第14話

えりこさんがまなを呼びに部屋を出てから約数分後、ふたりが部屋に入ってきた。


心做しかまなの顔が暗いが、えりこさんは満面の笑みだ。


「ほら、連れてきたぞ」


「空くん、なんで来たんですか? 手紙には来なくていいと書いたはずなのですが······」


「え? あ〜」


どうやら俺は勘違いをしていたらしい。


僕が見た手紙には確かにそういう旨が書かれていたが、涙の跡があったせいで本心ではないと思ってしまったのだ。


「ごめん! 手紙は確かに読んだよ。でもさ、もしまなに何かあったらって思ったら気が気じゃなくてさ」


「いえ、来てくれて嬉しいのは事実ですからもう大丈夫です。ところで、えりこさんとは何かお話しましたか?」


そう言われて、俺は少し黙ってえりこさんの方を見る。


彼女は自分には関係ないといった感じで、ゆっくりとコーヒーを嗜んでいた。


「その〜、まなの両親がさ! 帰ってこないのかなーとかそういう感じのことを聞いてたんだ! それだけだよ」


「そうですか」


とは言っているが、少し納得のいかない表情が見える。


「えりこさん、俺たちもう帰っても大丈夫ですか?」


「ん? あぁいいぞ。まなと話したいことは話せたし、それにお前の顔も見れたしな」


「そうですか。それじゃあ失礼しますね。行こうまな」


「はい。えりこさん、また今度ゆっくりとお話しましょう。次は私からここに来ます」


「わかったよ、もうお前らのとこには行かないから。その代わり約束は守れよ?」


約束? なんのことだろう。


「はい。それでは失礼します」


俺たちは二人で家を出て、ゆっくりと歩き出した。


最近は二人の空間に慣れてきたと思っていたが、今、この空間が、少し気まずいと思ってしまう俺がいる。


何か話さないと、とか考えているうちに先に口を開いたのはまなの方だった。


「髪型! その、似合って、ますね······」


どうやらまなも少し緊張しているらしい。


「ありがと、まなに似合う男になりたくて今日切ってきたんだ」


「そうなんですね、前の髪も好きでしたけど、今の髪もかっこよくて好きです。それに今はしっかりと目を見て話せますから、嬉しいです」


やはりどこか緊張が見える。


「まな、えりこさんに無断で家を出たの?」


そう聞くとまなは小さく肩を動かした。


やはりまなが緊張している原因はこれだろう。


このまま知らないふりをしてもいいが、それはまなのためにはならない気がした。


「別に責めようとしているわけじゃないよ。たださ、結婚っていうのは俺たち未成年が勝手にしていいものでは無い、というのは理解してるよね。だからあの日、朝早くに俺の家に来たわけでさ」


「わかってます、ごめんなさい······」


まなは俯いて小さな声でそう言った。


「大丈夫だよ、謝る必要なんてどこにもないんだ。ただ少しだけあの時の行動に疑問を持ってくれればね」


「はい、自分でも分かってはいたんです。でも、あの時えりこさんに結婚のことを話しても恐らく止められていました。だから私は反省はしても、後悔はしません」


そっか。


なんともまならしい答えだ。


「この話はもう終わり! 早く家に帰ってご飯食べよ?」


「そうですね。早く帰りましょうか」


「今日は俺もご飯作り手伝うよ」


「急にどうしたんですか?」


「今日家に帰ってまながいなくてさ、その時に気づいたんだ。まなが近くにいてくれることがどれだけ凄いことか。だから今日はまなとできるだけ長く一緒に過ごしたいんだ」


我ながらなんとも臭いセリフだな。


それでも俺は伝えたかった。


今目の前で起きていることが、当たり前では無いことに気づいてしまったから。


俺には両親がいるけど、まなは本当はいなくて、でもいると思い込んでいて。


まなはそんなことには気づいていないけど、そんな話を聞かされてしまったら、俺がまなに両親の分も愛情を注いであげないといけない気がしたんだ。


「ふふっ、確かにそうですね。私も今日は空くんと一緒にいたいです」


さて、どうやらまなは今日も安定で可愛いみたいだ。


この子が持ち合わせているトラウマも、俺からすればこの子の一部。


俺はそれも含めてまなの全てを愛している。


今はまだこのままでいいけど、まなにはいつか事実を知って貰わないと行けない日が来る気がする。


その時も俺は、そばにいよう。


そして二人で乗り越えよう。


俺は隣で儚く笑うまなに、心の中でそう誓った。

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