第30話

展望台でのひとときを過ごした俺達は夕食を食べるために、全国チェーンのファミリーレストランに来ていた。


「さて、それじゃあなにか注文しようか。まなもそろそろ指輪に見惚れるのは終わりにしてさ」


今言った通り、まなは俺がプレゼントした指輪がひどく気に入ったようで、先程の移動中から今まで、ずっと自分の左手を見続けていた。


俺としてはとても嬉しいことだが、そのせいでしばらくまともに相手にしてもらえてなく、少し寂しい。


「まな?おーい。まなってば!」


「え?あ、はい!どうしました?」


「指輪を見るのはそのぐらいにして注文をしないと。それにいくら指輪が嬉しくてもそれを上げた張本人が無視されるのはちょっと寂しいな」


寂しい、か。


そんなことが本人に言えるようになるなんてな。


これはちょっと大げさかもしれないけど、キスをする前と後の二人の距離がぜんぜん違うんだ。


この間までは寂しいなんて絶対に言えなかった。


でも今はちゃんと言える。


それに、まなの反応を見る限りあっちも同じことを思っているはずだ。


「ふふっ、すみません。本当に指輪が綺麗すぎてついつい見入ってしまいました。これからは空くんがいないときだけにしますね」


「そうしてもらえるとありがたいよ」


そんな雑談を交えながら俺たちは食事を終えて家に帰るために地下鉄に乗った。


偶然二人座れる席を見つけて座り、俺たちは無言で過ごしていた。


家まであとなん駅かというところで、隣を見てみると、まなは静かに眠っていた。


首が前に落ちそうになっているので、まなを起こさないように支えて自分の肩に頭をあずけさせる。


そしてまた俺は無言でただ電車に揺られ続け、自宅の最寄り駅への到着が少しだけ遅れることを願っていた。


約十分後、次が最寄り駅だとアナウンスをされた俺は、まなを起こすことにした。


優しく肩を揺らして声をかける。


「まな、もう着くからそろそろ起きて」


声をかけたあとに数回肩を揺らすとまなはすぐに起きた。


「もう到着ですか?」


「うん、そろそろ着くから準備して」


そう言うとまなは足の間においていた荷物をすべて持ってすぐに準備が完了。


俺たちは駅に到着すると同時に降車して、早く家に帰りたいと言わんばかりに早足で帰路についた。


どうしてそんなに早く帰りたかったのか。それは後ですぐに分かるだろう。


「ふ~、やっとついた」


「なんだか長い一日でしたね」


「そうだね。でも楽しかったよ。それに、今日は特別な日になったしね」


「そうですね」


家に到着した俺たちはなぜか緊張していた。


俺たちがそう思ったのは、多分同じタイミング。


地下鉄内で、まなを起こしたときだ。


俺の肩に頭をあずけていたこともあって、まなが顔を上げたときに超至近距離で目があってしまった。


そして、俺たちは初キスを終えたばかり。


そんな距離で目があってしまえば意識をしてしまうのは当然だろう。


だから俺たちは早足になって帰ってきたのだ。


「ねえまな。今俺たちが考えてることって同じ気がするんだけどまなはどう?」


「そうですね。私もそんな気がします」


そう言ってまなは目を閉じる。


俺はゆっくりと唇を重ねた。


先程のとは違う、とても長いキス。


そして唇を離してまた見つめ合う。


なぜかはわからないけどふたりとも自然な笑みがこぼれた。


「さて、お風呂でも沸かそうか。今日は歩き回ったからね」


「わかりました。それじゃあお風呂が沸くまでコーヒーでも飲みながら待ちましょう」


「いいね、そうしよう」


それにしても今日は本当に長い一日だった。


それでも、まながいたおかげで楽しい一日でもあった。


まなはどうかわからないけど、俺は今日一日でまなへの気持ちが凄く強くなった気がする。


気持ちっていうのは、好きっていうのもそうなんだけどそれだけじゃなくてまなを幸せにするっていう気持ち。


そして俺はこれから先、その気持ちを一番に優先することを決めた。

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