第19話 モダマと夢魚たち
なべで真水を作りつつ三つの部屋をそうじしたら、あと、においのひどい部屋は夢魚の部屋を残すのみになった。
部屋を見ると、部屋の真ん中に先程シダに怒鳴られていた少年がポツンとひざをかかえて座っていた。じっと木のカゴの中を見ている。
僕よりも、二つか三つ年下そうなその少年は、窓を開ける時も僕をチラリと見て、あわてて目をそらし、ぐっと身を固くしてちぢこまった。
「ゆかをそうじしたいんです」
僕を見上げておどおどした少年に向かって言った。
「死んだ夢魚の体を入れる、ひつぎに使える箱、どこかにありませんか?」
「カ…カギカズラさんに聞いてみる」
僕と目を合わせず下を向きながら、小さい声で言うと、少年は立ち上がって操縦室へ向かって歩く。僕が彼について来る事に気付くと、少年はまたビクリと身をすくませた。
「そういえば、お名前は?」
「た、多分、モダマ」
少年の声が裏返っている。
「多分?」
「皆、僕のことチビとかぼっちゃんとか、おい、とかコラってしか呼ばないから」
「じゃあ、よろしく、モダマ」
集落の年下の子たちにするように、少しくだけた口調で話すと、少しほっとしたように「う、うん」と返事が返って来た。
操縦室に着くと、そこには先程の中年の海賊とシダがいた。
「カギカズラさん」
モダマがなるべくシダと目を合わせずに、中年の海賊に話しかけた。
「死んだ夢魚様たちを入れる、ひつぎに使っていい箱とか、ない?」
「おい、こら!なんで俺に聞かねえんだよ?カギカズラさん、病気にかかってんだぞ!?見て分かんねえのかよ!?」
シダがすかさずモダマを怒鳴る。モダマが肩をすくめて固く目をつぶった。
「まあまあシダさん。大丈夫ですよ。ぼっちゃん、使っていない木箱や道具は物置部屋にあります。好きなの使って良いですよ」
カギカズラと呼ばれた中年の海賊が、ぜえぜえとタン交じりの声で答えた。
「う、うん、ありがと」
モダマはシダからにげるように、走って操縦室を出ていった。
「仲良くなったのかい?」
操縦室を出ようとした僕に、カギカズラが話しかけた。
「ええ、まあ」
僕がそう言うとカギカズラは満足そうに二、三回うなずいた。
物置から木箱とシャベルを取り出し、夢魚の部屋に戻る。
夢魚の死体をなるべく傷つけないように、でもなるべくにおいをかがないように横を向きながら、しんちょうに木箱に移した。
意外なことに、モダマも手伝ってくれた。
「ぼくね、困ったりいやなことがあったりしたら、いつも夢魚様の部屋にいたから。それでずっと、良いことありますようにってお願いしてたから」
死体の血や体液は、船のゆかまで染み込んでいたから、全てきれいには出来なかったが、それでも大分ましにはなった。
木箱にふたをして、上に集落あと地から持ってきた、乾燥した花を置いた。
アビは僕達がそうじをしている間ずっと、生きた夢魚の入ったカゴの前に立って「ギュイ」「ギュイ」と声をかけ続けていた。
僕に甘える時の声でも、好きな食べ物を食べている時の声でも、怒っている時の声でもない。これは何の鳴き声なのだろうか。
「ア、アビ様、心配なんだね。やさしい夢魚様なんだね」
「分かるの?」
「あ、う、うん。ぼくが、ずっと夢魚様をお世話してたから。夢魚様達、すがたは全然ちがうのに、声はにてるの」
「じゃあ、僕よりも長くたくさんの夢魚を見てきたんだね。すごいね」
モダマは初めて笑った。
「ねえ、カゴに入れているのはどうして?」
「あ、し、死体を見せるのがかわいそうで。ずっと心配の声で鳴くから。部屋の外には、出せないし。にげられたり病気がうつったりしないようにしたくて。でも、でも、こうやって木箱に入れてあげれば良かったんだ。お花を乗せれば、ちゃんとお墓みたいになるし。ぼく全然気がつかなかった。お食事の時だけカゴ開けて食べさせて、終わったらカゴに入れてた」
「カゴを開けても良い?カゴの下のゆかもそうじしたいんだ」
「あ、う、うん。じゃあアビ様と他の夢魚様がケンカしないように見張っているね」
「アビ様は、他の夢魚とちがって、手も足も尾も顔も、他の動物と似た位置についているのですね」
ハマナスから前もってこう聞いていなかったら、僕は大きな声を上げていたかもしれない。
粗末で壊れかけの、ほとんどあみ目もすき間もないカゴを開けた先にいたのは、アビよりもずっときみょうな姿をした生き物たちだった。
魚の胸ビレが全身をおおっていて、手も足も顔も見られないもの。
ぶよぶよした体に、魚に似た頭を上向きに何本も生やしたもの。
全身をうすい毛でおおい、三本のみずかきのない鳥ような足と、一本の山羊に似たヒヅメのある足を背中から生やし、その足をクモのように折り曲げて立つもの。
ヒレの位置も体も目も青い魚そのものなのに、体の片面に大きな人のような口が付いたもの。
夢魚の死体は、バラバラなものやくさったものが多かったから、そして、においがひどかったから。だから早く木箱に入れてしまいたくて、木箱に入れている時はろくに見なかった。だから気がつかなかった。
夢魚を不吉だと考えたり、商人が殺してから売ったり、見つけた人がにげてしまった理由が、分かってしまった。
あまりにも不気味だったから、皆、こわがっているんだ。
そして、こわがられているからこそ、海賊達は夢魚のおそろしさにあやかりたくて、あがめているんだ。
「名前とか、付けてるの?」
動ようをかくしながら、モダマにたずねる。いつものような声を心がけて。
「そ、そんな、夢魚様にぼくがお名前なんて、おそれ多いよ」
そうか、海賊たちは夢魚をあがめているから。
まあ、その夢魚をカゴに閉じ込めたり死体まみれの不衛生な部屋に置いていたりと、やっていることはチグハグだけれど。
「お祈りしたりとかするの?手を合わせたり」
そうたずねると、モダマはぽかんと僕を見ながら首をかしげた。
「お祈り?ってなに?」
「ええっと…夢魚に『こうなりますように』ってお願いする時や『あなたを特別に思っています』って示す時にする特別な事かな…?」
ピンと来ていないらしいモダマは、困ったような顔をしはじめた。
「いいんだいいんだ、気にしないで。やらないといけない事じゃないから」
そう言って僕は、この話をむりやり終わらせた。
カゴのあった場所のよごれを布でふいている間、アビはけ夢魚達に「ギュイギュイ」と話しかけていた。夢魚達も、アビに似た声で「ギュイギュイ」と答えて、おしゃべりをしているようだった。けんかなんか、全く心配いらなかった。
そうか、僕達人間にとって不気味でも、アビには全然関係ないんだ。同じ種族の友達が出来たんだ。
それを知れて、ほっとした。ここに来たかいがあった。ひどいにおいの中、そうじをして良かった。
さて、そうと分かれば急がないと。
僕は、手早くふきそうじを終わらせて、汚れた布を桶で洗い、窓から水を捨てた。
「これから、薬の入った食事を作るよ。みんな分。モダマも一緒に来てくれる?」
モダマは少しはにかみながら小さくうなずいた。
「夢魚達はカゴに入れないで、部屋の中にいてもらおう。死んだ夢魚達は木箱に入れたから」
モダマはまたうれしそうにうなずいた。
「うん。うん。ずっと、せまいカゴの中、かわいそうだったから。前はお部屋の中にいてもらってたの」
「アビ、アビも一緒においで」
アビをだき上げると、アビは「ギュウイ」と不満そうな声を出したが、大人しく肩に乗った。
「お友達とは、またあとでね。ごはんの時にまた来るから」
調理場に戻って、なべの中を見ると、真水がなみなみとたまっていた。良かった。これなら皆に食べさせる分、ある。
「ねえ、水用のたる、これで合ってる?」
「うん、これ飲んたり料理用の水のたる」
モダマに教えてもらった、調理場に置かれたたるに真水を入れる。たるの中はほとんど空っぽだった。
調理場にあった木べらで、外側のなべの中にこびりついた塩をこすって取る。大まかにだけでいい。取った塩はモダマに持ってきてもらった皿に置いた。
そしたら、またなべを重ねて、外側のなべと内側のなべの間に海水を入れて、服でおおって、すりこぎ棒をおもしにして、ふたをしめてまた火にかけた。
料理用の水は足りるけど、そうじ用にも真水がほしい。塩水でふいただけだとゆかがジャリジャリになってしまうから、灰と真水を混ぜたものでもう一度ゆかをふきたい。
それに、ねどこや服を洗うためにも…あれ?
「そういえば水の入った、たるってどこに置いていたの?」
「たるは物置のとなりの部屋に置いてるんだよ。でも最近はお水少ないの。病気の人ばっかりだから」
「水は、たるを持って集落のあと地にくみに行くんだよね」
「うん、うん、そうなの」
「じゃあ、船はいつも海に出てるわけじゃないの?」
「あんまり出ない。今は禁足の地にお墓作る時だけ。今はちょっとだけ岸からはなれてぷかぷかって船を海に浮かばせてるけど、すごく久しぶり。前は集落あと地に行ったり、他の集落に物を取りに行くときは、岸にちょっとだけ船を着けて、外に行く人たちが船から出たらすぐにまた海でぷかぷかしてた。集落の人達が物を取り返しにきたり、こらーってしても船に来られないように」
モダマは、話をすると、同じくらいの年の子達より、話し方が少し幼い。
「お水とか、これからどうしたら良いんだろう。ソテツさん死んじゃったし、カギカズラさんも病気だし。お父さんがお水取りに行ったら、この船、ぼくたちと、病気の人だけ。船をおそいに来た人がいたら、みんな負けちゃう」
「そっか…とりあえず、僕がなべで起きてる間ずっと真水作っておくよ。まきはまだまだあるみたいだから。まずは、お薬を飲んで元気になってもらおう」
僕は、カバンから取れるだけ取ってきたバナナを全て調理場に置いた。カバンの中のヤシの実も、アダンの実も。イモで出来た保存食はほとんど出しておいたが、念のため少しだけカバンに残しておいた。あと、干した魚の肉も少しだけカバンに残した。
そして、薬草も取り出して、十分の一くらいだけむしる。石の深皿とすりこぎ棒も、なべのように洗って、石の深皿にむしった薬草を入れて、モダマにすりこぎ棒と一緒に手渡した。
「モダマ、この薬草、すりこぎ棒でたたいてつぶしてくれる?」
モダマは始め僕が言っていることが分からなかったようだが、僕がすりこぎ棒で薬草をたたく真似をすると、意味が分かったようで、うれしそうにたたき始めた。
僕は空いているかまどに、調理場に元々置かれていた大き目のなべを置いた。その中にバナナとヤシの実の中の水分を入れる。さらに、ナイフでヤシの実の中を削って果肉も入れる。そして真水を入れて、かまどに火を点けた。
「モダマ、薬草のにおいが独特だろう。かわるよ。その代わり、なべの中のもの、木べらでトントンってつぶしてくれる?」
木べらでなべの中をつぶす動作をしながら、薬草をつぶすのを代わる。なべの中がグツグツにえてきたら、つぶした薬草をそこに混ぜて木べらで円を描くようになべの中を混ぜていく。
「おい!何してんだよ!!」
とつぜん聞こえた大声の方を見ると、シダが水を入れた革袋を片手に調理場の入り口に立っていた。
「何こいつをこき使ってんだ!海賊はお前の子分じゃねえんだぞおい!」
シダは僕がモダマに手伝ってもらっているのが不満らしい。
「習わしです。薬を作る時の」
僕はまるで怒鳴られても気にしていないように、冷静なフリをして答える。
「最果ての海の集落では、薬を作るとき、子供や年寄や病人と身近な人に薬草を細かくしてもらったり、そばにいてもらったりするんです。それは薬の作り方を覚えさせたり手伝わせるだけが目的じゃありません。その人達が細かく散った薬草の粉や、薬を煮るときの湯気をすって、まだ元気な人が病気にかからないようにするんです。だから年少で病気にまだかかっていないモダマに薬草をついてもらったり、湯気をすってもらったりしているんです」
シダはいつものようにふきげんな顔で無言で僕の話を聞く。
「シダさんも、モダマもまだ元気ですけど薬は口にしてもらいますからね。もちろん僕も。病気の人たちよりは少なくですけど」
シダは、だまって皮袋の水を水だるに入れようとして、思ったより量が多いのに気づいた。
「最果ての海の集落でのやり方で真水を作りました。今も作ってます」
「そりゃどうも…」
「今の水だる全部の量だと、何日くらいもちそうですか?」
「ああ…まあ五日だな」
「分かりました」
あまり時間はない。声には出さないけど。
シダが調理場から出て行ってからも、もう少しだけ煮詰める。バナナと水とヤシの実と薬草が良くまじって少しトロミがついたら、出来上がり。
皆の分お皿に盛る。人だけじゃなくて夢魚たちの分まで。
物置から桶を一つ持ってこよう。そこに今作ったばかりの真水をなべから出して入れよう。熱いから少し水だるの水も混ぜて。
それに使っていない布を入れられるだけ入れて、その布で病人達には、食べる前に顔と手だけでもきれいにしてもらおう。
食事は、一人ひとりの量はかなり少ないが、薬草の量や皆の体調を見たらたくさん食べられる人のほうが少ないだろうから、もっと食べたがる人がいたらその人達には後で追加で食べてもらおう。
食事のその後は、作った真水で病人達の服の着替え、洗濯、ねどこのそうじ。皆の体もふかないと。
あとは真水と灰で床をふきそうじ。これは明日でも良いかも。
洗い物のための灰は持ってきたものだけでは絶対に足りないから、かまどの灰を使おう。
真水はずっと作り続けないと。清けつな水は看病には欠かせない。そうじにも、料理にも、飲み水にも。でも正直、量は足りないな。
そんな事を色々と考えながら、僕は薬入りの食事をお盆に乗せた。
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