第二・五章
咲がついた嘘
光の事を、ビンタしてしまった。途中までは、大丈夫だったのに指を絡ませた瞬間、過去のトラウマを思い出してしまった。
「ごめん、光」
ベッドの上で枕を抱きながら横になる。不安な事があった時、枕を抱き枕にすると落ち着く。
「反射でビンタしちゃった」
気づいたら、光の手を振りほどいて、ビンタをしていた。自分でも止められなかった。自己防衛反応なのかな。光は、危険な人じゃないのに。
「ビンタしないようにしないと」
自分の手の平を眺める。ふと、自分の小指に目がいった。
「光、手のつなぎ方、優しかったな」
小指だけ繋ぐのは、手を繋ぐのに入らないかもしれない。だけど、元カレ以外の男性と初めて手を繋いだ。また、ビンタしてしまうかもしれないと思ったけど、小指だけなら、何とか踏みとどまれた。
「ふふ。高校生でも、小指だけ繋ぐなんてしないよ」
私と光がした行動を思い出すと、おかしく思えた。ビンタしてしまった自分のせいで招いた結果だけど。
「光ごめんね」
ビンタしてしまった事に罪悪感を覚える。明日、もう一回謝ろう。
「ビンタもしてしまったし、嘘もついた」
私は、光に嘘をついてしまった。
「好きな人なんて、いないんだ」
私に、好きな人はいなかった。迷っている光の背中を押すために言った嘘。光の恐怖症も治したかったし、自分のトラウマも克服したかった。
光と私で、一緒に恐怖症を克服したい。
頭の中で描いた、一方的な理想を叶えるための嘘だった。
「私、最低な女だね」
自分の性格が嫌になった。
『光、起きている?』
心の中で、こみ上げてきた罪悪感から逃げるために、メッセージを送る。
『起きているよ』
『今日、ビンタしちゃってごめんね』
『全然、気にしないでいいよ。気にしてないから』
『ありがとう』
『咲』
『ん?』
『本当に、この関係を続けていいのか?』
光は、優しい。悪い人なら、都合よく利用できる関係なのに、利用しようとしない。それどころか、本当に良いのか、ためらっている。
『大丈夫。お互いのトラウマを乗り越えるためだから』
『そうか。トラウマを乗り越えた後はどうなる?』
『元の関係に戻る』
そうメッセージを送るが、多分元には戻れなくないという直感がよぎる。そんな未来が、待っている気がする。付き合うかもしれない。または、どちらかから距離をとることになるか、お互い距離をとって他人になるかもしれない。ただ確実に言えるのは、前みたいに気軽に連絡して、話しをする友達のような関係には戻れなくなる。そんな気がした。
『わかった』
光が、さっきのメッセージを見てどう思っているかわからない。文字だけみたら、納得しているように見える。だけど、心の中では疑問を持っているかもしれない。
メッセージアプリは、気軽に連絡が取れるが、相手が思っている本当の気持ちがわからない。
『ねぇ、今度リハビリを兼ねて一緒に出かけない?』
光は、前に『怒る時はちゃんと怒るし。嫌な事はちゃんと嫌と言う』と約束した。だから、この関係は、心のすれ違いが起きると、破綻してしまう。光と一緒に、この関係にいられるために、定期的に会って本当の気持ちを知らないと。
『いいよ』
『どこか行きたいところある?』
『んー俺は特にないかな』
『なら、海を見に行こう』
『海? この時期に?』
『今だから、こそだよ。人が少ないから、リハビリをしやすい』
『なるほど』
『来週の日曜日。お母さんと出かける予定あって、土曜日しか空いてないけど、大丈夫?』
『うん、大丈夫だよ。土曜日ね』
『うん、融通が効かなくて、ごめんね』
『気にしないでいいよ』
『ありがとう。そろそろ、寝るね。おやすみ』
『うん。おやすみ』
連絡を取り終えて、携帯を閉じる。
「私は、とんでもない関係を作ったかも」
ふと、思った事を口に出す。友達以上、恋人未満の関係に加えて、恋人にしかしない手を繋ぐといった行動をして大丈夫という、異性に対するトラウマを克服するためのリハビリという関係。光に出会わなければ、思いつかなかった。
「似た境遇の人と出会うなんて思わなかった」
世界中を探せばいるだろうけど、同じ大学、同じ学科に似た境遇の人が、いるなんて想像もしなかった。多分、その偶然を知って、リハビリ関係が出て来たんだと思う。
「そろそろ寝よう」
部屋の電気を消す。
「光、また明日ね」
そう呟いて、私は目を閉じた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます