第8話 ローズマリーの商会

 ローズマリーのフルス商会は、家族経営の小規模な店で家族以外の従業員は助手兼護衛のゲハルトと店員のマイケしかいない。この商会は元々、ローズマリーの婚約者クレメンスとその両親が経営していた。ローズマリーは結婚前から店の手伝いをし、結婚式の半年前には同居を始めた。だが結婚直前の昨年、3人とも事故で行方不明になってしまった。


 クレメンスの叔父が、まだ赤の他人のローズマリーに経営権が渡るのはおかしいと騒いでいるが、放蕩者の叔父に店を渡したら、クレメンスの両親が苦心して経営してきた店が食い潰されるのは明らかである。


 事故後、ローズマリーも知らなかった未来の義両親の遺言書が出てきた。そこには自分達の死後、店の経営権は息子クレメンスへ、クレメンスが亡き後はローズマリーに、ローズマリーも亡き後は、彼らに子供がいたら子供へ、それもいなかったら領主に譲ると書いてあった。義父は弟の性格がつくづく分かっていたのだろう。


 ローズマリーの両親は実家に帰ってくればいいと言ってくれたが、彼女は義両親の思いに応えたいと思った。もし3人が見つかった時に店がなくなっていたなんて事にならないように商会を守ろうと決心し、この1年間、女手一つで店を経営してきた。その覚悟が『若奥様』という呼び方だったが、実際には結婚までは純潔を守ると2人で話し合って決めていたので、クレメンスとは寝室を分けていた。


***


 ローズマリーの荷馬車は、大怪我をした男性を拾ってから1時間半ほどしてようやく店舗兼自宅の前に到着した。荷馬車があまり揺れないようにゆっくり来たので、いつもより1.5倍ほど時間がかかってしまったが、腹を刺された男性の容態は特に変わりなく、熱を出して意識不明のままだった。


「お帰りなさいませ、若奥様」

「ただいま、マイケ! もうお店を閉めて帰ってもいいわよ。帰る途中でお医者様の所に行って往診をお願いしてくれる?」

「はい。若奥様かゲハルトが怪我でもしたのですか?」

「いいえ、私もゲハルトも元気よ。でも刀傷を負った怪我人がいるの」


 それを聞いて商品を運び込んでいたゲハルトが口を挟んだ。


「若奥様がいつものお人好しを発揮して怪我人を拾ってきちゃったんだ」

「ええ?! 具合はどうなの?」

「結構、大怪我で意識ないよ」

「まあ、大変! 急いでお医者様を呼んでくるね!」

「マイケ、怪我人を運ぶのを手伝ってもらいたいから、ちょっと待ってくれ――若奥様、今日は俺が泊まり込みましょうか?」

「大丈夫よ。看病ぐらいなら私だけでできるわ」

「いえ、そういう訳ではなく……若奥様が夜、男性と2人きりになるのは……ましてや若い男性ですし……」

「何言ってるの、あんな重傷の人が私に何かできる訳ないでしょう? 意識だってないのよ。それに悪い事をしそうな人には見えないわ」

「今日初めて見たばかりで話した事もないのにそんなの分かる訳ないですよ!」

「うちには夜間特別手当を払う余裕が今はないの。それに貴方達には明日も働いてもらわなきゃいけないから、今日は2人とも帰ってゆっくり休んで」


 ゲハルトは渋々ローズマリーの言う事を聞く事にした。でも帰宅前に意識のない男性を荷馬車から運び入れなくてはならない。ゲハルトは、1階の店舗とバックヤードを隔てている扉の蝶番を外し始めた。


「ちょ、ちょっとゲハルト! 何してるの?!」

「荷馬車に乗せる時は頭と足を持って運びましたけど、戸板の上に乗せた方が彼の負担が少ないんじゃないかと思いまして」

「ああ、そうよね。ありがとう」


 店舗の建物の1階には店とバックヤードがある。バックヤードはそれ程広くないが、従業員が休憩したり泊まり込んだりできる休憩室と事務室がそれぞれ1部屋と倉庫があり、ローズマリーが住んでいる住居部分は2階にある。


 ローズマリーとゲハルトは、マイケにも手伝ってもらって戸板の上に乗せた男性を1階の休憩室に運び入れた。だが荷馬車から戸板へ、戸板から寝台へ身体を移しても、男性が目覚める兆しは全くなかった。

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