素敵な圧迫
呉勝浩/小説 野性時代
1
いい
まだ小学生になるかならないかのころ、押入れの隅っこに
成長するにつれ、身体が隙間を追い抜いた。押入れの圧迫はたんなる
どうやら世の中に、寝転べる隙間は多くない。隙間に寝転ぶこと自体、一般的ではないらしい。このさい寝転べずともよかったが、そういう問題でもないようだった。
通学路の排水溝、バスの長椅子の床。よさげな空間を目にするたび、その圧迫を想像し、むらむらするのを我慢した。教室の後ろに置かれた掃除用具入れ。いじめられっ子でなくちゃ閉じ込めてもらえない
仕方なく、勉強に励んだ。上京を認めさせるため、大学のブランド力を利用した。念願の一人暮らし。このワンルームに、どんな隙間をこしらえようか。つないだネットで
結局、冷蔵庫に行き着いた。トレイを抜き取った冷蔵室は、
身体が、大きく跳ねた。
『自由をこの手に取り戻しましょう!』
若い男性の
『この息苦しい社会の、腐った大人の、権力者たちの、好き勝手はもうたくさんだ!』
みんなで声をあげようぜ──絶叫が途切れ、いかにも機械的なアナウンサーの声が、国会がどうしたとかデモ隊の人数だとか強行採決の時期なんかを伝え、それがブチッと演歌に替わった。つづいてにこやかなトーク番組に、CMに、ダンスポップへと細切れに移り、そして消えた。
がくがくと、揺れは小刻みにつづいた。舗装道路じゃないようだと、ぼんやり思う。
手足を動かそうとしてみたが、
また、大きく揺れた。身体が前後にふられた。膝小僧がぶつかった。次いで後頭部に痛みが走った。ぶるるるるんと、エンジンの音だけが響いている。
うんざりしつつ、広美は状況を整理する。
ここは車のトランクの中。行き先は山の奥。たぶん、ダム。
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