有能なはずの俺が勇者パーティから追放された理由に納得しかない件について

七篠透

「お前、追放な」と勇者は言った

 魔王を倒し世界を救う。そんな使命を神々に与えられた勇者がいる。


 そんな勇者とともに、世界を救うための旅をしている者達がいる。

 俺もそんな者たちの一人だった。

 いや、その中でも、筆頭を自負していた。


 得意の剣で誰よりも速く敵を斬り捨て。

 大魔術で並み居る敵をなぎ倒し。

 収納魔術で補給線を支え。

 探索だってお手の物。


 誰よりも役に立つ、非の打ちどころのない人材だった……はずだ。


 しかしある日、勇者は改まって、仲間たち全員を揃えて、俺に言った。


「お前、追放な」


 当然、納得などできようはずもない。


「何故だ! 戦闘も補給も探索も、俺は十分な成果を出していたはずだ!」


 無能ゆえに追われるならまだわかる。

 補給線を支える人材としてめちゃくちゃ有能でも戦闘の役に立たないとかの誤解で追われるなら、弁明の必要はあれど、まだ動機としてはわかる。

 だが、そんな余地もないほど、俺は活躍していたつもりだった。


「確かにお前はすげー奴だよ。だがな、そういう問題じゃないんだよ」


 勇者は、呆れたようにかぶりを振った。

 活躍の問題でないなら何だ。

 コミュニケーションか。


「何故なんだ! 俺はみんなとも良好な関係を築けていたつもりだ」


 剣士の男とは暇があれば剣技を磨き合った。

 剣士は言葉より剣で分かり合うものだ、なんて言い合いながら肩を組んで一緒に飯を食いもした。


 魔術師の少女とは、よく魔導書を一緒に読んだものだ。

 俺が魔導書を読んでいるところに、膝に乗ってきて一緒に魔導書を読もうとするという行動は、俺が嫌いならできない行動のはずだ。


 長距離の行軍が必要な際には、パーティの回復役である神官の少女をおぶって歩いたこともある。

 嫌いな男に抱えられることを受け入れる少女はいないと思う。


「それもその通りだ。俺だって今回の追放はつらい」


 勇者も、辛そうな顔で言う。

 彼も、俺のことは信頼してくれている。

 それなら。何故。


「じゃあ本当に何なんだ! 教えてくれ!」


「言わなきゃわからないか?」


 勇者は、俺をじろりとにらみ上げた。


「わからん。言ってくれ」


 俺の頼みに、勇者は呆れたようにため息を一つつき、そして、ためらいながら口を開いた。


「お前が……」


「俺が……」


「常に上裸だからだよ! 謁見の時ですらも!」


 静寂。

 痛いほどの、沈黙。

 言いたくなかったことを言った勇者は黙り、俺もまた、返すべき言葉が何もないことを理解し、黙るしかない時間。


「戦うときにあなたの体から吹き上がる魔力が、服や防具を全て破壊してしまうのは、わかっています。あなたが必死にそれを制御して、何とか下半身だけは服が破壊されないように努力していることも」


 神官の少女のフォローは、逆に、それを理解したうえでなお、俺を追放するという意思決定がされたことを俺に突き付けてきた。


 彼女は口にはしなかったが、最初の頃は、敵の強さ次第では服の破壊を気に掛ける余裕を失い、たまに戦闘後に全裸になっていることもあった。

 きっと、それも影響しているのだろう。


「どこに行っても必ず後ろ指差されながら、露出狂の変態を連れてる、だの、勇者一行は全員変態にちがいない、だの、魔王討伐は絶望的だ、だの言われ続けるのにはもう疲れたんだ。……わかってくれよ……」


 泣き出しそうな勇者の声。

 その声で、どれほど彼らが切実に苦しんでいるのかを、俺は思い知った。


「わかった。今まで世話になった。……済まなかったな」


 俺は、追放を受け入れた。

 辛いが、彼らの方が辛いのだ。わがままを言うべきではない。


 俺は踵を返し、そこで勇者に呼び止められた。


「すまん……預けている共有財産は置いて行ってくれ」


「うっかりしていた。こちらこそ済まない」


 俺はまず、収納魔術内の金貨袋を全部出した。


「すごい量だな……」


「節約のたまものだな」


「節約? キャンプの時ですら豪華な飯を食ってた覚えがあるが」


「いつも、そこらの獣を斬り殺してたし、野草や果物も現地調達してたから豪華でも原価ゼロなんだ」


「いや野生児過ぎんだろ」


「肉はいるか」


「いや、いい」


 収納魔術から肉を出そうとした俺は勇者に止められた。


「じゃあ、あとは……」


 俺はズボンを脱いだ。

 俺の装備破壊体質問題を少しでも軽減するため、ドワーフの防具職人に用意させた、耐久性に極振りした特注のズボンだ。

 金貨100枚以上を費やして、さらにパーティ全員で素材を集めにいって、なんとか作ることができた、思い出の詰まったズボンだが、その価値を考えれば、置いていくべきだろう。


 続けて、同じ防具職人に用意させた、耐久性に極振りした特製のパンツを……


「フルチンになるのやめて」


 脱ごうとしたところで、魔術師の少女に止められた。


「ズボンもはけ! 袂を分かったとはいえ、仲間をパンツ一枚で放り出したとか余計に後ろ指差されるわ!」


 そして剣士の男にズボンをはかされた。


「わかった。ありがたく貰っていく。世話になったな」


 俺は、仲間たちに一礼して宿屋の部屋を出た。



―勇者一行―

 上裸の男が去った宿屋の一室で、勇者一行は頭を抱えた。


「なあ、この中でさ、この量の金貨袋を運べるやつ、いる?」


 足の踏み場もないほどに、うずたかく、積み上げられた金貨袋を見上げて勇者が呆然と呟く。

 宿屋の床が抜けないか心配なレベルだ。


「収納魔術はアイツしか使えなかっただろう。無論腕力でどうにかなる量でもないからな、これ」


 剣士の男が肩をすくめる。


「だよなぁ」


 勇者がため息をつくと、魔術師の少女が勇者の袖を引く。


「お兄さんの作るごはん、もう、食べられないんだよね……」


 魔術師の少女はまだ幼い。

 あの男をお兄さんと慕う魔術師の少女からすれば、今回の追放は、ほっとする味、憩いの時間の喪失だ。

 そして、旅の食事は、旅を続けるモチベーションにも深くかかわってくる。


「そうなるなぁ」


 勇者も、剣士の男も、神官の少女も、あの男の作る料理は好きだった。


「あの人、こんなにやりくり上手だったんですね……」


 呆然と呟く神官の少女。

 彼女は知っている。

 どんな宿に泊まる時も、必ず彼は、自分だけは必ず馬小屋に泊まっていた。

 食事も、旅の途中は自ら狩り、採ってきた食材で済ませ、宿に滞在する間も、宿のキッチンに手持ちの食材を持ち込んで値引き交渉を欠かさない男だった。


「すげえよなぁ……今からドワーフのところに行って、アイツの魔力でも破壊されない上着、作ってもらうのはどうかな。いや、もう遅いかもしれないけど」


「もう遅いだろ」

「もう遅いよ」

「もう遅いでしょうね……」


「だよなぁ……」


 勇者一行は、力なくうなだれた。



―上裸の男―

 俺は、一度だけ宿を振り返り、笑顔を形作ろうと頬の筋肉を動かした。

 うまく笑えているだろうか。分からない。

 こぼれそうになる涙を瞼の裏に押しとどめ、代わりに言葉を絞り出す。


「いい夢を、見させてもらったよ。ありがとう」


 変態にしか見えない俺を受け入れてくれる者なんていないと分かっていた。


 《野生の神》の加護。

 野生の、あるがままの大自然の力を解放する代わりに、衣服の装着に制限がかかる加護をその身に受けるとき、既に覚悟はしていた。


 勇者一行は、その力目当てであったとしても、一時的にでも、確かに俺を受け入れてくれた。

 野生化しすぎて、ベッドの上で眠ることができず、地面の上や藁の上で眠るほうが熟睡できる俺が一人で馬小屋で眠るという一見偏屈な行動に走ることも、そっとしておいてくれた。

 本能に従って狩猟、採集を繰り返す奇行を気にも留めず、俺の取ってきたものをいつだってうまそうに食ってくれた。


「それだけで……」


 それだけで、いい。

 それだけで、十分だ。

 その思い出だけで、俺は十分に報われた。


「我が生涯に一片の悔いなし! あとは、魔王軍を一匹でも多く道連れにするだけだ……!」


 俺は、街の外まで行くと、ズボンとパンツがはじけ飛ぶのも気にせず、《野生の神》に授かった力の全てを解放した。

 勇者でない俺が、魔王を殺せるとは思っていない。

 それでも。


「野生の神よ! 今こそ、あるがままの大自然の力を我が手にッ!」


 俺は走り出した。

 野生の意地を見せるために。

 俺の人生、最後の決戦に向かって。


 ※なお、フルチンである。

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有能なはずの俺が勇者パーティから追放された理由に納得しかない件について 七篠透 @7shino10ru

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