第7話 口論
松葉杖が届いてマリオンは喜びを隠し切れない。寝台に腰掛けて両手に松葉杖を持って立ち上がり、杖を支えに1歩2歩と歩いてみた。
「ルチア、見て!」
「お嬢様、危ないです!」
マリオンが体勢を崩してぐらりとするとルチアが慌てて支え、マリオンは転ばずに済んだ。
「では、カールを見舞いに行きましょうか」
「お嬢様、ゆっくり気を付けて行きましょう」
マリオンとルチアが部屋を出ようとする正にその時、扉がノックされた。
「あら、誰かしら?今日は特に誰とも約束してなかったけど…」
マリオンがどうぞと答えると、クラウスが部屋に入って来た。彼は次期公爵としてマリオンの父の補佐をしており、既に公爵邸で同居している。だが婚前なのでマリオンとは別室で寝起きしている。
「マリオン…もう松葉杖で歩けるのか?」
「ええ、今日、届いたの。でも貴方と散歩する気にはなれないから、出て行って下さる?」
「何だ、その言い草は。せっかく来てやったのに」
「来てって頼んでないわよ」
「何だって!俺はお前との未来のために義父上に付いてこんなに頑張ってるのに酷いじゃないか」
マリオンは顔を歪めた。以前と打って変わってマリオンが反抗的な態度を示すことにクラウスは驚くと共に頭に来た。
「お父様は私のお父様よ。貴方のお父様じゃない」
「結婚したらそうなる」
「まだしてないでしょう?」
「何でそんなに攻撃的なんだ?未来の夫に酷いじゃないか」
「元々攻撃的だったのは貴方でしょう?」
図星を突かれてクラウスは表情を険しくして思わず拳を上げそうになったが、マリオンがびくっとしたのを見てハッとして手を下げた。
「…なっ…い、いや…それより、こんな無意味な口論は止めないか?」
「いいけど、その前に言うことがあるでしょう?」
「何だ?」
「わからないの?本当に貴方にはがっかりだわ」
「なっ…このっ…い、いや…」
クラウスはマリオンを罵りそうになったが、すんでの所で口を閉じた。
「あ、あの…す、す…済まなかった…お前はまだ怪我人だと言うのに…」
「最初のほう、何て言いましたか?よく聞こえなかったわ」
「あのなぁ…わざとだろう?」
「そういうところですのよ」
「ああ…そ、そうだな…悪かった…ごめん」
クラウスがもう一度怒るかと思ったら意外にもすんなり謝ってきてマリオンは拍子抜けした。
「わかりました。今日はそれで収めておきましょう。それでは部屋からちょっと出ますから、クラウスも出てくれる?」
「どこに行くんだ?」
「どこだっていいでしょう?家の外に出るわけじゃないんだから」
「駄目だ。お前はまだ怪我人だ。どこに行くんだ?公爵邸は広い。あまり歩いて足首に負担になるといけない」
「…見舞いよ」
「…カールのか?」
クラウスの声が機嫌悪そうに低くなった。
「ええ、命の恩人がやっと目覚めたから」
クラウスはいきなり膝裏と背中に手を回してマリオンを持ち上げた。
「な、何?!下ろして!松葉杖使って少し歩いて運動したほうがいいんだから」
マリオンが松葉杖を持ったままクラウスの腕の中でバタバタしたため、杖がクラウスの身体に当たりそうになり、マリオンはびくっとした。
「あっ!ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「いや…大丈夫だ。行きは俺が君を抱いて連れて行くよ。帰りに少し歩こう――ルチア、危ないから杖を持ってくれないか?」
「かしこまりました」
「マリオン、危ないから腕を俺の首の後ろに回してしっかり掴まっていてくれ」
マリオンも不安定な体勢は少し怖かったので、クラウスの言う通りにした。こんなに婚約者に近づいたことがなくてマリオンはどぎまぎしたが、これは胸が高まっているんじゃないと心の中で何度も反芻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます