07『東圏側見聞録』

 帝国東圏側B区、ガス灯…レンガ造りの商店や酒店が並ぶ町を、一台の自動車が走っている…

バビロニア帝国において、自動車の普及率は、首都機関の公用車または一部の資産家が有している程度で低い。


その希少な公用車の一台を運転する帝国憲兵のアハト、そして同乗者は後部座席に南花とアリサの2人である。


「アハトさんの迷彩魔術って便利ですよね。」

過去に心臓が飛び出るレベルで驚かされた南花が口を開く。


「確かに便利な術式ではありますが、日に使える回数と時間は限られていますし…何より、私が扱えるのは偵察系に特化した魔術ばかりで、戦闘面はからっきしですよ。」

軽く笑いながら応えるアハト。


「それが、八型憲兵アハトを襲名出来る条件なのでしょう?貴女は、何人目のアハトなのかしら?」

それまで、車の窓から見える景色に視線を向けていたアリサが、アハトに鋭い視線をやる。


「…流石は、フェルム少佐のご息女であり、イレブンジス団長の妹様ですね。」

バックミラー越しにアハトが、アリサに視線を返しつつ続ける。

「であればこそ、理解があると思われますが…その質問に対する答えは機密情報のためお答えできません。」


「(もしかして、不味いこと聞いちゃったのかも…)」

帝国の触れてはいけない部分を掠めたことで、車内の空気を悪くしてしまった南花は冷や汗をかく。


「この辺りで大丈夫よ、ありがとう【アハト】さん。」

わざとらしく名前を呼ぶアリサ。

「了解しました。」

含みのあるアリサの口調をスルーし、いつも通りに応じるアハト。


「アハトさん、ありがとうございました。」

「はい、お二人ともお気をつけて…」

アリサと南花は自動車から降り、南花が礼を告げると…

アハトは来た道を、帰っていく。


ーーー


アハトと別れた2人…アリサが南花を案内する形でレンガ造りの歩道を歩く。

帝国の西圏側とは違い、幾つもの服屋や装飾店のショーウインドーが軒を連ねる…

全く気にも止めないアリサに対して、南花は店先を通り過ぎる度に、年相応の反応を見せる。


「(技術開発局のお給料は良いし…初給料で何か買おうかな…)」

ついに、とある服屋の前で、足が止まってしまった南花。

その南花の服の裾を誰が引っ張る…


「ねぇ、お姉ちゃん!ちょっと見てて!」

裾を引っ張られた南花が振り返ると、質素な装いに蛇のチョーカーを付けた10歳位の男の子が笑みを浮かべていた。

「どうしたの?」

少年の純粋な瞳に、南花は警戒をせず応える。


少年はポケットの中をごそごそと探り、ハンカチを取り出す。

うん?っと首を傾げる南花…

すると、次の瞬間、少年のハンカチから数匹の鳩が飛び立つ。


「うわぁ!手品か、凄いね!」

「えへ、凄いでしょ。」

南花の驚いた顔に対して、少年は誇らしげな表情をしつつ右手を差し出す。


「(え、えっと…チップを渡せば良いのかな…)」

「あなた、地下遊演地の子でしょ?」

一瞬、躊躇った南花の代わりにアリサが硬貨を数枚、手渡す。


「お姉ちゃん達ありがとう。まだ前座だけどね!早く、もっと稼げるようになりたいな…いっ、痛っ!?」

キラキラとした表情を見せていた少年は、鉄拳制裁を食らう。


「もう、こんな所に居たのね!」

少年への心配から来る鉄拳制裁を食らわしたのは、南花よりも頭一つ程小さい、短髪の少女だった。


「ごめんなさい…この子がご迷惑をおかけしませんでしたか?」

次に南花達へ話し掛けてきた少女は、眼鏡を掛けており、長い三つ編みと理知的な雰囲気を放っている。


「…Zzz」

そして、最後に買い物袋を片手に眠たそうな表情をした、緩いパーマが掛かった少女がトボトボと付いてきた。


「久しぶりね…アオイ、サクラ、コマチ。」

3人の顔を見たアリサが挨拶を交わす。

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