第13話 流されて(13、流しそうめん)
蝉の声が喧しい。
日差しが痛い。佐和商店へ向かう途中、榊は公園の前を通りがかった。外から、大きな木の側にあるすべり台が見える。ぼんやりそれを見ていると、バシャバシャと豪快な水音を聞いた。音はすべり台の方から。男が一人すべり台の脇に立ち、何かしている。
(掃除でもしてんのか?)
遊具の手入れ風景なんて珍しい。歩調を緩めて、すべり台に近付いてみた。ぎょっとする。そのすべり台には、どういう仕組みなのか、水が絶え間なく流れており、黒く細長い何かが大量に流れ落ちている。次から次へと、まるで流しそうめんのように。男はそれを長い菜箸のようなもので掴んでは、恍惚とした表情で片手に持つ真っ白な骨壷へと入れていた。
「は……」
飛び込んで来る情報全てに頭が追い付かず、榊は固まる。男がゆっくり振り向いた。
「暑いでしょう。あれもね、こうしてやると涼しいって喜ぶんです」
にっこりと、世間話でもするかのように話して笑う男に、木漏れ日が絶えず注ぐ。蝉の声が不意に聞こえなくなった。骨壷からは、水が静かに滴り落ちている。榊は、もう一度すべり台を見た。小川の清流のように澄んだ水が迸り、黒く細長いものが軽やかに流れ落ちて来る。
(ああ、)
髪だ、と呟いた声は音になったかどうか。榊は気付いたら店の前に居た。すべり台の光景は鮮明に覚えているのに、あの男の容姿は何一つ思い出せない。
「榊さん」
安心する声に顔を上げれば、菫が立っていた。手に塩の袋を抱えている。
「打ち水でも被ったんですか?上半身濡れてますよ」
言いながら、菫は手早く榊に塩をかける。榊はそこで初めて、自分が濡れていることに気付いた。
「あの……どこか、斎場とか、葬儀とか行きました?」
「いや。何も。何かある?」
「お線香の香りが強いので。後、表現が合ってるか分からないんですけど。お通夜やお葬式帰りみたいな気配が強くて。何でしょうね」
首を傾げながら、菫は念入りに塩をかけた。榊はされるがまま塩を浴びながら、さっきの光景を思い出す。
「あーそうか……。まあ……なんつーか、そうっちゃそうなのかも」
「ええ?」
あれは白昼夢で無さそうだ。
目を丸くする菫に、榊は何から話そうか考えながら、空を睨んだのである。
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