ベーシスト、よりにもよって低音難聴になる
ぴゅら子
シンクルームの話 7メートル先の音
「さよならはいつも突然に」どこかで聞いたことがある言葉です。耳に馴染みがある言葉ですが、自分が使う時には微妙なニュアンスが合わないように感じるなぁと思っていました。しかし先日この言葉でしか言い表されないような出来事と出会いました。部屋の模様替えをした時の話です。
YAMAHAが提供するオンラインセッションアプリSYNCROOMを知っていますか。日本の遠く離れていてもこのアプリを介すると20ミリ秒くらいの遅延で演奏を行うことができます。この遅延は物理には7mくらい離れたところで演奏するときに起きる遅延とほぼ同じ数値で、小さいステージの端から端くらいで発生するものとほぼ同じくらいです。SYNCROOMってすごいって感想と、音って結構遅いんだなって感想がわきます。さすが日本のYAMAHA!技術すごい!
しかし実際にSYNCROOMをやってみると数値上のラグと体感が一致していないように感じます。SYNCROOMを用いた遅延の方が、実際に演奏している際に感じるラグよりも大きく感じます。ステージに立つミュージシャンの勘というか、五感は常に足りない情報を密に補い合っているというか。例えば演奏する際、視覚による情報は大きいです。ちょっとした視線の誘導や体の動きから始まるコミュニケーションの多さと複雑さを再認識します。
だからこそそこで生まれる思いやりやオンラインならではの対人関係の温もりを感じます。自宅にいながら現実生活では出会うことができない方とお話ししたり、演奏したりできることも魅力です。
そんなSYNCROOMでは毎晩50とも100ともいうルームが同時に設立されています。そこで出会った男女が現実世界で結婚したという話、SYNCROOMのために防音室を購入したという話については何件も聞きました。
コロナという未知の脅威の中で変わっていく生活様式にオンラインセッション界隈においてSYNCROOMはなくてはならないものになっていきました。
私も数ヶ月に一回くらいではありますが、あの人オンラインじゃないかな?などと気にかけながらジャムセッションを楽しみました。
数週間前のことです。「なんか部屋が狭くない?」我が家に問題が提起されました。子どもが3さいにもなると、我が家を宇宙のように無限の空間と思っているかのように走り回ったり、無造作におもちゃを並べて遊び始めます。
「部屋の配置を工夫したらもっと広いスペースで安全に過ごせるのではないか」
私の自室には楽器が溢れているのであまり大きな声で部屋の狭さや配置について論じることははばかられます。大まかなレイアウトを決めて子どもが寝ている間に一晩かけて模様替えは決行されました。部屋は過去最高、家族満場一致の家具配置だと好評を奏したのですが、数日後に気がつきます。
「あれ?この部屋だとパソコンに有線接続できないじゃん!!」
「Wi-Fiと自動接続されるので大丈夫っしょ」
と同居人。
Wi-Fiってとても手軽で便利ですが、ごく短い時間の間に接続と非接続を繰り返しているらしくて、SYNCROOMのように連続的に情報をやり取りするサービスとはあまり相性が良くないんですね。似たような例でゲームなどでネット対戦をする人も有線接続が一般的ですよね。有線接続がないとオンラインセッションはできないんですよ。
かくして、私のSYNCROOM活動は幕を閉じました。あの時にあの人と一緒に演奏したのが最後のセッションだったのかと名状し難い感情と出会いました。
その時にはこれが最後の演奏になるとは思っていませんでしたし、そのあと数週間たってもあれが最後の演奏だったとは思っていませんでした。まさにさよならは突然にです。今回のSYNCROOMとのお別れを通じて、特異点を過ぎ去った時に思い返してみればあれが最後だったのでは?と言う出来事って意外とたくさんあることに気がつきました。病欠の間にいつの間にかいなくなっていた会社の先輩。生産終了になったお菓子。私の耳が聞こえにくくなったこと。
気がつかないうちに人生で最後の〇〇とすれ違っていると思うと、もう何も見逃すまいと毎日に力が入ります。そういう自分が好きですが、数日たつとものの自分に戻っています。そういう自分も好きです。自意識とはそういうものなのかもしれません。
大袈裟に書きましたが実は一部の機材をノートパソコンへ接続し直すだけでSYNCROOMは再開することができます。今はその操作が果てしなく遠いことのように感じてしまっているだけなのかもしれません。
バラードが一拍を満たす青い部屋 七メートル先は孤独かな
ぴゅら子
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