第34話 第八格納庫

 エアロックの扉を通り抜けると、倉庫内のキャットウォークの上に出た。今は節電中なのか、天井に設置されてある照明は間隔を空けて点けられており、辛うじて足元がわかるくらいの薄暗さである。


 俺達は辺りを警戒しながら、キャットウォークを道沿いに進んだ。すると、通路の途中で立ち止まっていたマリウス先生に、「待っていたよ」と声をかけられた。


「マリウス先生、ここはどこなんですか?」


 俺が敬語で質問を投げかけると、マリウス先生はキョトンとした顔になった。そして数秒間沈黙した後、口元を手で覆ったまま、小さく吹き出す。


「フフフッ、君が僕に敬語だなんて! なんだか気持ち悪いね」

「い、今から真剣な話をするんだし、俺が敬語を使ってもおかしくないだろ!?」


 珍しく、もっともらしいツッコミを入れると、「えー、やだよー」という気の抜けた返事が返ってきた。


「敬語ってさ、壁を作られてるみたいで嫌なんだよね。後輩ならともかく、イグニス君とは家族同然に暮らして来たんだからさ。今更、お堅い敬語なんて使われたくないんだけど」


 マリウス先生が駄々を捏ねるように、キャットウォークの手摺りにもたれ掛かったが、「ちょっといいですか?」とソフィアが話に割り込んできた。薄暗くて表情までは確認できなかったが、怒気を強めた口調を聞くに、少し苛立っているようである。


「世間話は帰ってから好きなだけして下さい。今は情報共有と現状の把握に努めたいのですが」


 ソフィアがピシャリと場の空気を制すると、マリウス先生がわざとらしく肩をすくめ、「やれやれ。せっかちなお嬢さんだなぁ……」と愚痴をこぼした。


「そうだね、まずはイグニス君の問いに答えようか。ここはビフレスト宇宙港の格納庫の一角だ。正式名称で言うと、第八格納庫。ここから宇宙船の外に出ることもできるよ」

「ここがビフレスト宇宙港の一角? じょ、冗談だろ? なんで孤児院と宇宙港の格納庫が繋がってるんだよ」


 マリウス先生の返答に俺達三人は驚きを隠せなかった。


 ビフレスト宇宙港の入口は有刺鉄線が張られ、警備隊も昼夜問わず厳戒態勢で常駐しているのだ。それが教会の隠し階段と繋がっているだなんて、万が一、警備隊に知られでもしたら、孤児院にいるシスター達が真っ先に疑われて、殺されてしまうかもしれない。


「おっと。隣にいる怖い顔をしたお嬢さんから質問責めにあう前に言っておくけれど、僕はアスガルド政府に属する組織には所属してないよ。後、この区画も警備隊の奴等は知らないしね。ここは所謂、大人の秘密基地ってやつさ」

「デタラメを言わないで下さい。こんな広大な施設、警備隊が見落とすはずないですよ。もしかして、上手いこと言って私達を誤魔化すつもりですか?」


 ソフィアは怪訝な表情でマリウス先生を睨み付けていた。俺の背後に隠れていたロイドは二人の顔色を伺うように、オロオロと慌てるばかり。一方の俺はマリウス先生の話次第で返事をしようと思っていたので、今は何も発言はせずに静観を貫いていた。


「まぁ、そう思うのも無理はないだろうね。君が言った通り、このだだっ広い空間を警備隊の奴等が見落とす筈はない。


 マリウス先生の意味深な言葉にソフィアが逸早く反応した。

 

「どういう意味ですか? もしかして、警備隊に情報操作でもしたんですか?」


 マリウス先生は肯定するかのように、口の両端を吊り上げた。そして、何故かこのタイミングで視線を俺に向け、「イグニス君」と話しかけられる。


〝特異体質者〟なんだ」

「……え?」


 突然の告白に俺は目を丸くした。今の言葉はどういう意味だろう。もしかして、マリウス先生も俺と同じように、オーブの声が聞こえたりするのだろうか。


(マリウス先生が〝特異体質者〟? そういえば、シンラも同じようなことを言っていた気がするけど――)


 俺が難しい顔で考え込んでいると、マリウス先生はフッと笑った。


「イグニス君。君は小さい頃から誰彼構わず、他人に喧嘩を吹っ掛けてたよね? それは、どうしてかな?」

「それって、今の話に関係ある?」

「大アリだよ。さぁ、思い出してごらん」


 何故、このタイミングで昔のことを思い出す必要があるのだろうと思ったが、俺は真剣に考えてみる。すると、全ての記憶において、があることに気が付いた。


「えぇっと……大人達の発言が矛盾してたから?」

「どうして、当時の君は大人の発言が矛盾してると思ったんだい?」

「え? うーん、それは……」


 どうして思い出した記憶を更に深掘りする必要があるのかと、マリウス先生の意図が全く掴めず、少し面倒臭いと思ってしまったが、割とすぐに思い出すことができた。


 俺が物心ついた頃くらいの記憶だ。シスター達が孤児院の食堂で黙々と裁縫をしていた時、俺は机の下で積み木遊びをしていた。その時、『シスター・マリアンヌは股が緩い。脳まで性病に犯された女だわ。だって、金を貰っていろんな男と一緒に寝てるんだもの』という言葉を、ハッキリと聞いたのである。


 幼すぎて意味を理解していなかった俺は、「シスター・マリアンヌって、股が緩いの? せぇーびょーって何? いろんな男からお金を貰って寝てるって何? お父さん達と寝てるってこと?」と大声で質問してしまい、その場がいた者達が凍りついてしまったのを思い出したのだ。


 その後、シスター・マリアンヌは顔を真っ赤にして俺に怒鳴り散らし、働き辛くなったのか孤児院を辞めた。その経験をしてから、できるだけ人と喋らないように努めたが、元来、何にでも興味を示す活発な性格をしているのだ。すぐにペラペラと話すようになってしまった。


 疑問に思ったことは口に出して質問し、その度に怒られるという日々を送った結果、俺は六歳にしてグレてしまったのである。


 俺は悩み抜いた末に「どこから話すべきか分からないんだけど……」と話を切り出した。


「大人達が心の中で思ってることが、人と会話してるみたいに聞こえてきてさ。その当時の俺はまだ物心ついた頃だったから、すっげぇ戸惑ってたと思う。怒られてばっかりだったし、常に反抗期だった気もするな」


 誰も理解してくれなくて、地団駄を踏んで泣き喚いていた幼い頃の自分。どう表現すれば良いのか分からず、やり場のない怒りを感情に任せて友達や先生に当たり散らしていたことも、鮮明に思い出したのだった。


 ソフィアとロイドが意味がわからないというように互いに顔を見合わせていたが、マリウス先生だけは俺の話を真剣に聞いてくれていた。


(そうだ……そうだよ、思い出した! 俺は幼い頃の方が、今よりもずっと〝耳〟が良かったんだ! その当時は声に出して話すのと、心の中で念じた声の見分けがつかなくて、常に人から悪口を言われてるって思ってたんだ!)


 何かを掴めたかもしれないというような表情を見せると、マリウス先生は「どう? 少しは思い出した?」と声をかけてきたので、俺は深く頷いた。


「もしかして……俺も〝特異体質者〟なのか?」

「もしかしなくとも、君は生まれついての〝特異体質者〟だよ。国によっては〝ギフテッド〟と呼ばれることもあるね。君はいろんな人の想いを〝耳〟を通して、理解することができるんだ。だから、僕は〝声〟を使って、幼い君に暗示をかけたのさ」


 マリウス先生は自分の喉に手を添えて笑ってくれた。


「僕の〝声〟は特殊でね。人に暗示をかけたり、意のままに命令することもできるんだ。だから本国でも、かなりVIP待遇を受けたよ」

「本国? マリウス先生って、どこの国の人なの?」


 ここでようやくロイドが話に入ってきた。少し不安に感じているのか、声が震えているように聞こえる。


 マリウス先生は「不安にさせてごめんね、ロイド君」と優しく声をかけ、バーチャルキーボードを手元に表示させる。キーボードを手慣れたように操作すると照明が全灯し、第八倉庫内の全貌が明らかとなった。


「えっ……ヴァルキリーが二機?」


 キャットウォークの下には、二機のヴァルキリーが床に寝かされていた。一機は俺達が赤錆のヴァルキリーと呼んだ〝グルヴェイグ〟と、もう一機は見たことのない黒いヴァルキリーがあった。


「あの黒いヴァルキリー……赤錆のヴァルキリーの時もそうだったけど、見たことのないフレームとフォルムだわ」


 隣にいたソフィアが食い入るように、床に寝かされていたヴァルキリーを見つめていた。〝グルヴェイグ〟の手先は猛禽類の鉤爪のように鋭利なのに対し、黒いヴァルキリーの指先は人間のように丸く、胴体の関節部分が蜂のようにスッキリとしていた。腰回りを守るようにハニカム状のスカートのような装甲に覆われ、装甲の先には針が付いているのが見える。


「あれは僕のヴァルキリーなんだ。〝ヒルディスビー〟って言う名前で、隣にいる〝グルヴェイグ〟とは兄弟機みたいなものかな」

「兄弟機? じゃあ、〝赤錆のヴァルキリー〟もイグニス兄ちゃんと入れ替わってた〝パイロット〟も、マリウス先生と一緒の故郷ってこと?」


 ロイドの指摘に、マリウス先生は「おっ、察しがいいね」と朗らかに答えた。


「僕達はこの宇宙船群の出身じゃない。僕達の故郷は地球なんだ」

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