道は同じ 2話

 何となく意識を取り戻した時、あたりはまだ真っ暗だった。でも、さっきとは違って、おじさんの声が耳に流れてきていた。何かを話している声。何を言っているのか聞き取ろうとしても、うまく聞き取れない。今の僕はどんな状況なのか。目を見て確認したいけど、目が開かない。というか、目の開け方がわからない。

 目って普段どうやって開いていたっけ? 無意識下でやっていたことだから、意識的に開けようと思っても開かない。まあ、しばらく時間が経てば勝手に開いてくれるだろう。それまでは気長に待つしかない。

 そう思っていた僕の耳に新たな声が聞こえていたのだった。それは、さっきまでのようなおじさんではなく、もっと若い男の声だった。それと大勢の拍手のようなものも聞こえてきていた。知らないうちにおじさんの声はどこかへ消え去っていた。

 そんな矢先だった。地震よりも小刻みに空間が揺れ始めた。何事かと思っていたが、ようやく目が開きそうだった。相変わらず世界は揺れているが、真っ暗な視界から朝日が登ったように白い光が差し込んできていた。

 ああ、もう少しで目が開きそうだ。

 そう思ったのと同時に、若い男の声を理解した。

 

「おい、早く起きろって。次は立ち上がるんだから、目を覚ましてくれよ」

 

 さっきよりも声が近い。なるほど、僕の世界を揺らしているのは声の主か。にしても、ここはどこなんだろうか。盛大な拍手。おじさんの声。街頭演説か? 違うな。それだったら、外の声がもっと聞こえないとおかしい。車の音とか、風の音とか。その類のものは聞こえない。聞こえるのは……

 耳を澄ました瞬間に、ガタっと短い地鳴りのような音がして、数秒おいてまた同じ音が鳴って、また若い男の声が聞こえた。

 

「いいかげん起きろって。まだ“しき”の途中なんだから寝たらまずいって」

 

 ん? しき……? 四季? 指揮……? 式⁉︎ しきってまさか式? つまりは、〇〇式の途中ということ。〇〇式で立ち上がるようなことがありそうなのは入学式か卒業式。雰囲気的に結婚式やお葬式ではないから、考えられるのはその2つ。さっきまでのおじさんの声は、校長先生あたりのスピーチだろうな。そんで、どっちなんだろうか。どっちも大問題だが。

 なんで、そんな変なタイミングに、しかも寝ているとか最悪すぎるだろ。もうここまでくれば卒業式であることを願うしかないな。そうでなければ、僕は入学早々終わりだ。

 

「新入生代表答辞」

 

 ……終わった。僕の2回目の人生幸先悪く終わっている。いやいや、諦めるのはまだ早い。も、もしかしたら、言い間違いの可能性もあるよな。

 こんな大事な式で間違いをしてそれを訂正もしないことはありえないか。

 自分で出した疑問を自分で解決して、絶望していた。

 ……やっぱり入学式か。でもどっちだ。中学生をもう1度やり直したいとは思わないけど、そっちの方がまだまだマシだ。まだ子供だと思われる存在の方が怒られることも少ない。

 僕の願いは叶わなかった。

 

「新入生代表、山河内碧やまこうちあおい

 

 山河内と名乗る人物は僕の人生でたった1人だけいる。その人物と出会ったのは、高校の時の話だ。だから、これは高校の時の入学式。それだけは間違いない。

 そう思った瞬間に、視界に光が差し込んで、あたり一面に黒と紺の制服を着た男女が無数にパイプ椅子に座っていた。それと、端の方で、僕を睨む生徒指導の先生が見えた。

 あ、この時はまだ生徒指導の先生ではないのか。確か藤野先生は2年の時からだったな。その前は……現代文の先生兼野球部の監督である、髪型をガチガチに決めているいかつい先生だ。野球部の人間によると、怒ったら相当怖いらしい。授業でも相当怖かったけど、それ以上に鬼と化すとか。でも、見当たらないぞ。今日はいないのかな。

 いかつい先生は、舞台袖に隠れていて、眉間に皺を寄せながら、僕を睨んでいたのだった。

 入学早々に終わったっと悟った。

 前回の高校生活では生徒指導室など1度も入ったことがない優等生だったのに。初日から居眠りをしてしまって、入学早々生徒指導しつ行きはある種の伝説になるかもしれない。ああ、考えるだけでもおしっこがちびりそうだ。

 

 そんな感じで入学式を終えて、教室に戻った途端、僕はガタイのいい、ジャージを着た生徒指導の先生に、首根っこを摘まれて生徒指導室に連れて行かれたのだった。側から見ると獲物を抱えた獲物を抱えた鷲の様だったに違いない。僕た単なる獲物に過ぎなかった。

 覚悟して行った生徒指導室だったが、入学初日だったこともあり、居眠りと、秩序を乱す行動だけを咎められ。反省文もなしに口頭注意で終わった。

 終われば案外拍子抜けだったけど、そんなことを思っていたら今後、痛い目をみそうだから、余計なことは考えないでおこう。

 教室に戻って来た僕は、入るなりクラス中から視線を集めた。とても恥かしかった。なんせ、「入学初日からヤバ」。なんて声が聞こえてくるから。僕だってこうなったのは本意じゃないからな。過去には戻りたかったけど、こんなタイミングに戻してくれとは思ってないからな。

 黒板に書かれた自分の席に座るなり、後ろのやつが僕に話しかけて来ていた。

 

「初日から大変だったな。だから起きろって言っただろ?」

 

「ああ、悪かったな。寝不足でさ。まさか初日からやらかすとは自分でも思ってなかったよ」

 

 ところでこの話しかけてくれた人は誰なんんだ。人生2回目の僕だけど、こんな人知らないんだけど。過去に戻って何か変わったか。それとも、過去に戻ったのは僕だけじゃなかった。他にも過去に戻って入る人がいて、その人がこの高校を入らなくて繰り上げで合格したとか。可能性はあるけど、みんな僕のように過去に戻ったのなら、低いだろうとしか言えない。もしかすれば、名前を聞けば思い出すかもしれない。どんな顔かは知らないけど、名前だけは知っているやつとか結構いたからな。

 

「ところで君、名前はなんて言うの?」

 

 本当に誰なんだ。

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