闇鍋保健室

雛七菜

第1話

「イってぇなぁ・・あいつ。」


まさかあいつがやり返してくるなんてな。


俺は階段を降り、出血した指を抑えながら保健室に向かっていた。


昼休み中、いつも通り山田をイジメていた。


毎回反撃してこない癖に今回ハサミをもって応戦してきやがった。


ボコボコにしてやったけど腹が立つ。


保健室前に来ると、外の廊下に『イジメはやめよう』というポスターが貼られていた。それを見てビリビリに破り捨ててやろうかと思った。


気持ち悪い奴はイジメられてもしょうがないだろ。


てかあんなのイジメの内に入らねーよ。


こんなポスター作り始める学校の大人もどいつもこいつも大げさなんだよ。


勢いよく扉を開き、ガン!という大きな音を鳴らし保健室に入った。


「こら!佐藤君!大きな音立てないの!いつも普通に入って来なさいって言ってるでしょ!」


「へーへー。すいません。でも先生も静かにねー。」


この流れはお約束だ。俺が扉を派手に開ける、田中先生が怒る。俺が適当に謝る。


中学に入学した頃からやってるのでもう一年になる。田中先生も諦めれば良いのに。


「全く・・・・。それで?今日はどうしたの?」


椅子にかけてあった白衣を着て、黒髪を一本束で結んで先生は俺に歩み寄る。


田中先生はめっちゃ消毒液の匂いがする。


先生の体臭なのか、白衣に染みこんだ匂いなのかわかんないけど。


まぁ香水だとか、タバコとか酒の匂いみたいな不快感は全然ないから良いけどさ。


「ああ、これクラスの奴にやられたっす。」


「あー。結構切られたねぇ。ちょっと待ってて。」


一通り応急処置の道具を持ってくると、テキパキ手当を始めてくれた。


「クラスメイトの子と喧嘩したの?」


「いや山田イジメてたら反撃食らった。」


田中先生の手が止まった。あ、やべ。


イジメてるのは先生に隠してたんだ。


中一の頃、先生に本気で怒鳴られて、めんどくさい思いをしたからこの人には隠していた。


油断したなぁ。と後悔してみたものの、もう遅かった。


「佐藤君。先生と約束したよね?」


怒りを帯びた威圧するような声だった。


一年ぶりに聞いた。


ちゃんと怒ってる田中先生の声。


でもさ先生。何度言われても俺は考え方変えられないよ。間違ってると思えねぇよ。


「でも気持ち悪い奴はイジメられてもしょうがなくないですか?」


先生は何も言い返さなかった。ただ悲しそうな表情で、手当を再開した。


暫く沈黙が続いた。俺から喋る事は基本的に無いので、先生が黙ると保健室はいつも静かになる。


壁にかかった時計のカチカチという音が聞こえる度、何か喋った方が良いかなーと思う。思うだけだけど。


仕方なく棚に飾られた薬品だとか、体重計や身長計を見て時間を潰していた。


見慣れているので、全然時間は潰れてくれない。


「佐藤君、明日から授業受けなくて良いよ。」


黙っていた先生の口から唐突にそれが出て、俺は眉間に皺を作った。


「それって学校くんなって事ですか?」


「そうじゃない。いつも通りの時間に学校に来たらまず保健室に来て。教室には行かないでね。イジメをする生徒とイジメられる生徒を同じ所にはおけないから。」


マジか。この女。そんな権限があると思ってるのか?


『ぎむきょーいく』だから俺に授業を受けさせないなんて先生の立場で、できる訳ない。


いつも賢そうにしてるけど先生も馬鹿を言うんだな。


「無理だと思ってるでしょ?」


先生は俺の考えを見透かしてた。けど事実だと思うので特にバレても問題ない。俺も即座に「はい。」と答えた。


手当は終わっていた。右手には包帯が巻かれていて指が動かしづらくなっていた。


先生の無謀な話を深掘りするより、

『風呂入る時、この包帯外して良いですか?』と聞きたい欲の方が強かった。


「大丈夫。他の生徒は無理でも君なら周りを納得させられるから。」


先生が立ち上がり、俺を見下ろしながら言った。


「そういうことね。まぁ良いですけど。授業とかどうせ聞いてないし。ここで一生寝て時間潰せんのも悪くねーな。」


「いやそんなことさせないよ?ちゃんと君にはやってもらいたことがあるから。」


そう言うと先生は保健室から抜けて何処かに行った。


黙って教室戻ろうかな。と思ったが、思った以上に早く帰って来たので何もできなかった。


帰って来た先生の横には見覚えの無い女子生徒が居た。


鞄を膝前で両手持ちし、目線を下に向けこっちと目を合わせない。


肩にもかからない程短い黒髪が頬にかかって顔は確認できない。


「だれですか。そいつ?」


「二年になった直後に転校して来た鈴木さん。」


スズキが顔をあげた。前髪はぱっつんで顔はそこまで悪くは無かった。


けど幸薄そうで暗そうな奴だなと思った。


ぺこと軽くお辞儀をしてきた。


いや喋れよ。


ムカついたのでお辞儀は返さなかった。


「で、その鈴木さんがどうかしたんすか?」


「実は彼女も教室に行かないで保健室で過ごす事になってね。一人じゃ暇だと思うからおしゃべりの相手になってあげて?」


さっきまでとはうって変わって先生の態度は明るく元通りになっていた。


雨が降り始めた。季節は六月。ふったり、やんだりを繰り返す不安定な天候だ。


女の態度みてぇに糞な天気だな。


さっきまでクソキレてたのに、もう元通りになってる先生を見てそう思った。


「おしゃべり?こいつと?嫌だよ。てか教室行けよ。何でここで過ごす事になってんだよ。」


鈴木に質問を投げると、先生と鈴木は目を合わせ、小声で話し始めた。


先生が『言って良い?』と鈴木に質問し『はい。』と答えるのだけは聞こえた。


話が終わったのか二人は俺の方を向いた。


「彼女は転校してくる前はイジメられてたの。その気持ちの整理が終わって無いからまだここで心を休ませることが必要なの。」


「は?」


理解不能を一字で表す便利な言葉が自然と漏れた。

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