第18話 海賊船
海賊船の中は、ひどいものだった。
まず入って、すさまじいにおいが鼻をついた。
ふん尿、くさった何か、あせ、血の固まり。「くさい」と聞いて思いつくもの全てが混ざって船の中を満たしていた。鼻の利くアビは船に入ったとたん「ギュイ!」といやがっている時の鳴き声を上げた。良くこのにおいが船の外にもれなかったものだ。
次に目にしたのは、その悪臭とよごれの中に横たわる病人たちだった。
ねどこで横たわる人もいたけれど、場所が足りず、ゆかで寝かされる人もいた。おそらく、人買いで連れてきた人達だろう。人手不足のために買ってきたのに病気で働けなくなったから、仲間の海賊よりも雑な扱いをうけているようだった。
ほとんどの病人が、不潔なまま、ただねかせられているだけだった。
シダについて船の奥へと進むと、病人たちとはまた別の悪臭を放つ部屋があった。
アビがうなり声を上げる。
血のにおい、くさったにおい。
その部屋には夢魚の死体がゴロゴロと転がっていた。
部屋のはしに、そまつで大きなカゴが置かれている。
そのカゴの前に、赤毛の少年が一人すわっていた。シダが少年に話しかける。
「おい。おい、帰ったぞ」
少年がビクリとおののきながら立ち上がり、ノロノロと歩いてくる。
「お、おかえりなさい」
「他のやつらは?」
「ソテツさん、死んじゃった」
「ああ!?」
「い、いきなり病気になって、いきなり死んじゃった。ソテツさんうめる時に元気だったお手伝いの人、にげちゃった」
「はあ!?ふざけんなよお前!!」
少年がビクリと体をすくめた。
船のさらに奥から、シダの声を聞いて中年の大人が一人出てきた。ゼエゼエとあらい息をしていたが、まだ動けるようだ。
「シダさん、おかえりなさい」
「おう、このガキ、ソテツが…」
「本当です。シダさんがここを出てすぐに。ソテツさんだけがまともに動けたのに、いきなり他のやつらと同じようにせきこんで、吐いて。ねかせたら次の日にはいきなり亡くなってました。禁足の地にとむらいに行ったら、俺達を押しのけて、買ったやつらで動けるやつらがにげ出しました…。今ここで動けるのは、シダさんと、俺と、ぼっちゃんだけです」
絶句したシダに更に中年の海賊がゼエゼエと話を続ける。
「水も、もう大分減ってしまいました。ソテツさんが亡くなったから、集落あと地でまとめてくみに行けなくなってしまって。俺もこんなんだから。だから海水で真水を作ろうとしたんですが、すみません。火をかけてる間にたおれて、なべを空だきして、壊しました。前に大量にためこんだ水だるの、もう三分の一くらいしかありません。もう、あと数日くらいしか…」
シダがハアーーーーーと長いため息をついた。
「窓を開けさせてください」
僕の声に、皆がぎょっとして、こちらを見る。
僕と、僕の肩に乗っているアビを。
「窓をすべて開けたら、その後そうじを。薬も作りたいので、湯をたくさんわかすことになると思いますが、それに必要な水は僕が用意します」
「シダさん、新しく買ってきたんですか?」
「ちがいます。この夢魚の仲間達を開放することを条件に、薬を作りに来ました」
声をわざと固くする。固く、大きめに。きんちょうしている事を気付かれないように。
弱い人間だと、支配する側の人間だと思われないように。
中年の海賊は、あらい息をしているものの、盛り上がった筋肉とこしの左右に付けられた古い刀で、手練れだと一目でわかった。
「僕は、アダン。最果ての海の集落の、クロタカナミを生き残り、そのクロタカナミで生まれた夢魚を育てながらここに参りました」
ひどいにおいによる吐き気をこらえながら、僕は三人を見つめながら、言った。
窓を開ける。
シダに「窓から攻められたらどうする」と言われたが、「不満なら船を出して海に出ればいい。海賊なんだから、海に出れば窓を気にしないくらい有利に動けるでしょう」と言えば「知ったような口をききやがって」とブツブツ言いながら操縦室に向かっていった。
窓を開けながら、まだ意識のある病人に「誰だ」と良く聞かれたから、その度にあの三人に言ったように名乗りを上げた。
最果ての海の潮風とは大違いの、しめって生あたたかい空気が入るばかりだったが、それでも開けないより大分マシだった。
窓を開け終わったら、次はそうじ。まずは調理場に向かう。二つのかまどの片方に、そこがこげて穴の開いたなべを見つけた。なるほど、これが海水から真水を作るなべか。
形がとても独特で、大きな鉄のなべに一回り小さななべがくっついている。なべにはふたがついていて、ふたは中央に向けてわざとへこませた形をしていた。
なるほど、これは良い。こんなものがあったのを、最果ての海の集落の皆が知ったらよろこぶだろうな。久々に皆の事を思い出して胸がチクリと痛んだ。
なべの穴は底中にまんべんなく空いていた。これは修理は難しい。鍋自体大きいからもっと大きななべでおおってごまかしながら使う事もできそうにない。僕は調理場にある器具を見まわしながらそう思った。
だから、最果ての海の集落のやり方でやらせてもらおう。
布ぶくろをひっくり返す。そこから集落あと地で見つけたなべと、石のすりこぎ棒を拾う。
次に、カバンから使っていない服と、体や物を洗う時の灰を取り出す。水筒の水を少しだけ服のはしにかけて、一番小さいなべをふく。そしてそのなべの中に、灰と水筒の水を入れてかきまぜる。水筒の水を使い切らないように、水をケチりながら。
服のまだよごれていない所に、その灰交じりの水をしみこませ、残り二つの鍋をこする。そして、服の残りの部分にまた水を最低限だけかけて、なべをふく。
ふいた二つのなべを重ねる。一番大きいなべの中に、次に大きいなべを入れる。
調理場の窓の横には、海水がくめる桶がヒモでつるされていた。それをたらして海に入れて海水をくむ。そして、一番大きななべと二番目に大きななべの重なるすき間に入れる。
カバンからもう一枚服を取り出す。大きいやつ。その服で二つのなべの上部をおおう。中に入っているなべの取っ手を服で全ておおって、すき間を作らないようにする。
服の上に、石のすりこぎ棒を置く。なべの真ん中の部分の服がわずかにへこんでいるのを確認してから、ふたをする。
とにかく、真水を確保しないと。
そのなべをかまどに置いて、火を点ける。
かまどはシダが不在の時もずっと使っていたらしく、まきがしけっていたりすることはなかった。調理室の一面のかべの中ほどまでびっしりと積まれていて、量もすぐ心配するほどではない。しめってもおらず、無事に火が付いて、安定して火が燃え続けた。
この作業は時間がかかるから、まずは海水で洗えるだけ洗ってしまおう。
僕はまた海水をくんで、古びた大き目の桶に海水をためる。窓を開けている時に見つけたものだ。誰も使っていないようで、ほこりをかぶって部屋のすみに転がされていた。そうじ用に使わせてもらうことにしよう。
布ぶくろをひっくり返した場所から、集落で見つけた布を拾い上げる。
そして、布と桶を持って、僕は一部屋ずつ回っていった。
部屋へおもむき、海水と古布で部屋をふいていく。
窓の近くからふいて、そこでアビに待っていてもらう。アビは鼻が利くから、この部屋はつらいだろうけど、下手にべつの部屋に置いてシダ達にうばわれても困る。
夢魚の死体まみれの部屋のあのそまつなカゴ、あれには生きた夢魚が入っていた。アビをあんなカゴにつめさせる訳にはいかない。
すさまじいにおいの汚れを、ゆかにひざを付いてふく事はすごくいやだったけれど、ふかなくてはとてもこのにおいを消せない。
それにきれいにしないと、このよごれから更に病気が悪くなる。
ねどこも、病人の体も病人の服も汚れているけれど、ゆかのよごれがひどくて、床をふいてよごれた布を海水ですすいで…を数回するだけで桶の水が真っ黒になった。
よごれもこびり付いたものがあったから、こすっていたら時間もかかった。
窓から桶の水をすてる。
「ねどこや、皆さんの体もきれいにしたいですが、まずはゆかから。もう少ししたら薬と食事も持ってきますからね」
そう言って調理場に戻る。
「あちち!」
火にかけたなべのフタを開けた。
なべの中の服もめくって、外側と内側のなべの様子を見る。
火をかける前はからっぽだった内側のなべに、水がたまっていた。やった、きちんと真水が出来ている。
最果ての海の集落でも、井戸の水が使えないときにこうやって真水を作っていた。飲むこともできる真水。
でも、まだまだ足りない。
内側のなべの半分も水がない。
また僕は海水をくんで、なべとなべの間に注ぐ。
まきを足して、そうじ用の桶にも海水を注ぐ。
そして、アビをゆかにおろしてから窓から身を乗り出して、僕は胃の中のものを全部はき出した。
口をうででぬぐう。本当は口をすすぎたいけれど、水がもったいないから、がまんする。
あのにおい。ひどいよごれ。苦しむ人達。すべてがしんどい。
でも、何とかしないと。アビの仲間を助けるために。自分が決めたことだ。
僕はアビを肩に乗せて、また、べつの部屋に、ゆかをふきに向かった
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