婚約者を寝取られた間抜けな当て馬令息と呼ばれたけれど

里見 知美

前編

「ここにお前の嫁を用意した」


 親父に呼び出され、執務机の上にある3冊の釣書を見た。


「3人もいりませんが」

「当たり前だ、たわけが。お前に3人も養う甲斐性があるとでも思っているのか」

「というか、違法ですよね」

「この中から一人を選べといっているんだ、馬鹿者」


 伯爵家の三男坊である俺、イライアスは中央の文官をしている。


 めちゃくちゃハンサムで色男の長男ヒューゴは、多分、本日を以て父になる。兄嫁が臨月でうんうん唸って、いや叫んでいる最中にわざわざ呼び出され、新品のタオルを山ほど土産に持ち帰った。これは本日の兄嫁様に使われるのだが、その後オシメになるらしい。あればあるだけ助かるというので、王宮に来ていた商人に頼んで持てるだけ買って帰ってきたよ。


 かれこれ、6時間ほど唸ってるらしいんだが、大丈夫だろうか。ヒューゴは心配しすぎで下痢ピーになり、寝込んでしまったらしい。あんた何してんのって感じなだけど。役に立たねえ。あ、どのみち男はこういう場面役に立たないんだと。そんなもんか。


 兄嫁の腹の出っ張り具合から、これは男に違いない、我が家にまたしても男が増えるとガッカリ気味だったおかんは気を持ち直して、いよいよ俺に期待をかけたらしい。


 次兄のヘイミッシュはすでに3人の年子の父で、辺境で騎士なんかやっていたりする。あちらは腕を買われて辺境伯家に婿入りしたので、年に一回顔を見ればいいところ。その年子も皆男でまあ、向こうではよくやったと褒められているらしいが、うちのおかんは口を尖らせた。ヒューゴの妻、義姉はちょっと歳が上で今回がおそらく最初で最後の子供だろうということで、おかんも胎教が〜とか、いいお茶が〜とかやっていたが、やっぱり男が生まれてくるらしく。いや、まだわかんないんだけどね?


「もうあなたしかいないのよ、イライアス」

「いや、俺が産むわけでもないし。こればっかりは、運というか、なんというか」

「男女の産み分け、寝技とか時期とかツッコミ具合とかで選べるらしいのよ!」

「いや、ツッコミ具合ってあーた…」

「お父さんのは短すぎて」

「ゲフン!ゲフン!!ともかくイライアス!お前はこの中のどれか選んで子作りを励んでほしい!女の子だ!女の子を所望する!!」

「無理言うなぁ〜」



 さて。そんなわけで急遽、俺の婚約者選びが開催された。


 いや、確かに中央の官僚だけどさ。文官とは聞こえはいいけど、いわゆる雑用係で、俺は庶民の質問箱の応対に追われる毎日だ。貴族令嬢とのつながりも全っ然ないし、百数人もいる文官の端っこで平民相手に走り回ってる俺に、これといって旨味があるわけでもない。


 おまけに学生時代に婚約破棄なる物をされてる俺に、これでもいい、と選んでくれる貴族令嬢なんていなかった。現在23歳。婚約者はいたけど、手を握るより前に寝取られたんで、彼女いない歴そのまま実年数。いつでも恋人募集中だけど、誰一人としてお声をかけてくれない。


 元婚約者、子爵令嬢だったんだけど、これっぽっちも交流してこなかったんだぜ。いや贈り物もしたし、デートにもお茶会にも誘ったさ。ただ、その当時第3王子も学園にいたからさぁ。そっちに流れちゃったんだよね。だって俺、その頃から彼女曰く『うだつの上がらない伯爵3男』だったし?婿入りするって話もあったんだけど、その前に彼女が妊娠したーって騒ぎ出して、その後殺傷事件起こしちゃったんで。


「女怖っ!」って思っちゃって、こちらから声かけるのもちょっと引き気味になったってわけだ。


 元婚約者は脳内処女こんなの初めてアハン♡な人で、第3王子と愉快な側近たちに美味しくいただかれたらしくて、誰が父親かわからないとなったところで、うちのおかんがブチ切れて。まあ、そんな女の婿にとか嫁にとか、俺だってやだ。


 そんなこんなで、何人かのアハン♡な女の子もつまみ食いされてたみたいで、その子達はまとめて極寒恐山かんごくの修道女になってるし、王子と側近連中はナニを取られて去勢後、炭坑へ直行。で、その後フラれてあぶれた男どもの嫁取り合戦が始まったんだよね。


 俺、乗り遅れちゃったわけだけど。


 寝取られた貴族子息が焦りまくって手当たり次第な猛獣状態近寄るなキケンになったところで、国王の救済処置が発令。――まあ、元はと言えば自分の息子のやらかしだもんね。で、全国お見合い大会が始まったんだけど、またしてもそこでも波に乗り遅れて(おかんにはしばかれた)。


 だってさぁ。女一人に取り合いになって目の色変えて、決闘だの鉱山一つプレゼントだの。そんで女の方も「あらやだ。あたしモテ期?!喧嘩はやめて、私のために〜」ってもうほとんどオークション状態よ?数人のシングル同士、冷めた目で見てたわけだ。お見合いじゃなかったのこれ、って。


 白けてる間に猛勉強して、おかげさまで文官の地位獲得。仕事がゲットできてラッキーだったけど。如何せん、伯爵家3男に高官に進む道は、余程のことがない限りないわけで。世知辛い人生だよ、ホント。


 俺は長兄ヒューゴのように白馬の王子様(兄嫁談)みたくキラキラしてもいないし、頭も兄ほど良くない。次兄ヘイミッシュみたいな白い歯きらりんの筋肉もりもり騎士様(兄嫁談)でもない。どこにでもいる中肉中背にメガネの文官男だからねぇ。あー……自分で言ってて傷つくわ〜、これ。


 閑話休題。


 女性陣にもその波に乗り遅れたの売れ残りがいたらしく、指咥えて(たわけではないけれど)おこぼれを待ってた俺にもチャンス到来。

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