第11話 剣技大会3回戦

マリオンはカールの機能回復訓練に付き合うどころか、剣技大会まで見舞いすらほとんどできなかった。無様な様子をお嬢様に見せたくないはずとルチアが頑なに言うので、それもそうかと思ってリハビリ以外の時に見舞いに行くつもりだった。でも行こうとすると、何かと邪魔が入ってしまってほとんど見舞いに行けなかった。


国王の主催する剣技大会では刃を潰した剣を使うものの、酷い打ち身やねん挫、骨折のような怪我は避けられない。そういう場面を見たくなかったマリオンは今まで剣技大会を見学することは滅多になかった。クラウスが出場するから応援しろと本人から強制されていやいや見学したことがあったぐらいだ。それも敗者が大怪我をしたのを見てしまってトラウマになり、次の大会からはどんなに勧められても見学しなくなった。


それ以降、クラウスは張り合いをなくして剣技大会に出場していない。もっともそれは建前で、マリオンが唯一見学した大会の2回戦で無様に負けてしまって自信をなくしたのが真相だ。クラウスは公爵家の騎士団での訓練でかなり強かったが、それは忖度された結果だったのだ。


だが彼を擁護すると、国王の主催する剣技大会に出場できるという時点で弱いわけではない。執務面では優秀なので、他の者に護衛させるのが普通である次期公爵としては問題ない。


マリオンがカールの復帰となる大会を見学することにクラウスは大反対だったが、マリオンは引かず、クラウスはかなり気を害した。


「マリオン、どうしても今度の剣技大会を見学するのか?」

「当たり前でしょう?彼は私の護衛騎士の座を賭けて大会に出場するのよ。主人が応援しなくてどうするの?」

「直接見なくても心の中で応援すればいいじゃないか」

「そんなの駄目よ。応援していることがカールに伝わらないわ。どうしてそんなに反対するの?」

「剣技大会で怪我人を見て卒倒したことがあるだろう?事故以来、お前はまだ本調子じゃないから心配なんだ」


クラウスが反対するのは専ら嫉妬ゆえだと思っていたマリオンは、彼の気遣いを知って意外に思った。でもマリオンは鈍くて気付かなかったものの、彼の反対はもちろん嫉妬が主な要因だ。クラウスの焼きもちにマリオンが気付くと余計に頑なになるので、クラウスは本心を隠すように努めただけだった。


「ありがとう…でも本当に大丈夫よ。ルチアも付いているから、私の具合が悪くなったらすぐに対応してもらえるわ」

「いや、心配だから俺も一緒に観戦するよ」

「えっ?!」

「何?都合が悪いか?」


クラウスの声が低くなった。嫉妬を隠すのに精一杯で怒りの沸点が下がったのだ。結局、マリオンの剣技大会の見学にクラウスも付いてくることになった。


カールは去年の優勝者なので、シード権を得て3回戦から出場した。ここで勝てば準々決勝に進出する。カールと対戦者が会場に出てくると、マリオンの手は緊張でしっとりと濡れてきた。マリオンがカールの姿をじっと見つめると、一瞬目が合った。隣にいたクラウスもそれに気付いてカールを睨んだので、カールはすぐに目をそらした。


カールの試合が始まった。相手はカールの弱点を知っていて左側ばかりを攻めてくる。カールは左脚を庇って動く上に療養中のブランクもあり、全盛期の動きとは全く違って息も上がりつつある様子が観客席からも見てとれた。試合時間が延びれば延びるほどカールに不利になる。


「カール…」

「お兄様!頑張って!」

「チッ…」


マリオンはじっとりと手汗で濡れた両手を胸の前で合わせてしきりに祈る。マリオンの横で控えるルチアは、本来なら侍女の役割に徹して出場者に声援を送ったりはできない。しかしマリオンはルチアに兄への応援を許した。それが面白くないクラウスは小さく舌打ちをしたが、観客の声援でマリオンやルチアにも聞こえなかった。


ワーッと観客の歓声が会場に響いた。カールが相手の剣を跳ね飛ばしたのだ。

マリオンは右隣のルチアと両手を握って大喜びした。左隣のクラウスは面白くなさそうに頬杖をついていて、感情を露わにしている観客の中で異質に見えた。


マリオンは喜びの波が引くと、冷静になって大きなため息をついた。カールが3位以内に入賞するにはまだあと2回勝たなければならない。今の彼の体調では厳しい戦いを強いられることは確実だ。怪我の後遺症が悪化するかもしれないと思うとマリオンは心配でたまらなくなった。

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