赤星の騎士団

瀬名晴敏

プロローグ

 気温が上がり始めたにも関わらず、未だに地面に雪が残る初春しょしゅんの森にて、さくさくと雪を踏みしめる音が響く。木々の合間を縫う様に現れた1頭の鹿は、鼻先で雪をかき分けて、埋もれていた枯草を食み始める。


 とその時、軽い破裂音が響いたかと思えば、一閃の火線が鹿の首を撃ち抜く。その火線は首の骨を砕き、即死した鹿はその場に倒れ込む。


 ややあって、木々の合間より、白いマントで身を包んだ人が二人、雪を踏みしめながら現れる。二人は1丁のライフル銃をスリングを用いて肩に掛けており、片方の手にはナイフが握られていた。


「お見事で御座います、姫様。魔法による補助を加えたとはいえ、一発で鹿を仕留めなさるとは…」


 白いネックウォーマーで口元を覆い隠しているからか、くぐもった男の声がする中、姫様と呼ばれた白マントの人は、獲物の解体に取り掛かる。毛皮を剥ぎ、肉を幾つかのブロックに切り分けて、紙に包んでいく。そしてそりに毛皮と肉を包んだ紙袋を載せ、紐を手に取って引っ張っていく。そして数分は歩き、1両の装甲車に辿り着く。


 車体後部のベンチシートに毛皮と肉を入れると、二人はハッチを開けて操縦席に潜り込み、エンジンを始動。レバーを前後に動かして方向転換し、時速50キロメートルの速度で森を離れていく。


 その2時間後、二人は森から大河を挟んだ向こう側、小ぢんまりとした城の中にいた。空には数頭の巨大なグリフォンが舞い、騎乗する兵士は槍ではなく、9ミリ短機関銃で武装している。出迎えに来た兵士や、厨房で働く料理人達に出迎えられた二人は、装甲車に積んでいた獲物の肉を引き渡し、城の中を進む。


「お父様、只今帰りました」


 冬季擬装用のマントとコートを脱いで、御付きの者に預けた二人は、城の中ではそこそこ広い部屋に辿り着く。そこでは一人の中年の男が、眼鏡をかけて万年筆を手に、書類相手に格闘していた。


「ゼナ、狩りはどうだった?」


「はい、今日は鹿を2頭仕留めました。今先程、厨房の方に晩餐のために渡してきたところです。毛皮も取れました」


「そうか…狩りを始めて6年、お前はその姿故に子女としてまともに育てる事が叶わなかった。だが、リオーナは許してくれている。どう考えてもお前には、下手なドレス衣装よりもその軍服が似合う」


 父の言葉に、ゼナと呼ばれた少女は苦笑を返す。背後に仕える男が、父とそう変わらない黄色みがかった肌色に黒い髪をしているのに対し、少女の肌は陶器を想像させる程に白く、そして髪は金属で出来ているかの様な銀色をしていた。それだけでも常人と異なるのは明らかなのに、瞳はルビーの様に紅く、そしてこめかみの近くからは2本の黒い角が生えていた。


「多くの国々は、ゼナを含む多くの国民を『半端者』だと忌み嫌うが、そうして対立を続けていった果てが今の世界だ。偏見と罵倒にくじけずに、強い子として育ってくれた事が何よりの喜びだ」


「…では、失礼いたします」


 ゼナは軽く一礼してからその場を去り、そして数人の男達を連れた、一人の青年と相対する。父に似て色のある肌と黒い髪を持つ青年は、ゼナに会釈を返し、先程まで彼女がいた部屋へと向かっていく。ゼナは御付きに尋ねる。


「父は、例の『我が儘』を聞いてくれました。これから先、このスカディアは否が応でも大国の争いに呑まれます。なればこそ、抗う力は必要です」


「承知しております、姫様。それが…この残酷な世界において、姫様がその在り方を示す限りある機会ですから」


 ゼナは御付きと話しつつ、自室へと向かって行った。


・・・


 翌日、城の近くにある広大な広場に、ゼナの姿はあった。彼女の目前には500人程度の若い男女の集団があり、その後方には10両の戦車と40台の装軌式装甲車、そして20台程度の自動車が並ぶ。それを眺めつつ、ゼナは言う。


「諸君らは、今年士官学校を卒業し、あるいは昇進を果たした者達である。これより私、スカディア王国第一王女ゼナ・ヘーシアの下で、祖国を守るべく忠誠を誓ってほしい」


 一同は敬礼をし、ゼナも敬礼をして返す。


 この日、ノーシア大陸の北方にある小国スカディア王国にて、騎士団が結成された。そしてこの騎士団は、後々の戦争にて多大な功績を上げる事となる。

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