第23話 それが毒なら(23、静かな毒)
菫が魘されている。
深夜。俺は微かな唸り声で目を覚ました。隣で眠っている恋人が、冷や汗を浮かべ身を捩っている。押し殺したような、何か耐えているような声が、余計に辛さを感じさせた。
「菫、」
「……や……いきたくない……はなし……て……」
額の汗を拭ってやる。本格的に起こそうとして、嫌にはっきりとした声が、菫の口から零れた。
「反魂香があっても私には何も出来ない」
身体の芯が冷えるような感覚。こちらも痛みを感じるような、痛切な声。俺は菫を見た。この娘の力が何故人並みより強いかは、知っている。あくまで菫が知る話だけの情報源だが。目の前の菫がはくはくと、苦しげに口を動かす。もう耐えられない。
「菫。戻って来いよ。俺の側に」
苦しげな口へ息を吹き込むように、そっと口付ける。この娘の身に余る大きな力は、静かな毒のように心身を侵しているのだろう。常に。苦しげな息が、少しずつ落ち着いてきた。冷えた菫の手を握り、温める。
「ん……」
菫の指が、俺の指を絡めて微かに握り返す。このまま起こすかと、更に深く口付けた。菫の目がゆっくりと開く。名残り惜しいけど、最後に花びらみたいな唇を舐めて離れた。薄く部屋の明かりを点ける。
「晃さん……」
「悪いな。いつもはこんなことしねぇけど。すげー魘されてて苦しそうだったから、」
「晃さんが、助けてくれたんですね」
伸びて来た手が首に回されて、俺は大人しく引き寄せられることにする。涙の溜まった瞳が綺麗だなんて、怒られそうな感想を抱いてしまう。でも実際綺麗だしな。吸い込まれそう。
「ありがとうございます」
「どーいたしまして。身体は大丈夫か?調子悪いとか」
「大丈夫です」
少しは落ち着いたらしい。離れそうな菫の手を掴んで、また首へ戻す。不思議そうな顔が可愛くて困る。
「もうちょいこのままでいようぜ。明日休みだろ?やっぱ、キスは起きてる時にする方が良いし」
「え、真面目な顔で何言って、」
菫の後頭部へ手を滑り込ませて、上向かせる。首に回る手は解けない。
「俺と寝てんのに悪夢に菫の心持ってかれて悔しいんだよ。悪いけど今回は多少強引にさせてもらうぜ?」
菫の顔には思いきり不可抗力だと書かれている。知ってた。八つ当たりみたいなもんだ。悪夢からの寝起きに悪いとも思ってる。でも。
「少しずつで良い。俺の方を向いてくれ」
菫の目が丸くなる。菫に、というより菫の心に向けた懇願。呆れた表情になるかと思ったけど、違った。はにかんだような、優しい微笑。可愛い。聞いてない。
「……努力します」
見惚れている間に引き寄せられ、花びらが優しく唇に触れた。
「強引にされるんですから、これくらい良いと思います」
笑う菫に俺の理性は飛びそうになる。全く……。
「早く大学卒業してほしいよ、本当」
「あと少しですから」
白かった頬がほんのり朱に染まる。可愛くて思わず撫でた。
「ま、今はいろんな俺のキス覚えてもらうか」
菫から返ってくるであろう言葉ごと、俺はその口を塞いだ。もう後は自由にしてやれないから、悪夢を見る暇も無いだろう。
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