第13話 『君の声』

無我夢中になって走る。笹川さんの手を握り締めたままだったけど、そんなこと今は気にならない。

走っても走っても、あの時のことを思い出してしまう。



今はあいつから逃げたかった。だから必死で――、



「な、なかむ…らくんっ!」



息を切らせながら、笹川さんが俺の名を呼ぶ。振り返ると、彼女はもう苦しそうに肩を上下させていた。



「ご、ごめん……!笹川さん、身体弱いのに……!」



俺は慌てて足を止めて、笹川さんの方へ駆け寄る。すると彼女は大きく深呼吸を何十回か繰り返してから、スマホを取り出し、



『ごめんなさい。あの人達の話を邪魔して……でも、中村くん、辛そうな顔をしていたから』



と文字を打ち込んだ画面を見せてきた。その文章を見て、思わず、涙を零しそうになった。



「いや、笹川さんが来てくれて助かったよ。ありがとう」



俺は笑顔を作って彼女にお礼を言う。だって本当に助かったから。あいつらの前から逃げたかったんだ。



「それに……驚いたよ。笹川さん、あんな大声出せるなんて……」



普段はスマホのアプリを使って会話するくらいなのに……。さっきはいきなり大きな声で呼ばれたものだから、驚いてしまった。



『自分でも驚きました。まさか自分があんなに大きな声を出すことが出来るだなんて。ただ、助けなきゃって思ったんです……』



そう言って笹川さんははにかんだ笑みを浮かべる。そしてまたスマホを操作し始めながら。



『あ……もうそろそろ、後半戦が始まりますね……これ、差し入れです』



そう言いながら、スポーツドリンクを差し出してきた。

それを受け取って、キャップを開ける。乾いた喉には丁度良い冷たさだ。一気に半分程飲み干してから、



「ん、ありがとう、笹川さん!俺頑張ってくるよ!絶対に勝ってみせるから!!」



と言って走り出す。まだ心臓が激しく鼓動しているけれど、不思議と力が湧いて来るような気がした。



「が、が……!頑張って……!」



後ろからか細い声が聞こえてきた。か細い声なのに、何故かはっきりと聞き取ることが出来た。

俺は振り向かずに片手を上げた。



△▼△▼



点数は0vs1でこっちが勝っている。

残り時間はあと15分弱といったところだろうか。点差を考えるとまだ相手のチームが逆転が狙える範囲内だ。

だけど……相手のチームのあいつが――



「お前!何やってんだよ!?」



あいつが同じメンバーに向かって怒鳴っていたのだけは見えた。怒鳴っていた、と言っても、小声だったんだけど。それでもあいつの声はよく通っていて、嫌というほど耳に入ってきた。



「うるせーなぁ……ちょっとミスっただけだろ?そんな怒ることじゃねぇじゃん?」



何かあっちのチームめちゃくちゃ揉めてるみたいだし、今のうちに点を取り返さないとまずいな……!



「どうせ勝てるから大丈夫だって!だってあっちは弱いしー?だから適当にやっとけば勝てるって!」



――舐められている。それは分かっていたが、ここまで言われるとは思っていなかった。



確かにここのチームは弱い。白鷺学園よりも遥かに劣るチームだろう。でも――



「なっ!?」



だけど!でも!団結力は負けていない!相手のチームがいくら強くとも、結束力なら絶対負けない!



「洋介ーー!そのままゴールしちゃえーーー!」



祐介の声が聞こえ来る。観客席からも聞こえる応援の声援を乗せて――、



「おっと。そうはさせないぜ?」



あいつの声が聞こえる。先まで仲間を見下していたあの男の声が。小学生の頃の記憶を思い出させるその声が。



もう吹っ切れたと思っていたけど、やっぱりダメなんだな………どれだけ時間が経っても、忘れようとしても、記憶は消えてくれなかったんだ……。



「お前って本当変わらないよな?中学もお得意の正義感を振りかざしてんの?馬鹿じゃないのか?」



やめて。お願いだからそれ以上何も言わないでくれ。頼むからさ……



「必死に宮沢に縋ってるんだろ?惨めだよな~?」



そう言いながら俺のボールあっさりと奪い、仲間にパスを出している。……やばいっ!このままだと点を取られてしまう! どうにかして取り返す方法はないのか……!?



今のチャンスボールだったのに……!!あいつの邪魔がなかったら――



「いや。切り替えなきゃいけないな…」



いつまでもウジウジしている場合ではないのだ。今は目の前の試合に集中しなければ……



「中村――!どんまい!気にすんな!次決めれば問題なしだぞ!」



チームメートから励ましの言葉が届く。そうだ、俺はまだ諦めるわけにはいかないんだ。チャンスボールだったのに、俺らのことを責めてもいい場面なのに……。



俺は本当に恵まれているよ。こんなにも頼れるチームメイトがいるんだから。



「中……村…くん!頑張れ……!」



笹川さんから声が届いた。声量こそ小さいものの、何故か俺の耳に届いた。変だよな。あんなにみんな大声出してるのに。松岡も羽沢も、他の奴らも叫んでいるのに……笹川さんの声が聞こえたのかな……。



急に身体に力が湧いてきた。さっきまでは全然動ける気がしなかったのに、今では足に力が入る。



そして――、



「なっ!?」



ボールを奪い返した。

そして、俺はまた走る。今度はあいつに邪魔されることなく、全力疾走する。

そして、またボールを蹴り、シュートを放った――。

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