘である劉
民衆は夏の太陽のもとで、苡鈴を裸に剥き、手足を縄で縛りあげた。それから、苡鈴を数名で取り囲んで、彼女の全身に彫刻刀で浅い傷を無数に刻んでいった。
実は痛覚が多く存在するのは皮膚の表面だ。浅い傷を無数につけると失血死などには至らないが、気が触れるほどの恐ろしい痛みが発現する。深い傷をひとつつけたときと比べれば、何十倍もの苦痛だともいわれている。ようするに、簡単には絶命させぬように、かつ耐えがたい痛みを与えられるのだ。
そうやって民衆は苡鈴の顔面や
さらに民衆は苡鈴のまぶたを縫いつけて、目を閉じられないようにした。夏の陽に焼かれた目玉はどんどん乾涸びていき、とうとう視力を失い、なおも乾涸びていってぼろぼろと崩れていった。
いつしか全身の傷に
そして、娘の苡鈴がそうやって死んでいくさまを、民衆は父親と母親に見せつけた。
苡鈴が死ぬまでは両親にいっさい拷問を行わず、しかし手足を縛りあげて動きは封じ、拷問されている苡鈴のそばに捨ておいていたのだ。
拷問に苦しみ続ける娘のそばで、両親はなにもできずに泣いていた。
もう殺してやってくれ。両親は民衆にそう懇願したという。
苡鈴が死んだあとは、母親の劉
中国に
紅花にはその凌遅刑が行われた。民衆は紅花を裸にして大木に縛りつけ、ふくらはぎの肉から
ふくらはぎが終わると同じ要領で太ももの肉を削いだ。さらには腹の肉も削ぎ、尻の肉も削ぎ、背中の肉も削いだ。削いだ肉を周囲に捨てていたため、何匹もの
頭部の肉を削いでいる最中に紅花は死亡したが、失血による死ではなかった。激しい痛みを長時間にわたり与えられていたために、心臓が耐えられなくなって死亡したのだった。
後編に続く
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